第216話 前略、罠と陰謀論と

「別に家のお風呂を狭く感じた事はないけどさぁ……」

 

 チャポーン、と身体を伸ばすのに合わせて水場特有の音が響く。

 反響するような、こもるような。歌が上手く歌えそうな、そんな感じ。


「こう広いお風呂に入るーーーっと!帰ってから物足りなくなりそう」


 帰ってからもお風呂屋とか行こうかな……いやいや、自宅にこうゆうのがあるってのが羨ましいんだ。

 …………ん、そういやこのお風呂とか誰が掃除してるんだろ、メイドさんは溶けちゃうし。


「…………まぁいっか、そんなに大事なことでもないしね」


 にしても驚いた。

 リリアンは屋敷を案内してくれるって言ってたけど、先に泥を落としたい、服と剣の。そう言っただけなのに……


「まさかまたもお風呂に叩き込まれるとは思わなかった」


 リリアンの部下なだけある。

 あたしが言い終わった途端、身ぐるみを剥いで、三人がかりで担がれ浴槽に叩き込まれた。


 素早い、あまりに素早い。そんでなかなかに雑。

 そうゆうとこだぞ、本当に。


「と……まぁ、いろいろ言いましたが……上手く一人になれたのは良しとしますか」


 湯船に浸かるのはおしまい。

 さてさて、始めますか。


 ちょっとだけ一人になりたかった、ちょっとだけ。

 弱音を吐きたいとかじゃなくて、若干後ろめたい。


「さすがにリリアンの前で、なんかいろいろと怪しいし気になるから家探しさせて。とは言えないからね」


 正直な話、あんまり信用してない。

 …………とまでは言わないけど、なんか、いろいろ。


 確かにこの異世界は中途半端にあたしの世界のものがある。それは別にいい。

 より良い世界になるため。そうゆう理念のもと、あたしの世界から人を呼んでいる。


 あたしがイレギュラーなのか生きてるうちに無理矢理連れてこられたんだけど……まぁ、それも今はどうでもいい。

 そんでそれが滅茶苦茶遠回りで、回りくどいし効果も実感しにくいだろう。それも置いておこう。


「んー、なんか……ちょっと嫌な予感がするんだよね」


 それなりに楽観的って自覚はあるけど、そろそろ疑問が無視できない大きさになってきた。

 

 まず厳重すぎるだろ、島周り。

 そりゃ島を守りたいってのはわかるんだけど、外敵から身を守るってよりは……


「中から出さない……みたいな?」


 ちょっと考えすぎかな、でも考えれば考えるほどそう感じてしまうのは仕方ない。

 中にいる人達が幸せそうだからって、全部に納得いくわけじゃない。


「シャワー……シャンプーにコンディショナー」


 良い水圧、随分と高性能。

 香りも良い……まるで市販品みたいだ。


「あたしの世界のね」


 別におかしい事はない。

 このへんの道具は今までも見てきた、ここにあるのもおかしい事はない。


 これまで以上にあたしの世界のものに似ている。

 そこに目をつぶれば、おかしい事もない。


「さて、これはただの考えすぎなのか」


 B級映画も真っ青なシナリオ。

 安っぽい陰謀論でしかない、あたしの頭の中だけじゃなんの結論も出やしない。


「B級映画、好きだけどね」


 ブツブツブツブツ。

 いくら独り言を言ってもどうにもならない。


「……映画、見たいな……ひさしぶりにさ」


 そのどうにもならない独り言をまた重ねて。

 話題作りで始めた数少ない趣味といえるもの。抜け落ちた記憶は多いけど、こうゆう確かに残った記憶があたしがあたしであることを教えてくれる。


 んー……そういえばここにならあるのかな、モニターみたいなものだとか。

 そうゆうのも探して見ようかな。


「ん……まぁお風呂になんか秘密があるわけないか」


 とりあえず、何周かしてみた。

 グルグルグルグル、グルグルグルグル。…………こりゃ不審者だね、師匠のがうつったか。良くない。


 残念ながら悪事の証拠なんてものは見つからない。

 もちろんそれ以外に怪しい物も見つけることはできなかった。


「でもまぁ……ちょっと楽しくなってきたかな」


 どうせやるなら楽しもうか。

 気分は探偵。メイドさんに見つかる分には問題無いだろうし、コソコソ歩き回ろうか。


「洗濯中だろうし、ココからでてテキトーに着替えて……そこから作成開始。…………おぉ、探偵ってか怪盗?」


 なにも盗まないけどね。

 いや……この屋敷に隠された秘密はいただくぜ!……的な?


 なんだ、さっきまでのモヤモヤした気持ちはどこへやら。テンション上がってきたな。


「じゃあまずはリリアンに見つからないよう…………」


 ………………。


「私がどうかしましたか」


 ………………。


「セツナ?」


 ガラっ、と着替えの為にお風呂場から出ようと扉を開けた。

 なにが起きたか。リリアンがいた、普通に。


 マズいマズい後ろめたいなんとか誤魔化さなければ大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫聞かれちゃいないはず別に聞かれても問題ないはず。

 

「ん、んん……あのさ、七転び八起きってことわざあるじゃん?」


「はい」


「あれって一回余計に起きてるよね?それが昔から納得いかなくてさ」


 ……誤魔化し方下手くそか、あたしは。


「ふむ…………では最初の段階で倒れていて、一起きから数え始めれば良いのでは?」


「…………なるほど」


 ちょっと納得した。

 縁起の良さとか、語呂の良さを言われるのかと思ったらなんか普通に提案された。


 異世界人なのに……いまさらか。


「えと、リリアンはなぜここにいらっしゃるのか?」


「着替えを持ってきました、後は他に不便はないかと心配になりました」


 ……こうゆう優しさに触れると、疑うのが申し訳なくなる。

 リリアン本人を疑ってるわけじゃないけどね。


「ありがと、不便はないよ。着替えって?」


 リリアンの私服?でも持ってきてくれたのかな。

 正直、自前の服を大量に着込んでる……って言えるかは微妙だけどいつでも着れる、取り出せる。

 だから問題はないんだけど、持ってきてくれた服には若干の興味がある。


 さて、お手並み拝見といきますか!


「コチラです」


「…………」


「着たかったのでは?」


 リリアンが持っているのは……メイド服。

 大きさは普通。小さすぎなくて……多分、あたしが着れるサイズ。


 違う、そうゆうつもりで言ったわけじゃない。

 あくまでメイド服を見るのが好きなんであって、着たいわけじゃない。

 

 あたしが着たら犯罪……ではないけど痛い。


「…………せっかくだけど、服はたくさんあるんだ。遠慮しておくよ」


「そうですか」


 なんだかちょっと残念そうな顔。

 でも罠にはかからない、笑おうたってそうはいかないぞ。

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