第200話 前略、出航と行ってきますと

「───よし、まぁこんなもんかな?」


 出発にそなえて荷物をまとめてた……のではなく部屋の片付け。

 この物置ともついにさよなら、かな?また来れるか分からないし。


「昨日……ってか昼間まで時間とれなかったしね」


 なんでこんな夜に片付けをしてたか。

 そんなの簡単、昨日から昼までいろいろ手伝ってたから。出発まえでも、誰かが困ってたらほっとけないよね。


 まぁ、それで疲れてさっきまで寝てたわけだけど。


「それじゃあ…………またね?」


 なんだかやっぱり、もう一度来れるイメージが沸かなかったから。それでも……またね。





「待てよ、セツナ」


「し…………ノアさん」


 さよならは言いたくない。

 だからってなんだかまたね、も言いづらい。


 だからこっそり抜け出したかったんだけど……

 上手くいかないな、なんとも難しい。


「なんだよ急に、気持ち悪いな」


 振り返らないまま、いつもの口調で。

 だって師弟は終わりだから。……違うね、最初からそんな関係じゃなかった。


 だって必要なものじゃないんだもん、必要とされてないんだもん。

 ただここにいる間、そう呼べと言ってくれるから。宙ぶらりんな立ち位置のあたしに、役目をくれただけだから。 


「さよならですから、ちゃんとさよならしなきゃ」


 人と、家に。


「お前やっぱり変なもん食ったか……?」


 そんな心配そうな顔しないでください。

 なんか本当に大事な弟子みたいじゃないですか。


「ちょっとセンチメンタルなんです」


「せんち……?なんだ?」


「センチメンタルでメランコリーで、ペシミスティックでアンバランスな気分なんです」


「お前らの世界の言葉は相変わらずよくわかんねぇな…………」


  大丈夫、あたしの世界でも基本的にこんな使い方はしないから。


「ようするに寂しいんです。寂しいから最初から大した関係じゃなかったと思いたいんです」


「……わかんねぇな、わかんねぇ」


 まぁ、そうだよね。

 そのへんノアさんはさっぱりというか、あんまり出合いと別れに興味がなさそうだ。


「リリから聞いたぞ。お前、また来るんだろ?だったら別に寂しいとかないだろ」


「…………」


 意外、というかなんというか……

 予想外?そんな前向きなことを言うなんて。


「……なんだよ」


「いや、意外だなって。身内……っていうかリリアンにしか興味ないんだと思ってたんで」


「そりゃお前のせいだ、セツナ」


 頭をガリガリとかくその表情は心底面倒くさそうで。

 でもそれだけじゃないことが伝わる、不思議。


「お前が客をよぶせいで……そのせいで昔のことを思い出しちまった。なんでもやってた頃、まだ隣に人がいた頃のこと」


 その言葉はなんだか懐かしそうで。

 実際に懐かしいんだろうな。振り返るように、噛みしめるように。


「お前とリリが仲良くなったせいかはわからねぇけど、またアイツと話せた。そういや知ってるか?リリがアイツの記憶を使って剣を作ってる途中、刀身を作ったところでとんでもないことを言いやがったんだ」


 楽しそう、本当に楽しそうに友達の話をするその姿は、なんだか幼く感じる。

 まぁ、それを口に出すほどあたしも野暮じゃない。


「んーー、興味深いですね。なんて言ったんです?」


「ごめん!ここまでしか知らなかった……ノアちゃん!後頼んだっ!ってさ。自分でリリを焚きつけたくせによ。それを指摘したら今度は自分が飽きたのを棚に上げて、私のせいに……」


 ノアちゃん、って呼ばれてたんだ…………


「どしたんです?」


「…………喋りすぎたな」


 んー……まぁ、そうですね。

 でも、たまにはいいものですよ?


「ま、とにかくだ、リリのことを頼むよ」


「はい」


 まぁ、頼む必要ないとは思うけどね。


「あとまぁ、アイツによろしく言っといてくれ」


「んん?言わなかったんです?」


「あぁ、照れるだろ?」


 なるほど、了解しました。

 まぁ、頼まれるまでもなくリリアンが伝えるだろうけど。


「あとあんまり言いたくねぇけど……ルキナには気をつけろよ」


「んー……わかりました」


 まぁ、リリアンのお母さんだし。そんなに警戒することもないけど。


「セツナ」


「はい」


 多いな、多い。

 言葉は大事なものだけど……まぁ、いいや、いくら重ねても誰も不幸になんかならないし。


「アイツに比べたら何倍もいい弟子だよ、お前は。だから帰ってこい、部屋もそのままにしておく」


「っ…………はい、師匠」


 なんだよ、なんだよ。格好つけちゃってさ。

 大したこと教わってないけど、いろんなことを教わってたみたい。


 続きはまた、今度。

 また来たときに、あの物置で眠る時にでも。


「それじゃあ、師匠。ま…………行ってきます」


 またね。よりも良い言葉が見つかった。


「おう」


 最後までぶっきらぼう。

 でもいつもと違ういつも通りをありがとう。

   




