第179話 前略、収穫祭と改名と

「いやね?タレも好きだよ、なんだったら基本的にはタレで食べる。だけどなんでだろうね、たまにどうしようもなく塩で食べたい時があるんだよ」


 串に刺さったななにかの肉。

 多分、鶏肉なんだろうけどここは異世界。おかしな生き物の肉って事も考えられる。


「ふむ……素材の味、というものですね」


「んー……ちょっと違うかな」


 四本目を食べ終えて、味付けに関する話は続く。


「素材の味とかは気にしないんだけどさ、塩。とにかく塩を食べたくなるんだよね。やっぱり調味料の王は塩だよ」


「そうゆうものですか」


 そうゆうものです。

 味覚が鋭いリリアンにはちょっと分からないかな、濃い味も苦手だし、塩味そのものみたいなものを好むのは難しいかも。


「んー、お好み焼きかな?いい匂い」


「朝食……食べてましたよね?」


「ん?食べたよ」


 食べましたもなにも一緒に食べたじゃん。

 昨日は師匠を手伝って今日は収穫祭当日、早く寝て、起きてつい数時間まえに二人で食べた。


「いえ、激しく動いたら吐き出しそうだな、と」


 なるほどそっちの心配か。

 まぁ、問題なし。成長期だからお腹が空くんだよね。そんでいっぱい食べれるって事は良く消化してるんでしょ、多分。


「ソースの焦げ付く香りには勝てなくてね、ほとんどキャベツだし大丈夫だよ」


 どっちかといえばお腹が空いて動けない方が問題だ。

 あとほら、看板とか描いちゃったし、贔屓にしないとね?




「お、見つけた」


 こうゆう時、背が高いのは羨ましい。

 テキトーに決めた集合場所だけど、カガヤを発見。無事に集まれた。


「やぁ、セツナ。楽しんでるかい?」


「よー、セツナのねぇちゃん」


 ヒョウもいる。

 どうやらあたし達が最期だったみたい。


「楽しんでるよ、これからの予定がなかったら全部の屋台をまわりたいくらいには」


「君……いつもなにか食べてないかい?」


「成長期だからね」


「にしてもセツナってそんなに食べる子だっけ?」


 最後の一欠を口に放り込んで、飲み込む。そろそろ切り替えなくちゃね。


 …………ん?


「今更だけどみんな商魂たくましいよね。祭りがあれば出店だし、とても名産が独占されてるとは思えないよ」


 というかそんなになってると感じさせないくらいには賑わいを感じる。

 少なくとも話を聞くまでそんな事、想像もできないくらいに。


「な、オレなんかリンゴがどうこうってのも最近聞いたしよ」


「まー、みんなそれだけで生きてたわけじゃないからね。ダメージを受けた人も荒稼ぎしてる人もいるけど、大した問題じゃないよ」


 …………んん?


 なんか、なんかおかしいな。

 ここには五人いるはず、五人だけいるはず。あたし、リリアン、カガヤ、ヒョウ、ユキちゃん。


「ひい……ふう……みぃ……よぉ……いつ、…………むぅ」


「どしたの?セツナ」


「んー……なんでいるの?リッカ」


「んー……代打?」

 

「んー……なんの?誰の?」

 

「んー……あといろいろと?」


 んー……ってそろそろうるさい。

 まぁ、手伝いに来てくれたのかな?


「ヒョウが連れてきたの?」


 歌って踊るにしても、一曲しかないリッカ。

 それを補う為に、あれ以降も演劇を続けてる。あたしは出てないけど、演目を変えて参加者を募って。


 ヒョウとユキちゃんも手伝ってたし、その関係で連れてきてくれたのかな?


