第220話 前略、箝口令とタナカと
「座らないの?」
「あんまり座りすぎるのも健康上良くないからね」
「そう?」
もちろん他意はない、死ぬまで健康が老後の目標。
丈夫な足腰は休むだけではつくれない。
「ふーん……そんなに警戒しなくてもいいのに。ほら、なにも持ってないわよ?」
「魔術師の素手は信用してないんだよ、イメージ的に」
「その認識は間違ってないけど……あんた達が思ってるほど、魔術も便利なものじゃないわ」
随分と楽しそうに……いや、懐かしむように?
思い出すように、遠い昔のようでつい昨日の思い出のように。
…………いい顔だなって思う、純粋に。モヤモヤしてなかったら見惚れそうになる。
まぁ今は個人的な趣味は置いておこう、大事なところはそこじゃない。
「達……って?」
「あら、聞いてないの?昔、ここにも来訪者がいたの。もう十年以上前の話だけどね」
「それはリリアンから聞いたけど……」
んー……?今、なかなか重要な情報が出なかった?
その来訪者はリリアンの中の人で間違いない、と思う。そしてそれが十年以上前……
てことはリリアンは見た目通り、十代前半でよさそう。
絶対とは言い切れないけど、昔を十年以上前って言うなら、それ以上なら大体二十年前って言いそう。
ふむ…………この会話にも意味はあったみたい。
「アイツと同じこと言うものだから、少し思い出しちゃったわ」
見た目と言動的に、かなり口が軽いみたい。
それならせいぜい情報収集させてもらおうかな。
「アイツ……あれ、なんて名前だっけな、リリアンから聞いた気がするんだけど……」
「言わないわ、アイツの名前はルキナから箝口令が敷かれてるし。引っかからないわよ?」
箝口令……?言うなってことだよね、確か。
それはそれで貴重な情報、もう少し踏み込んでみるか。
「やっぱり?本当はリリアンに聞いても教えてくれなくてさ。本当はそんな人いないんじゃないかって、気になってたんだよ」
「そりゃそうよ、アイツの名前なんてリリも知らないでしょ?だってとっくに死んでるんだし」
んん?おかしい、だって中の人はいる。
リリアンを通じてだけど、何度か話した。
「でもリリアンはその肉から生まれたんだよね?だったら多少の知識はあるんじゃない?」
「そこまで聞いたの?あのリリが話したの?…………ま、いいわ。その肉から作られたからって記憶なんてあるわけないじゃない、そんなの前世の記憶みたいなもんよ」
「残留思念……的なのは?」
「それこそあり得ないわ、ルキナが言ってた。魂が見つからない。って。だからアイツは死んだのよ」
リリアンを疑わない、それが前提条件として……なぜ?
隠してる?話してない?話す必要がない?
……違うな、師匠は知ってた。多分会話もしてた。
つまりは話すと不利になる、または話すほど信用してない、だ。
「そういえば、ヒバナはなんで落ちてきたの?」
これもなかなか有意義な情報、リリアンと一度話してみよう。
後はテキトーな会話をして、話を切るかなんとかしてしまおう。
「メイド達に仕事を頼んだら放り投げられたわ、リリの言うことは聞くくせに生意気よ。アイツら」
学ばないな、どうやら本当に日常的に落とされてるらしい。
あとリリアンは慕われてるんだね。良かった良かった。
「溶かさないでね、可哀想だから」
「溶かさないわよ、いなくなったら誰が洗濯するのよ」
「んー……リリアン?」
「できるわけないわ、不器用なの知ってるでしょ?」
残念ながら、今までの失敗は演技でもなんでもないことが発覚してしまった。知ってた。
まぁ、人間少しくらい欠点がある方が可愛げがある。
「あんたも…………あれ、あんた名前は?」
今更?個人的にはあんたのままでもいいけど、黙ってるのも怪しいし、偽名はバレると面倒だ。
仕方ない、余計な面倒事が起きるくらいなら正直に名乗っておこう。
「セツナ」
「それは名字?それもと名前かしら」
変なところ食いつくな、別にいいけど……名字とか久しぶりに名乗る気がする。
「名前だよ、名字は時浦。トキウラ セツナ、だよ」
「へぇ……悪くない名前ね、アイツは名字しか名乗らなかったけど、やっぱりアイツがおかしかったのね」
「名字、ね。コッチではなんかお金持ちしか持ってないイメージ」
「ふふん、ヒバナも持ってるわよ、ファミリーネーム」
ん、ちょっと意外。
知ってる限りだと……リッカとポムポム、パムパムとあのメガ……ケイくらいかな。
貴族王族、あと警察?
やっぱりそれなりの財力や立場を持ってる人に多い気がする。
「そうなんだ、なんていうの?」
「タナカ」
「………………へぇ」
「あんまり好きじゃないわ、だっていっぱい居そうじゃない?」
「大丈夫、上には上がいるよ」
いっぱいいるってのは悪いことじゃない。
それはつまりそれだけ繁栄してるってことだ、そう考えると我が家はなかなか絶滅危惧種。
まともに親戚もいないから家族以外は見たことないぞ。
「ヒバナのご先祖様も来訪者……らしいわ。その炎が今も身体の奥で燃えている……らしいわ」
そうか、タナカ、パン買ってこい。
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