第202話 前略、家族と人でなしと、後略

「揺れるっていうかさ……」


 ぎぃぃぃ……っと床というか船全体が軋む音。

 船内の小部屋で、その角で。


「傾いてるよね?コレ」


 部屋の四隅じゃなくて、淵の方。

 もう九十度くらい傾いてる。さっきまで床だったものが壁で、扉は足元。


「傾いていますね…………セツナ、こちらへ」


「ん」


 傾むきが戻るのにあわせて歩く。

 ゆっくりと壁は床に戻って、少し勢いをつけて再び壁へ。今度は扉が天井になってる。


「今回の嵐は随分と激しいですね」


「今回の?」


 ですね、と言われても知らないんだけど。

 今回の、って事は毎回のように海が荒れてることになる。


「結界のようなものです。敵を島に近づけないようにしているのですが…………今回は一段と大きな嵐です」  


「ふー…………ん?いや、なんでそんなに厳重っていうかさ……敵に狙われてる?みたいな?」


 ちょっと変。

 まるで籠城かなにかみたい。後ろめたい事はありそうだけど、そこまでするかな?

 そもそも島って言っても、領地を名乗ってるんだし人も受け入れてるって聞いたような……?


「…………いえ、そこまでは」


 分からないか。

 リリアンは前まであまりそうゆう事に興味を持たなかったみたいだし、仕方ないかな。


「にしても揺れるし傾くねぇ」


「……えぇ、気分はどうですか?」


「問題なし。まぁ、いつもの飛んだり跳ねたりに比べたらなんでもないよ」


 変化はゆっくりだし、部屋に割れ物もないし。

 途中、一回転したみたいだけどちょっとフワッ、としただけだったし。


 まぁ、今はそんな事より聞きたいことがある。


「んー……ねぇ、リリアン」


 これからの事を考えたら聞いておいたほうが良いと思う。あと単純に気になるしね。


「ルキナさんってどんな人?」


「…………」


 もちろん異世界人だとは思う。

 でもなんか変。だって死体から人を作り直して、あたしの世界の物を模して、他にもいろいろ。

 そもそも、元の世界に戻るためにやることが届け物ってのもやっぱりおかしい。


 …………あと普通に予備知識無しで会うのが怖い。

 だってとんでもなく強いリリアンが娘で、師匠と中の人人の友達で放火魔を住まわしてる。


 多分、おそらく、だけどほぼ確実にやべぇ奴。

 不審者三号候補。実は普通の人であってほしい、切実に。


「…………人でなし?」


「人でなし!?」


 まさかの人でなし。

 すごいぞ、そんな単語久しぶりに聞いた。しかもリリアンに言わせるなんて相当だぞ。


 おっかしいな、前に話した時は愛されてる。

 そんな事を言ってたハズなのに、実は人でなしと思われてたなんて。


「いえ……その……良い人です。生み出してもらったことに感謝していますし、尊敬もしています…………ですが……」


「ですが……?」


 言いづらそう、そりゃそうだけど。

 頑張ってフォローを入れてるけど……多分、本当に人でなしなんだ。


「人でなし……と言いますか、身内以外の人間にあまり興味がないようでして……」


「あぁ……」


 まぁ、それくらいなら?

 身内に甘くて敵に厳しいのは全然分かる範囲。


「反乱分子は粉微塵です」


「やりすぎだよ…………で、でもリリアンにとっては良いお母さんなんだよね?」


「……良い母、なのでしょうか。母と呼ぶと叱られます」


「ん……そういえばそんなことも言ってたね」


 んー……人でなし度がなかなか上がってく。

 どうしたもんかな、いやホントどうしたもんかなぁ……


「それ以外の人となりについては……すみません」


 ビックリするほど情報が増えなかった。

 しかも増えた情報は上陸を拒否したくなるものだし。


「ん……まぁ、あんまり人と話す感じじゃないもんね」


 独裁者みたいなイメージがついちゃった。

 あんまり悪く言いたくはないけど……人でなしっぽいしなぁ。


「いえ、むしろ口数は多い人です」


「…………んん?」


 じゃあなんで?

 おかしいな、話す機会がないなら分かるけど……


「いつもなにかを作ったり調べたり、とても忙しそうではありますが、話す機会がないわけでは」


「じゃあ……なんで?」


 なんでそんなに知らないことばかりなんだろ。

 あたしが更生というか改心した後はそれなりに家族と話す。

 リリアンはお母さんと話したがっているみたいだし、前のリリアンでも話す事はできたんじゃない?


「身内の人間以外には興味がないんです」


「……身内でしょ?娘なんだし」


 なんか……嫌だ。

 なんか分からないけど、嫌な気がする。


「いえ、あの人にとって私は物です。母や娘という言葉は私の願望にすぎないんです」


「…………は?」


 あぁ、なるほどなるほど。

 よしよし、分かった分かった。


「セツナ」


「ん?」


 悟られるな悟られるな。

 ……いや、バレてるな。やろうとしてること、怒られそう。


「そうあなたが気にすることではありません」


 フッ、と柔らかく笑うリリアン。

 本当にそう言ってる、あたしの考えが分かった上で。


「関係が上手くいかなかったのは、私からの歩み寄りが足りなかったんです」


「……娘の方から歩み寄る必要なんて、ないと思うんだけどね」


「仕方がないんです。私も母もそういった会話が苦手なので」


 …………なんか、楽しそう。

 あぁ、もう……そんな顔で言われると……困る。


「おや、揺れが収まったようですね」


 いつの間にか床は床に、壁は壁で天井は天井。

 …………なんかちょっと宙ぶらりんな気分。まぁ、宙ぶらりんなら宙ぶらりんなりに。


「……食堂に行こうかな。揺れたし、みんなになにか作ろうかなって」


「なるほど、では行きましょう」


 なんかまだちょっと納得いかないけど、本人がいいならあたしが口を出すべきじゃない、か。

 ……いや、出すかもしれない。お節介だからね。


「セツナ、悩みがあるんです」


「ん、なんでも言って」


「母をなんと呼んだらいいでしょうか?ここから関係を改善していくとして、呼び方から変えたいんです」


 あぁ、でも……

 リリアンがこんなに希望にあふれた表情をしてるなら、人でなしのことも少しは信用していいかもしれない。


「やはりお母様、でしょうか?」


「ん……ちょっと固いよ。お母さんくらいがちょうどいい」


「なるほど」





『リリ、呼んだ?』

 えぇ、母やノアさんとはどういった関係だったのかが聞きたくて。

『んー、ノアちゃんとは友達だよ』

 とは、というのは?

『ルキナちゃんとも友達だと思ってた』


 ほんの少しだけ、声が重い。

 いつもはあんなにも軽薄なのに。


『だってリリ、ルキナちゃんがあーしの話してるの聞いたことある?』

 いえ……

『そーゆーことだよ』

 ですがノアさんはあなたと母、途中からはヒバナさんとも友人だと言ってました。

『友人ねぇ……そう思いたいけどさ』


 怒り、よりは……呆れ?でしょうか。

 きっとこの眼に映るなら不愉快な形をした心。


『本当に友達だったらあたしを殺したりしないっての』

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