「いや、オレも知らないぞ」


 んん…………まぁ、いっか。

 難しく考える必要はないや、それこそつまらない事だ。

 それにどうせ昨日ぶりだしね。


「じゃあリッカも手伝ってくれる、ってことでいいの」


 あたしの考えを見透かしたように、ニッと笑う。

 つまらない事を聞くな、だ。全くもってそのとおり。


「もっちろん!いつぞやぶりにやっちゃうよ!」


 メンバーは大分変わったし、なんなら増えたけど。

 問題はなし、合わせた手は温かいを超えて熱い。


「最初は無理だろ……ってなったけど、なんとかなんだな。ビックリだ」


「ん、まぁ、そんなもんだよ。その世界の人は優しいからね」


 慣れれば生きやすい。大変な事もあるけど、差し引きでもこの世界は良好だ。

 

「当事者なんだから頑張んないとね」


「おー、任せとけ」


「よっし!なら開会式みたいなのが終わったら行こうか!」


「おっしゃ!」


 あらゆる準備は終わって、みんな集まった。

 後は合図を待つばかり、このぐらいの緊張感は悪くない。


「もう始まってますよ」


「「…………へ?」」


 いやいやいや、こんの大規模なお祭りなのになんの合図もないなんてありえないでしょ。

 

 …………ありえないよね?


「だってほら」


 リッカの指差す方。

 緑、緑だ。木なんてどこにでもあるし、この木々を目的地に集まったんだし。


 んん、あれ……そういえば森なんてあったっけ?

 よく見たら水位もあがってる。前はもっと余裕があったのに。


「…………マジですか」


 なんというか、当たり前すぎた。

 そして違和感がなさすぎた、これは森ではない。


「もうとっくに参加者は向こう側です」


 亀はいた。

 もはや甲羅は見えず、その背の緑はもはや森。


「もっと早く言ってよ!」


 もうとっくに始まってたのか!

 あぁもう!行くっきゃない!


「どうせ目標は参加者全員倒すことだし、いいんだけどさぁ!そんじゃあ行くよ、みんな!」


「はい、行ってらっしゃい」


「うん!行ってきま……なんで!?」


 突然告げられる不参加表明。

 最大戦力が、まさかの。


「そんであたしが代打ってわけ!リリアンちゃんは大事なだーいじなやる事があるからね!」


「…………んー、そっか、なら頑張ってくるよ」


 ちょっと残念。うん、残念だ。

 でも嘆いていても始まらない、それなら切り替えて行くしかない。


「ってこれどうやって渡るの……?」


 目の前は海。

 前に見た橋のような道も水の底。


「誰か、飛べる人」


「「「…………」」」


 なし、となると……


「カガヤ、飛べない?」


「飛べないね」


「リッカ、あっちまで投げられない?」


「投げられない」


「ヒョウ、足元凍らせてとかいけない?」


「オレ一人ならなんとかなるかもだけどなぁ」


 んー……万策つきた。

 この準備の甘さがあたし達の弱点だ。


「よく見たらコレ、普通に泳いだり、渡ったりしたらでも撃ち落とされないかい?」


 …………徹底してるな。

 確かに周りを見れば亀に向かうまでを、妨害しようとしてる人がたくさん。


 数年前かや独占してるってのは伊達じゃない、ってことね。



「セツナこそ跳べないの?」


「んー……ちょっと遠いかなぁ」


 足場が二箇所くらいあればいけるかもだけど。


「…………向こうまで、邪魔されない道があればいいんですね」


「リリアン」


 こうゆう時、やっぱりリリアンに頼らなきゃいけないのはなんだかちょっと情けない。

 

 でも──


「うん、そうなんだ。なんとかできる?」


 いつだって、どこまでも頼りになるあたしの恩人で相棒は、今日も今日とて格好良くて美しい。


「えぇ……道をひらいて、見送ります」


 なんてことない。

 うすく笑って、引っ張りだす。アレを。


「でるか必殺の、月欠総転……!」


 久しぶりにアレが見れるとなると、嬉しいんだかなんだかモブキャラ度があがってしまう。

 万物両断、全ての障害はその一刀のもとに崩れ去るだろう……!


「…………すみません、その名前を呼ぶのは少し……それに呼ぶと内側がうるさいので」


 ん、あそっか、その名前好きじゃないんだよね、漢字的に。

 異世界人が漢字とか響きを気にするなってのは、長い時間言い続けてきたけど、まぁ仕方ない。


「だったらさ……」


 前にそれを言われてから考えてた事がある。

 簡単な話だ、だったらこうすればいいよね。


「…………なるほど、半分は解決しました。───では」


 一呼吸。

 海、それは道じゃない。でも、今からできる。


「───月華蒼天」


 少年漫画も真っ青な格好良い必殺技が、道をひらく。


 …………毎回思うんだけど、もしかしたら本当に違う生き物なんじゃないかな。

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