第173話 前略、夜の客と恐怖心と

「おーわりっと」


 連日のバイトで溜まった仕事を終え、道具を暴れない程度に放り投げる。

 師匠はもう寝たのかな、ちょっと集中しすぎてたみたい。どこかに行くリリアンを見送ったまでは覚えてるんだけど。


「ちょっと待とうかな」


 目も冴えちゃってるしね、なにか食べながらなにか飲もうか。

 あまりにあやふやな目的をもってキッチンに向かった。




「…………遅いなぁ」


 キッチンに残った食材を漁り終わっても、まだリリアンは帰ってこない。


 んー……別に先に寝てもいいんだけどさ。

 最近知った、リリアンが眠らないこと。少しでも一人の時間を減らす為に話し相手にでもなろうかと。


「もうちょっとだけ待とうか、日課もあるし……ん?」


 屋根に登ろうと思って扉に手をかける。

 かける……んだけど、誰かいる。

 

 扉一枚を隔てて。…………二人、いるのかな?


「リリアン……?」


 口に出してみて、なんか違う気がする。

 それならお客さんかな?なら、入りにくいイメージをつくった師匠に問題がある。


 職場のイメージ回復のため、こちらから扉を開ける。

 大事なのは愛想、営業スマイルを貼り付けて誠心誠意真心を込めて。


「……!や、やぁ!セツナ!」


「なんだカガヤか」


 扉から少し離れたところにカガヤ。

 背を向け、首だけをコチラに向けている。


 拍子抜けもいいところだ、営業スマイルをやめてうわずった声のカガヤと向かい合う。

 表情筋を無駄につかってしまった、別にいいけどさ。


「ここに来たって事はお仕事?今日の分はもう終わりだけど、明日か…………まぁ、急ぎだったらあたしにできる範囲なら引き受けるよ?」


 どうせ暇だしね。

 あたしの手にあまるなら明日師匠に頼むことになる、その場合は料金はお察しである。


「あぁ、中でもいいかい?」


「ん?あ、そだね、それでは我が工房へどうぞ」


 我が(借りてる)工房だけどね。

 散らかってるけどそこはご愛嬌だ、居心地は悪くないし。


「「…………っ!」」


 嫌な……嫌な予感がする!

 なんだこれ……なんだこれ!?ヤバいって感じだ久しぶりに!


「リ、リリアン……?」


 あたし、開け放たれた扉、少し離れてカガヤ。

 そしてその少し……この威圧感において、ほんの少しの気休めにもならない距離にリリアンがいる。


 …………ん?あれ、リリアンが近づいてきてる。

 いや、リリアンの家もここなんだし間違いはない。でも明らかになにかを害する意識をもって。


 こうゆう時、リリアンの足に残った鎖が怖い。 

 場に合いすぎてる、聞き慣れたソレを引きづる音が恐怖心を駆り立てる。


「セ、セツナ……僕、君の友達になにかしたのかい……?」


「こっちが聞きたいよバカ!」


 もう、距離がない。 

 逃げられない、ここはもう射程内だ。


「っ!リリアンすとーーーっぷ!!!」


 ホントにマズイって!!!

 どうすればいい迷う暇はない、カガヤを押しのけて飛ぶ、掴む、リリアンの手首を。


 明らかに殺意とまではいかないけど、敵意があった。

 なにかを引き抜く動作、いつものように小道具を出す動作じゃない。

 

 できる限り動作を省略して、ぶった斬る。

 止めてなかったら、確実にあたしの友達の身体は上下に二分割されていた。


「セツナ、離して下さい」


 …………怖っ!

 あぁ、だめだホントに怖い。無理無理無理無理無理無理無理だ。いやダメホントに怖いんだって。


 ねぇ、ヒョウ、やっぱりあたしは壊れてなかったよ。

 だって今、心から怖い。これだけはホントに怖い。


「おいバカヤ!リリアンに何したの!?」


 なんというか……このリリアンの人を斬ると決めた表情だけはどうしょうもなく怖い。

 脳が警報をならし、トラウマが呼び起こされる。


 あの一番最初の面倒だ、厄介だ、ついでに殺しておこう。とでも言いたげな表情。

 脳どころか全細胞に染みついた死のイメージが蘇る。いや、死ぬのは別に……アレなんだけど、それよりもこの表情の方が怖い。

  

 ゾクリ、と背筋が凍る。

 空気が刺さる感覚。汗が止まらない、呼吸が荒れてるのに、血流は止まってしまうような。


 他の怖いものはあんまり思いつかないけど、何度も重ねて言う。

 なんの誇張もなく、怖い。そのただ一言だ。


「いや、僕はなにも……」


「嘘つけぇ!ならなんでこんななってんの!?」


 なにも、でリリアンがこんな事をするかバカ。

 いや、ホントに一緒に謝ってやるから白状しろバカ。


「一応、警告はしておきます。もう見逃しません」


 見逃さない?

 ここにいるのは三人だけだ。カガヤは武器ももってないし、不穏な音も聞こえないし誰も隠れてない。


「…………」


 カガヤの表情はこわばる。

 なにか隠してたものが見つかった顔。


「やましいことがないならでてくるべきでは?」


 リリアンの視線はさらにその後ろ。いや、下の方?

 …………なんかあらためて嫌な予感がする。掴んでいた手首を放し、あたしもそちらを向く。


「……やれやれだよ、ホントに」


 ズズッと、這い出てくるような音。

 カガヤの影から人がでてくる……いや、人の形をした……


「エセ女神」


 ほんの数日前と同じく、嫌なシチュエーション。

 立ち位置が違っているのは、幸か不幸か。


 あちらも二人、コチラも二人。

 戦力なら前回より大分有利なんだけど、あの時隣りにいた友達が今度は向こうで。


「最悪の気分だよ、クソ」

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