第223話 心はここにあるのに、後略

『そんなに見つめられると照れちゃうぜ』


 茶化すような言葉で、自分が深く魅入られていることに気づく。

 おおよそ人間のものとは思えない、赤い瞳に。


 深いようで澄んでいるようで……

 単体では不気味な部位なのに、ある種の芸術性すら感じさせる眼球に。


『残ってるだろうとは思ってたけど、実際に見てみると結構感慨深いものがあるねぇ』

 それは、どうし……


 あぁ、相槌のつもりでもこれは失敗でした。

 どうしたって、この会話から心地良い終わり方など望めないのだから。


『最後の最後は圧死だけどさ、その前からそこそこメチャクチャだったらねぇ……ボコボコのグッサグサ、ブチブチでメキメキでボロボロで……最後にグチャ!、ってさ』

 …………。

『だから綺麗に右目が残ってることにビックリ……リリ?』

 その……少し、悲しいです。そんな自分の事だというのに他人事のように言うのは……


 まるで自分はもうこの世界にいないかのような。

 身体はなくとも、私の糧となり、心はここにあるのに。


『はえ?いやいや、そんなの当たり前でしょ。結局コッチでも受け入れられずに死んだんだから。人付き合いって難しい』

 でもここにいます。確かに存在していて、私やセツナの為に協力してくれているのに。そんなこと……

『…………いひひ!優しいねぇ、誰に似たんだか』

 

 おそらく、あなたに。確証はなくとも、きっと。

 私はそう思いたいのです。だから聞かなければならないような気がして。


『なに?』

 ……どうしてそんな死に方を選んだのか、です。

 あなたの眼なら未来だって見えたはず、ならばなぜそんな苦痛の大きな殺され方をしたのか。

 

 たとえ死から逃れられないとしても、もっと痛みのない殺され方を……それか最悪の場合自ら死を選ぶことだって。


 私の不完全な眼ではなく、全てを見通す。

 そんな人に許されないほどの力、ましてやこの世界の人間でもないのに。


 そんな力を持っていたのに、なぜそんな結末を選んだのか。

 先程出てきた、どんなに未来を視ても。その話もしてもらわなければならない。


『そんな事聞きたいの?別になんてことない簡単な話だよ』


 口の端が吊り上がる。

 想像上のものではなく、中の感情に引っ張られるように私の口の端が……醜悪に吊り上がる。


『どうせ死ぬならさ、知りたかったんだよねぇ。ルキナがあたしをどうしてくれるのかを、どこまで残酷にしてくれるのかを……ね!』


「い……ひっ……っ!」


 周囲の容器に薄っすらと映り込む、私の顔はとてもじゃないが人間のものとは思えなかった。

 一瞬の高揚感。腹の奥から、そして喉からもおかしな笑い声がこみ上げてきたが、噛み潰す。


 触れてはいけなかった狂気に自ら踏み込んでしまった。

 好奇心は猫を殺す、とはよく言ったものです。肉体的に強い私も、この狂気に命が飲み込まれてしまいそうで……


 私はまだ、この人を知らない。

 この人の本当を、本当に理解していなかった。


『ま、でもあの程度だったってわけ!そんであたしとルキナちゃんの話はおしまい。第二……第三?の人生は人の為に生きるのさ!死んでるけど!ね!』


 つい数分前の会話を思い出させる明るい言葉。

 それなのに、どうしてこんなにも空虚な印象を持ってしまうのか、分からない。


『リリ?まだ聞きたいことでもあるの?』

 …………その、この世界に来る前から赤い瞳だったのかな……と。

『そんなわけないじゃん!やれやれ……まだまだ、リリには常識が足りてないなぁ』

 ……そのようですね。

 

 答えは分かりきっていたのですが。

 はたして足りていないのは私の常識なのか、それとも……




「これは……人形、でしょうか?」


 私の命を脅かすかもしれない、そんな好奇心や過去への興味が部屋から出ることを許さない。

 部屋の最奥、暗がりの中にある大きな水槽。その中に浮かぶ私とほぼ同じ大きさをした人の形。


『へぇ、こんなものまで取ってあるんだ。マメっていうかなんていうか、ホント変わんないなぁ……』

 もしやこれが前にここで作られた人間なのでしょうか。


 顔立ちは私に……いえ、母に似ている。

 ですが……こちらの方が私よりも、母よりも快活な印象を受ける。目を閉じ、眠っているとしても、今にも起き出すような。


『違うよ、これはもっと昔……もっともっと昔に作られたもの。あんなに壊したのにねぇ』


 壊した……つまりコレは動いて戦ったということになる。

 …………確かに目を凝らせば、薄くではあるが腕や脚、胴体に一度千切れたような跡がある。


『よくも治したもんだよ、まぁまぁバラバラにしたのにさ』

 …………。

 

 それはどうして、今度は言葉にしなかった。

 それがあまり良い話ではなく、また今に関係のある話ではない、と判断しました。


『さってと、もうここにはなんにもないかな?長居しちゃったね、そろそろ行こ!セツナンも待ってるだろうし……あ、あーしの眼は置いていってね』

 このまま置いていってもいいのでしょうか、あなたのものなのに……

『もしルキナちゃんが気まぐれでここに来たらどうするの?しばらくここには来ないだろうけど、なくなってたら多分怒るよ?』

 それは……困ります。

『でしょ?なら置いてかないと、持ってっても意味ないし。ほら、動かした物も元の位置に戻して』

 

 確かに……無用な疑いで関係が悪化するのは好ましくない。

 ひとまず、今日はもう切り上げることにしましょう。


『大丈夫だよ、多分近いうちにでてくるだろうから。なんかいっぱい喋ったから疲れたよ』

 えぇ、同感です。


 眼球を箱にしまい、扉をはめてからこの不気味な部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る