「セツナ、気をつけて行ってこいよ。あと拾い食いはやめとけよ」


「セツナちゃん、行ってらっしゃい。暖かくなってきたからってお腹だして寝ちゃダメよ?」


 夜道を歩く、港に向かって静かな道を。


「気をつけて、行ってらっしゃい」


「腹だして寝るなよ」


「落ちてるものを食べないように、リリアンちゃんにお菓子とか持たせてあるからね」


「行ってらっしゃい、お腹を出して……」


「いや出してないし!拾い食いもしないから!」


 なんか賑やか。

 おかしいな、みんな寝ててもおかしくない時間なのに。


「なんだろ、ホント」


 まさかあたしの見送り?考えすぎか。

 あとなんでそんなに心配されるのか。あたしは拾い食いもしないしお腹だして寝てもいない。


「行ってきますっ!」


 少しの間いただけなんだけど……まぁ、いいか!

 



「リリアン、お待たせ」


「いえ、今来たところです」


 そんなわけない。

 けど、言いたかった言葉だろうからいいや。


「なんかいろいろあってさ、ここで会った人全員に会った気分」


 本当にいろんな人に会った。

 ついでに変な噂をながしたリッカは頑張って放り投げた、スゴイ頑張った。


「私も同じく。何故か食糧をたくさんいただきました」


 …………拾い食いしないってば。


「んー……船、初めて乗るかも」


「それなりに揺れることになりますが、体調は?」


「問題なし、乗り物酔いはしないんだよ」


 三半規管がなかなか丈夫なのは良いこと。

 飛んだり跳ねたり落ちたりよくするからね。


「そうですか、では行きましょう」


 足場をつたっていざ船内。

 おぉ、軋む。ワクワクとドキドキ。


「顔パスなんだね」


「えぇ、領地への密航船なので」


「……ん?そういえばなんで密航船?」


 船代ないんじゃないだろうし、そもそも顔パスならそんな怪しい船じゃなくてもいいのでは?


「ふむ………………非公認な領地なので、普通の船は避けてるんです」


「ふぅーん?」


 なんか、微妙に納得いかないけど、リリアンがそう言うならそうなのかな。

 まぁ、たどり着ければいいのかな?





「おぉーー!」


 船が動き出したので、甲板に出てきた。

 良いねぇ!街の灯りと風をきる感覚。これはなかなか良い初体験。


「セツナ」


「リリアン、スゴイよコレ!街の灯りも……って何人か手、振ってる」


 あたしも振り返す。

 小さくなっていくそれは、なぜか寂しさを感じさせない。


「……数年前の話です」


 数年前?

 昔話かな、ちょっと興味あるかも。


「あの街で少し大きな戦いをしました。人を斬りました、建物を斬りました。その私の姿を覚えてる街の人は今もいました」


「それは……」


 それはとても怖い。

 そのリリアンの姿を想像すると怖いし、その事を覚えてる人のいる街に行くのは怖いことだったんじゃないかと思う。


「そんな人たちも、私達の見送りに来てくれました。セツナ、これはどうゆうことでしょうか」


 そんなこと、決まってる。

 簡単なこと、分かりきってること。


「そりゃ変わったんだよ、いろいろとね。その戦いは知らないけど、その時の悪い印象よりも良い印象が勝ったんだよ。そうゆう人だって分かってもらえたんだよ」


 話てみないと人は分からない。

 話してみても分からない、でもなにもしないよりいいよね。


「セツナ、私は人を斬りました。セツナと会う少し前にも斬りました。その過去はなくなるでしょうか、私は許されるのでしょうか」


 難しいな、難しい。

 

「んー…………どうだろ、分かんないや」


「……そうですか」


「まぁでも、少なくとも過去は消えないと思うよ。残念ながら」


 本当に残念だ。

 あたしも消せるなら消したい。


「では許されるでしょうか、私は……あまり正しい生き方をしてこなかったと思います」


 正しい生き方、ね。

 分からない、こんな世界で人を斬った事を悔やむのはちょっと分からない。


「ごめん、やっぱり分かんない」


 だって……そうゆう世界で生まれてそうゆう生き方をしろと言われてきたんだから。

 あぁ、でも……そう思うのなら、リリアンは本当に優しいんじゃないかな。


「分かんないけど、あたしはリリアンに会えて良かったよ。許すも許さないも分からないけどさ、出会って悪かったより、出会って良かったを増やしていけばいいんじゃない?」


 支えになるのは人の言葉。

 誰かのありがとうは、救われた気になる。


「そうやって人と関わるうちに、いつか自分で自分を許せるんじゃないかな」


「そうかも……しれませんね」


 分からないけど、ほんの少しでもリリアンの心が救われたらいいな。

 それを自分が望んでいるのは分かる。 


「そろそろ戻りましょう、潮風は身体に良くないので」


「んー……もう少し話さない?」


「……では、もう少しだけ」


「うん、もう少しだけ」 


 夜風は悪くない、潮風がなんぼのもんだ。

 思い出話もたくさんある、だからもう少しだけ。

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