第215話 前略、水分と入口と

「ん゛ん!?」


 なんということでしょう。

 あの愛らしい小さなサイズのメイドさんが……溶けた。

 

 いやなんだろう、この感じは……どちらかといえば水袋が割れたように、溶ける。

 溶けるというか……いや、溶けるか。


「とか言ってる場合じゃ……桶ぇ!?」


 騒ぐあたしの……正確には少し先に桶。

 サッ、と他のメイドさんが溶けたメイドさんの落下地点に……桶。


「これ大丈夫!?」


 そして溶けて液体になったメイドさんの大半が桶に落ちる。

 大丈夫!?死んでない!?これ!?


「大丈夫です」


「コレ貰ってもいい!?」


「ダメです」


 とりあえず発言だけでも無事だと聞けたので。

 どさくさに紛れた願望は無残にも否定される、悲しい。


「絞ってあげてください」


 桶の丁度半分ほどに水?がたまる。

 メイドさん達は綺麗な布で床の水分を拭き取り、桶に絞っている。


「こう……?」


 あたしも手に残ったメイド服から水分を絞る。 

 多分、なにかの意味があるんだろうな。ビチャビチャと桶に水が落ちていく。


「ふむ……やはり絶妙に足りませんね」


 リリアンはなんてことないように、そりゃそうだろと当たり前を言うように。

 そのあまりの冷静さに、あたしの興奮もおさまっていく。


「ではいつもどおりに、水を足して冷やしておいてください」


「!!!」


 コクコク、と言われたことを実行に移すため、メイドさん達は桶を掲げて走っていく。

 ついでにあたしの手から小さなメイド服もひったくっていく、やっぱり悲しい。

 

「…………ねぇ、リリアン。あれ……なに?」


「部下です」


「んー……同僚じゃない?」


「同じ立場でも、私より弱い守るべきものです。ゆえに部下です」


 まぁ、そのへんはなんでもいいか。

 実際、本当に聞きたいのはそこじゃないし。


「暑いと溶けるんです、はしゃぎ過ぎてしまったようですね」


 だから寒いのかなぁ。

 お屋敷の中もうっすらと寒い。今は大丈夫だけど、もう少し留まるならもう一枚上着が欲しいところ。


「治るの?さっきの娘」


「直ります。染みてしまった部分は水を足して、あとは冷やしておけば形を取り戻します」


 んーー…………不思議だ。聞いてもまるで意味が分からん。

 リリアンはちょいちょい話を飛ばすから、微妙に会話が噛み合わない時がある。結構頻繁にある。


 お兄さんに聞こうにも、もうここにいない。

 どうやら先に中に入っていったらしい。まぁ、宙づりだったもんね、疲れただろうし仕方ない。


「………………あぁ、なるほど」


 リリアンはなんか勝手に納得した。

 そしてあたしの知りたかった答えを教えてくれる。サンキュー中の人。


「コレです」


 言いながら、またどこからかなにかを取り出す。

 

「……なにこれ?」


 取り出したのは粉。透明なで小さな袋に入った粉。

 …………ヤバいのキメてるんじゃないだろうな、ちょっと怪しいぞ。


「水に溶かしてかき混ぜれば、あの姿になります」


「マジですか」

  

 一袋欲しいな……  

 いや、単純な好奇心でね?


「体積が減っても、水を継ぎ足せばこのように」


「どのように?」


「もし形を失っても結晶に戻るだけなので、また砕いて水を溶かせばこのように」


「だからどのように?」


 これもルキナさんの発明?なのかな。

 なんというか……ありえない、命を作り出すなんて……!


「量産型の私ですね」


「でも全然似てないよ?」


 リリアンに似てない、ついでに普通に個性豊かな見た目をしてる。

 量産型というには、ちょっと個体差がある。


「作り方が似ているので」


「んー、なんとも言えない」


 そういえばそうだ、リリアンも作られたって言ってた。

 あんまり好きじゃない、あの娘達のこともあんまり言いたくない。


 なんとも言えない、作られたっていうにはリリアンもあのメイドさん達もあまりに意思がありすぎる。

 喋らないにしても、機械だとかなんだというにはちょっと温かみがありすぎるんだ。


「……えぇ、もちろん。私も彼女達も生きています。…………ただ」


「ただ?」


 嫌な予感……はしない。

 どうしょうもないほどいつもどおりのリリアンだ。


「思い返せば彼女達は優秀すぎるのです。なんでもできるので私の立場が……その……」


 ついさっきまで、部下です。なんて済ました顔で言っては人はどこへやら。

 残念ながら、彼女達の方がメイドとして優秀なんだろう。


 まぁ、あたしに言わせればリリアンはほら……格好だけなんだから、そもそも張り合える立場じゃないと思うんだけど。


「んー……まぁ、後ろでふんぞり返りながら、いざという時に備える人必要なんじゃない?守ってあげなきゃね」


 言わぬが花である、現実は非常なり。


「…………そうでした、そうですね」


 ふふ……チョロい。

 あたしもなかなかリリアンを乗せるのが上手くなった。


「ですので、どんな言葉を飲み込んだかは追求しないでおきましょう」


 ………………相変わらず厄介すぎるでしょ、その眼。

 ちくしょう、師匠の眼のほぼ完全な上位互換じゃないか!

 自覚のない嘘も見抜けるとか、自覚がない嘘はもうほとんど嘘じゃないんだよ師匠……!


「えと……そろそろ行こうか」


 いつまでも入口でギャーギャー騒ぐのもよくない。


「そうですね、失念していました」


 フッ、とした表情を見て、許された事を確認。

 大して怒ってないと分かっていても、怖いことには怖いのだ。


 さぁ、今度こそ……いざ最終目的地!

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