第217話 前略、散策と休憩室と

「───そしてここが厨房です」


「へぇ、綺麗なもんだねぇ」


「だれも使ってないので」


「…………」


 反応、困るなぁ……


 パタパタ、と小さなメイドさん達が動き回る中。

 リリアンに案内されながらお屋敷の散策。


 …………散策中、なんだけどさ。


「さっきから、だれも使ってないところ多くないかな?」


 いろんな部屋を見せてくれるけど、その大半がだれも使ってない、だ。

 メイドさんの働きのお陰なんだろうけど、綺麗に掃除はされていた。


「きっと思い過ごしでしょう」


「思い過ごしかぁ……」


 思い過ごしじゃないんだろうなぁ……

 残念ながら思い過ごしじゃないんだろうなぁ……


「彼女達は食事を必要としないので、ここを使う理由がないんです」


 ほう、なんともなんとも……

 ……食事自体はできるのかな?こう……餌付けってわけじゃないけどお菓子とかあげたい。


「……んん?リリアンは今までなに食べてたの?」


 いくつかの部屋が使われてないのは分かるけど、キッチンが使われてないのはよく分からない。

 …………まさかね、アレじゃないよね?…………まさかね?


「…………」


 リリアンが無言で差し出してきたのは……あの劇物。

 嘘でしょ、待ってよ冗談じゃない。


「これは食事ではありませんでした……」


 リリアンがすごく残念そうな顔をしてる。

 酷い、酷すぎる。こんなのとうてい許されることではない。


「オーケー、虐待だね。保護者出せ、シバいてやる」


 そろそろ文句の一つくらい言ってやるべきだ。

 まぁ、出てこないんだから言いようもないんだけど。


「セツナ。ステイ、ステイです」


 犬かあたしは、いっそワンと鳴いてやろうか。

 ちなみにもちろん冗談、どっちもね。……そんで半分だけね。


「ヒバナさんが常食しているので、セツナと会うまではこれが普通なのかと……」 


「ダメだよ、ヒバナはアホなんだから」


 昨日出会ったばかりの人をアホ呼ばわりとは、あたしもなかなか失礼な奴だ。

 いやでもなぁ……アホなんだよなぁ……


「やはりマーマレード……」


 あぁ、好きなんだっけマーマレード。

 多分脳にまで詰まってるんだろうな、そうに違いない。


 それかなにかの隠語に違いない、確実に何らかの薬物に手は出してるだろうしね。


「あぁなりたくないなら、控えるべきだね」


 マーマレードへの風評被害を一つ残して、キッチンを後にした。




「んー……ここは?」


 散策再開。少し歩いて、通り過ぎる大きな扉。

 大きな扉って事は大きな部屋。ちょっと気になる。


「……特に面白いものはありませんよ」


 微妙に歯切れが悪い。

 ともすればさらに気になってしまうのが人の習性。純粋に真実を知りたい本能。


「ん…………おぉ」


 ガチャリ、ギィィ、っと扉が開く。

 何人かのメイドさんが扉の中へ、同じ人数のメイドさんが中からでてくる。


 そしてチラッと見えた中の光景……


「……ねぇ、リリアン。あたし、どうしても、中が見たい」 


 一瞬だけど、とても良いものを見た。

 夢か現か幻か、それともはたまた現実なのか。


 確かめたい、この眼でもう一度。


「……仕方ありません」


 そして再び、理想郷の扉は開かれる。

 あぁ……生きてて良かった。


「ほう……ほう……ふむふむ……」


 広く豪華な部屋だった。

 でも機能的な部屋。例えるなら……そうだな、豪華なバックヤード?控え室とか?


「私が来ると、彼女達が休みづらいかと」


 いや、多分大丈夫だよ。

 リリアン見ても、すぐに視線を逸してくつろいでるもん。


「へぇ……へぇ!」


 少し寒いくらいの室温で広い部屋の中、メイドさん達が思い思いに過ごしてる。


「ここは彼女達の控え室であり、休憩室です」


「なるほどなぁ、でも管理が大変そうだね」


「その為のシフト制です」


 視線の先にはホワイトボード。

 名前がないからか、色とりどりのマグネットと日付が書かれたホワイトボード。


「しっかりしてるね、リリアンが作ってあげたの?」


「いえ、彼女達が自主的に」


「…………」


「どうかしましたか?」


 いや……ん?あれ、なんかおかしくない?

 あれあれおかしいな、なんかやっぱりおかしくない?


「百人も作ってしまい途方に暮れていたところ、まさか彼女達が解決してくれたので驚きました」


「…………」


「ちなみに屋敷にいない分は自ら結晶化してそちらの棚に」


「…………」


「疲労やストレスをローテーションで和らげているんですね、とても良い考えだと思います」


「…………」


「あと、実はとても強いです」


 とんでもないハイスペック。リリアンよりも圧倒的なメイド力。残念ながら勝ち目はない。


 …………いつかクーデターとか起きないだろうな。

 

「言い忘れてましたが、ここにいるメイドに仕事を頼んではいけませんよ。窓から捨てられます、休憩中なので」


「ん、まぁ……いろいろ言いたいことはあるけど分かったよ。もとからあんまり頼む気はなかったしね」


「良かったです。よくそれを忘れてヒバナさんが落とされるので」


 とんでもない頻度で話に出てくるなあのアホ!

 本当にいい加減にしないとあのアホのせいでクーデター起きるぞ。


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