第210話 だから恋をしたのです、後略

「ごめんなさい!あたしもアホでしたぁ!!!」


「………………」


「ああぁぁぁぁぁあああーーーー!!!」




「………………」


『いやーホント、セツナンもアホだねぇ』


「………………」


『リリ?』


「………………」


『おーーい、リリー?大丈夫?』

 …………ハッ、すみません。言葉を失いました。

『いやまぁ、気持ちは分かるよ』

 あまりに想定していた状況で唖然しました。えぇ、えぇ、本当に……


 どうしてこう……普段はそれなりの冷静さを持っているというのに、妙なところで判断力と行動力を発揮してしまうのでしょうか。

 

『セツナンはなにを見たんだろうね』

 

 セツナがどの効果がある、なにを吸い込んだのか、確実な事は分からない。

 この森にある危険は木々や魔物だけでなく、水や空気にもある事をもっとしっかりと伝えておくべきでした。


『リリはどう思う?』

 直前の言葉や表情、それらに焦りはありませんでした。剣に手を伸ばして飛んだということは、誰かが小さな驚異に襲われる幻を見たのでしょう。

『あーあの嫌なイメージが見えるやつね』

 それと自生している落とし穴が組み合わさり、ヒバナさんのように落ちていったのかと。

『ねー、ヒバナちゃんみたいに落ちていったね』


 本人もその自覚があったのでしょう。

 あたしも、その発言が全てです。私もついそのような視線を向けてしまった。


「…………先程、一名落ちていきましたが……皆さんは離れず、縄を掴みながらついてきて下さい。目的地はすぐですので」


 一般的に、この森で冷静さを失うのは命取りになる。

 まずやることはこの集団をこれ以上欠けさせることなく、街に送り届けることでしょう。


『探しに行かないんだ』

 えぇ、まずは最初の目的をしっかりと果たしましょう。

 セツナは多少、この森で放っておいても死ぬことはないので大丈夫です。

『セツナン、なぜか無駄にタフだしね』

 

 死にはしない、それは分かりきっているのに。不安がないといえば嘘になってしまう。

 うかつでした。手を握るのではなく、しっかりと手首を掴んでおくべきだったのです。

 それか本当に気絶させて担いで行くべきだった。


『ま、甘い……ってか優しいのがセツナンの良いところなんだろうけどさ』

 えぇ、誰がなんと言おうと、本人がどう思っているとしても。セツナは優しいんです。

『そだね、本人に言っても人の真似してるだけ。そう言うんだけどさ、いひひ!損ってか面倒くさいよね、セツナン』

 えぇ、本当に。


 私も長い時間誤解をしていた。

 ですがその姿、行動、心の観察を続けると……


 私が思うに、セツナは善人の皮を被った善人なんです。

『善人……?被ってるの?』

 えぇ、セツナは善人を演じています。

『あれれ?リリ、つい数秒前にセツナンは優しいって言ってなかった?』

 はい、言いました。

『じゃあおかしくない?善人を演じてるのは悪人じゃん』

 そうですね、普通なら。善人の皮を被り、少し近寄ってみると背中にファスナーがついているんです。

『なんか、例えがセツナンっぽくなってきたね、リリ。じゃあ聞くけど、ファスナーの中は?』

 おそらく、中には悪人が入っているんでしょう。

『そりゃね』

 実際にあけてみました。

『ふーん、中身は?』


 あぁ……もう、本当に……思い出すだけで笑ってしまいそうになる。

 長い時間をかけて、化けの皮を剥ぎたくて。

 その本当に、本位に、本気の本心を知りたくて。


 まさかそれが、まさかそうなんて。

 

 中にはセツナがいました。

『…………は?』

 中にはセツナがいました。

『いやそうじゃなくてさ……リリ、分かってるでしょ?』

 えぇ、もちろん。ジョークです。

『やれやれ、誰に似たのかなぁ……』


 誰に似たのかはあまり重要な部分ではないんです。

 私はこの身の元となった、あなたと仲の良い私なのですから。


『で、さ!さっきの続き、結局どうゆうこと?』

 善人の着ぐるみの中にはセツナがいました。

『そんなあからさまな着ぐるみを着てるのはさ、自分が悪い奴だってのを隠したいからじゃない?』

 それが違うんです。善人の着ぐるみの中には同じ姿をしたセツナがいました。


 本当に、おかしな話。善人を演じる善人なんて。

 あんなにも、手の施しようがないほど混沌としているのに。

 それなのに……それなのに、あんなにもどうしょうもないほど純粋なんて。

 

