第199話 今宵の月は綺麗なのですから、後略

「そろそろ帰ろうと思ってさ。異世界から、あたしの世界に」


「……そうですか」

 

 ついにきてしまった。

 なんとかして遠回し、楽しい思い出で後回しにしたかったことが。


『なんでそうなるかねぇ……』

 なんでもなにも、セツナはもとより帰るために歩いてきたのです。時期が来た、それだけです。

『本当に分かんない。だってさ、コッチの方が生きやすいじゃん?人殺したってそんなに問題じゃないし、なんなら悪人だったら感謝もされる。欲望通りに生きても問題なし、分かってるはずなのに』

 そうですね、分かっているはずです。そのうえで、そんなことより大事なことがあるのでしょう。

『へぇー、面倒な法律もルールもないし、もとの世界となんだかんだ同じくらい便利で、不思議な力を誇示すれば人に慕われる世界より大事なこと?例えば?』


 顔が見えないのに、ニヤついた嫌な表情が目に浮かぶよう。

 答えが分かっているのに、本当にいい性格をしてますね。誰に似たのでしょう。


『ねー、リリ?例えば?例えば誰の為にセツナンはもとの世界に戻るのー?』

 はぁ……音無椎名の為にです。セツナは音無椎名の為に元の世界に戻るのです。

『死んでるのに?』

 えぇ、とうに亡くなっているのに。全く不愉快です。


「セツナ、この街はどうでしたか?」


「ん?いい街だよね、この街以外もこの世界は温かくて仕方ないよ」


「それならばもう、コチラに住むというのはどうでしょう。飽きたのなら私の家でも」


「…………魅力的な提案だね、悪くない……悪くないよ。でもね、そうもいかないんだよ」

  

『そうもいかないんだよ、って。格好つけた顔でさ、分かってないくせに分かって振りして、変な奴だよね、セツナン』

 逆です、分かってないから分かっているんです。どうにもならないことが、分かっているんです。

『あー、はいはい。で、なにが分かってるの?あーしには分かりませーん』

 逃げるわけにはいかないんだよ、です。自分の意思で来たわけではないのに、逃げたわけではないのに。


「それは……なぜ?」  


「逃げるわけにはいかないんだよ。いい加減、あたしの世界から。音無椎名の生きた世界から逃げるわけにはさ……いかないんだよ、そこで生きていかなきゃいけない。どうしてもさ」


『うお、すご。リリはセツナンに詳しいねぇ』

 えぇ、私はセツナよりもセツナに詳しい自信があります。

『難儀なことだね、二人してさ』


「まぁ、そんな大したもんじゃないんだけどねっ!」


 その笑顔が本物でないことぐらい、私でも分かります。

 難しい、とても難しい。セツナ、大事な人に本当の笑顔でいてもらうのはとても難しいことなんですね。


「なんかここで普通の事件とか、困ってる人を助けてるうちにさ、そうゆうことがまたしたくなったんだよ。まだまだ、うら若い学生達を助けなきゃね」


「そうですか……少し、残念です」


 本当は……本当に残念です。

 せっかく名前も呼べるようになったのに、ようやく距離が縮んたのに。


「まぁ、あたしも残念だよ。せっかくここまで仲良くなったのにね」


 良かったです、私と分かれる事を残念に思ってくれたことは本当に嬉しい。

 

『セツナンのことだし建前かもよ?』

 構いません、それでも口にしたからには欠片ほどでも本心が混じっているでしょうから。

『健気だねぇ……』


「だからまぁ、ほら。約束するよ、またいつかこの世界に来るよ」


「……可能なのでしょうか、そんなことが」


『無理でしょ、無理無理。だって世界が違うってそうゆうことだもん』

 私もそう思います。だってあなた達が来ないのなら、私達は異世界の存在を知り得なかったので。


「どうだろ、分かんないや。分かんないけど、分かんないから約束するよ」


「果たせない約束は重荷になりませんか?」


「ならない」


 思考が働くよりも素早く、セツナの言葉が耳に届く。

 その約束は無意味を積み重ねるものでなく、一つの目的となるのでしょうか。


「ならない、ならないんだよ。重荷になんてさ、なりえないんだ」

 

「……でも」


「重荷じゃなくて、希望とかそうゆう前向きなものだよ。後の人生の目的で目標でやりたい事で、時間はかかるかもだけどまた会いにくるよ」


「…………えぇ」


 あぁ……良かった。その言葉はきっと本心だから。

 

『なんか随分嬉しそうだね、リリ』

 えぇ、嬉しいです。

『ただコッチにまた来るって無責任な約束しただけなのに?』

 もちろんです。さっきの言葉は、また私に会いに来る。そうゆう意味に受け取りました。

『前向き〜』


「だから早めに帰ろうと思ってさ、エセ天使を探して帰る条件を再確認しようと思ってさ」


「なるほど、そんな理由で」


「まぁ、見つからなかったし、リリアンの家まで行くしかないかぁ」


 そう言って腰のポーチからあの封筒を取り出す。

 

「リリアン、これの中身知ってる?」


 セツナが掲げる封筒。

 それを私の母に届けるのが、セツナが元の世界に帰る為の条件。


「えぇ、鍵です」


「うん、鍵だよね。やっぱり知ってたんだ」


 正確には、最初の夜に盗み取ろうとして知ったのですが。

 思い返せばあの時、思いとどまって良かった。


「なんの鍵か知ってる?」


「そこまでは」


「だよねぇ……じゃあ仕方ない!行くかぁ!船でいくんだよね、いつ頃出航?」


「ふむ……正確には密航の形になるのでそんなに頻繁にはでていませんね。明後日か二週間後です」


「密航って……」


 えぇ、非公式な島で、非公認な領地ですから。


「なら明後日かな。二週間後じゃ、ちょっと決心が鈍る」


 残念です。思いとどまらせることはできそうもないですね。




『リリ、ほら、今!』

 …………本当にそれで通じるのでしょうか。

『通じるの!スゴく有名な言葉なんだから!』

 ですが、もう直接言おうとも遠回しに伝えようとも。セツナはなかなか理解してくれないんです。

『だからだよ!かの文豪が残した、あーしの世界では誰もが知ってる告白の仕方なんだから!』


 半信半疑ですが、そこまで言うのなら。

 それにもし、本当に伝われば儲け物ですから。


「セツナ」


「んー……?」


「今夜は……」


 本当にいいのでしょうか?

 こんな言葉なら、似たような言葉を何度も交わしてきたのに。


「今夜はとても……月が綺麗ですね」


『言った!良し!これならいくらアホなセツナンでも、知ってるし、伝わるはず!』

 その……気分が高まっているところ申し訳ないのですが。この場合、YESとNOはどう判断すればよいのでしょうか?

『それを肯定すればいいんだよ!あなたと見るからそうですね。そんな気の利いた返しならサイコー!』

 ふむ……確かに興味深い。


「…………そうだねぇ」


『きた!勝った!』


「でも……」


 『ん……?』

 …………?


「多分、手が届かないからあんなに綺麗なんだろうね」


『……………………』

 ………………あの?そちらの世界の言葉には詳しくないのですが……振られてませんか?


「ん?どしたの?」


『このバカ知らないんだ!うっわ!バカだとは思ってたけど知らないんだ!やっっっば!』

 …………?

『あのとぼけた顔は本当に分かってないんだ!うーーわっ!ないわ!』




 まだ心の中で喚く声はやみませんが、良しとしましょう。


 だって本当に、今宵の月は綺麗なのですから。

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