第221話 前略、譲れないものと忠告と

「それじゃあ、あたしはもう行くから」


 予期しないタイミングでここの情報が手に入った。

 これ以上はちょっと怪しまれるかも、聞くにしても日を改めた方が良さそう。


「ちょっとちょっと、待ちなさいよ」


「…………なに?」


 さっきからさっきからさっきから、なかなかあたしの邪魔をしてくる。

 別に普段なら雑談に付き合うくらいなんでもないんだけど……


 あぁ、なんかやっぱり……嫌いだな。


「別に、そんな急ぐほどの用事なんてないでしょ?」


 ない。けどお前と話してるよりはマシだ。

 とは言えない、そんなことをほぼ初対面で言うやつは人格に問題がある。


 というかそんな事考えてる自分が嫌になる。

 だからここから離れたい、それが今の正直な感情。


「もう少し付き合いなさいよ」


「……リリアンを探してるんだよ、話したいことあってさ」


「リリと話したいこと……ねぇ。あんな無愛想なやつと話すことある?」


「…………」


 んー……どうしよっかな。


「話さないし笑わないし、あれじゃあ人形と変わらないじゃない。セツナもよくあんなのと……って、どうしたのよ?」


「ん、いやね、なんというかね」


 さてはて、一体全体それは元々元来誰のせいだろうか。

 昔のリリアンを知らないけど、今の姿しか見たことないけど。


 本人はつまらない生き方をしたと言ってた、それが自分のせいだとも。

 あたしはそうは思わないけど、原因は別にあると思うけど。

  

 そのリリアンが大事な家族だと言ってた。

 ならその家族がそんな事言うのは間違ってるだろ。


「今の言葉、取り消さないならここで昼間の続きをする」


 今度は手加減なしで。

 昔より大分キレやすくなった気がする、きっとこの異世界のせいに違いない。


 まぁでも……悪いけど、リリアンが家族と呼ぶ人間を、あたしは信用してない。

 だから、いい。理由なんてなんでも。


「…………」


 答えない、なにも。

 つまらなそうな顔をしてる。ベンチにふんぞり返ったままだけど、つまらなそうで不愉快そう。


 気が楽だよ、敵意を向けてくれると助かる。


「……ふん」


 その鼻を鳴らす動きで、あたしはまた敵になったんだろう。

 良かった、無抵抗だとちょっとだけやりづらい。


「悪かったわよ」


「…………は?」


 …………んん?あれ……ん?…………は?


「悪かったわ。正直、何にそんな怒ってるのか分からないけど……謝る、ごめんなさい」


 座りながらだけど、ヒバナは確かに頭を下げる。

 …………ちくしょう、やりづらい。この世界は変に素直な対応をする奴が多くてやりづらい。


「あたしも……ちょっと口悪かった、ごめん」


 あぁもう……モヤモヤする。

 器の小さいやつだ、あたしは。口では謝ってもまだモヤモヤイライラ、だ。


「そうね、仲直りしましょ。ひとまずセツナと戦う気はないわ」


「ひとまず、ね」


「えぇ、ひとまずよ。あの加速の謎が解けないかぎり、負けるリスクがあるもの。負ける戦いはしないわ」


 そういえば最初に会ったときも言ってた、戦うならズルをしてでも勝つべきだって。

 謎、っていう謎もないんだけど。セツナドライブが戦いへの牽制になるなら悪くない。


「ヒバナはね、思うのよ。この世で最も醜いものは敗北だって。勝利はとっても綺麗だわ、だから負けない。今まで一度しか負けたことないの」


 また勝手に、ベラベラと話し始める。

 そりゃ持論を語るのは好きにしてくれればいいんだけどね。それに共感するかは別だから。


「だからシオンとの賭けに負けそうで困ってるの。絶対にリリが殺してると思ってたのに……五体満足でここまでくるんだもの、今からでもどっかに行かない?」


 話せば話すほどに勝手な奴、やっぱり仲良くはなれなそう。

 …………んん?あれ、いやいや。


「いや、負けたじゃん。あたしに、港で」


「負けてないわ」


「情けない声出しながら海に放り込まれたじゃん」

 

「確かにそれは事実だけど、まだ戦闘続行の意思はあった。つまり引き分けよ」


「「…………」」


 気絶してたくせに。なんだコイツ、子供か。人生、勝ち負けなんかじゃないだろうに。

 ……まぁでも、譲れないものってのはある。そうゆうものがあるってことだけは理解できるかもしれない。


 その譲れないものの為にこれからも狙われるのは面倒だ。リリアンに迷惑がかかるかもしれないし。


「あたしはさ、リリアンに最初に会ったときに殺されてるんだよ」


「なにを言ってるの?生きてるじゃない、セツナ」


「生き返っただけだよ。ほら、あたし来訪者だし、特典で。バッサリ真っ二つになったけど、大体なんでも叶う特典で」


 あまり思い出したくないけど、あの嫌な感覚はしっかりと残ってる。

 

 頭皮が裂けて、頭蓋骨が割れて、脳がキッチリと両断される。

 脊椎をなぞるように刃が滑っていき、内臓はかき回される暇もなく切り裂かれ、あたしは時浦刹那だったもの二つに変わった。


 幸いだったのは、痛みは感じたけど苦しさが長く続く前に元の形に戻れた事。

 多分だけど、全ての機能が完全に止まるまで死んだって判定にならなかったんだと思う。気が利かないぞ、エセ天使。


「そんなこと、アイツは言ってたかしら……?」


「使っちゃったんじゃない?」


 異世界とは、何も知らないと結構死にやすい。

 ヒバナと会う前に使い切っていても、別におかしいことはない。


「ま、いいわ。なら賭けは無効ね」


 さてさて、いい加減ここから離れるとしよう。

 やっぱり収獲はなかったけど、無駄じゃなかったみたいだし。


「ヒバナ、セツナのことは嫌いじゃないわ。だから忠告、友達は選びなさい」


「ん……?」


 なんの話?突然言われても困る。


「リリにも同じことを言ったわ、どうせ友達どころかマトモな知り合いすらできなかったみたいだけど」


 ……嫌な感じだ、これ以上聞いちゃいけない。

 余計な事を言われる前に、早く。


「そりゃあそうよね、だってリリもマトモじゃないもの。セツナもそんなのといても人生の無駄よ?」


 得意げに、優しげに、まるで親しい友達への忠告のように。

 どうやらこの言葉も、これから発せられる言葉もコイツの本心らしい。


「分かるでしょ?リリは人間なんかじゃない、アレは所詮ルキナの作った───だから」


 ハッキリと聞こえた、聞き間違いでも勘違いでもない。

 人間じゃないと、生き物じゃないと。意志はないと断言された。


「あぁ……なるほど」


 ようやく分かったよ、なんでお前がこんなにもムカつくのか。


「友達は選べ……ね」


「??」 


 ごめん。騒ぎ、起こすよ。


「でもそれ以上に、家族は選べない」


 あたしは勝手な正義感だけ握りしめて、くだらない良心を踏みつけて。

 この異世界で最も親しい人の為、そんな免罪符を持って。

 

「あげるよ、二敗目」

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