『…………へぇ、ちょっと意外。リリはセツナの優しいとか面白いとか、そうゆうところに惚れてるんだと思ってたよ、あたしは』

 えぇ、違うと言い切ることは難しいですが、それはその後さらに追加で望むことです。

 本心では私にだけ優しく、私だけを楽しませてほしいんです。

『重いねぇ』

 このぐらい、普通です。


 ですが……それをセツナは望まない。

 そして、まだ私がそれを望んではいけないんです。



 私はもっとその奥、セツナが本当に望んでる事を知ったから───だから恋をしたのです。


 だから……それでいいんです。

 全ての人に、等しく優しくあってほしい。



『ふーーん』

 あまり関心がないように感じます。

『いやビックリはしたんだけどさ、それより驚いた。思ったより教えてくれるんだなって』

 ??仲良くなろう、そう言ったのはあなたの筈ですが。

『ま、そうだけどね』

 名前も教えてもらいました、外に漏れることもないので赤裸々に話してみようかと。


 いつだったか、命の危機にさらされた時。

 その時の約束として様々な言葉を交わし、理解を深めている。


『うん、なんかそろそろ死にそうだからね』

 私が……でしょうか?

『違うよ、リリが死ぬもんか』


 この人の言葉は難しい。

 私は死なず、言葉を発した本人はすでに故人だというのに、これ以上誰が死ぬというのか。


 やはり世界が違うというのは大きな隔たりとなるようです。

 


「ふむ……いつの間にか到着していたようですね」


 誰かと話していると時間を忘れてしまう。この感覚も、数ヶ月前の自分にはなかったもの。

 えぇ、とても良いものです。これまで無駄にした時間をどうにかしてくれるような。


『ひーふーみー………………おぉ、みんないる。快挙快挙、ここのセキュリティも甘くなったねぇ……』

 簡単なことでした、次回からも引率をつけて搬入することにしましょう。


「さて、私はここで。後はいつものようにお願いします、帰りも声をかけていただければ」


 ここまで来てしまえば後は普通の街並み。生まれ育った、出発前より色づいた私の故郷。

 船員にある程度の指示を伝え、次の仕事に取り掛かりましょう。


「では出発です」


 踵を返し、再び森へ。

 置いてきてしまったセツナを拾いにいきましょう。


『あてはあるの?人の場所は分からなくない?』

 えぇ、分かりません。ですが何かしらの破壊行動を行えば、セツナも何かを返してくれるでしょう。

『…………こんなに雑だったっけ?生前のあーし』

 さぁ?別人なので。

『それもそっか』


 さすがにこの森を一人で抜けるのは不可能です。

 それに私は早く街や屋敷をセツナに紹介したい。


『ねー、リリ』

 はい。

『あー……あたしはね、上手くいかないと思う』

 それは……何についてですか?

『リリとセツナの関係』


 言葉が形をもって胸に突き刺さるような感覚に襲われる。

 私とセツナを知る人物からの否定は……少し、痛い。


『それもセツナじゃない、リリが原因で』

 ……私はセツナの本心を知っています。他になにを隠していたとしても受け入れます。

『違うって、自分で言ったんじゃん。セツナはいつまでもいつまでも、音無椎名を目指す』

 ……分かっています、だから私はそこはもう割り切っているんです。

『今は眼がなくても見えるよ、上手くいかないって。どちらからでもなく、上手くいかないって』 

 それは……私の自制心が足りないことへの指摘ですか?

『それもあるけど……八割くらいはセツナへの文句かな』


 その声色は、とても手のかかる妹達へ向けるように。


『セツナは変わらないから、変われないから。いつまでもリリの気持ちに応えられない』

 それがなんだと言うんです。実らないから諦める、そんな軽い気持ちで私は恋をしたわけではないんです。

『…………いひひ!なら仕方ない!応援してあげよう!』


 では今度こそ、話も纏まったのでセツナの捜索に行きましょう。

 ほら、目を閉じれば今にも声が…………


「──い!」


『ん?』

 ……ふむ?


 声が……聞こえますね。

 なにやら聞き覚えのある声が……


「─ーーい!─リ─ーン!」


 ………………。

『あれ……リリ、多分同じもの見てるから聞くんだけどさ……』

 いえ、大丈夫です。えぇ……えぇ……


 きっと鳩が機関銃を向けられたらこんな表情を浮かべるのでしょう。

 そして、えぇ……きっと私の顔もそのような表情をしているでしょう。


「おーーい!リリアーーン!」


 …………。

『あのさ……いい加減、セツナンの死んだ詐欺とか行方不明詐欺を取り締まるべきだと思うよ、あーしは』

 ……そうですね、少しは心配をかけていることを自覚するべきです。


 あまりにも普通に、それこそ当たり前に。

 少し離れた森から手を振りながら帰ってきたセツナに、喜びと同時に呆れた感情を抱かずにはいられないのでした。

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