第172話 前略、バイトと金策と

「…………なにしてんだ?セツナのねぇちゃん」


「ん、見てわからない?バイトだよ、バイト。働いてんの」


 脚立の下から少し久しぶりな声が聞こえる。

 ハケを動かす手を止め、弟のような友達に返事をする。


「いや、オレが聞きたいのはなんでセツナのねぇちゃんが看板なんか作ってんだ?ってことなんだけどよ」


「いやいや、だから働いてんだって」


 テキトーに、からかうように言葉を返す。

 まぁ、聞きたいことは分かってる。つまるところ、なんで看板づくりのバイトをしてるのか?だ。


「なんかもうすぐ収穫祭?らしいね。お城では舞踏会、街ではお祭り。頼まれてお祭りの方の出店の看板を作ったら結構好評でさ」


「ほーん、意外に器用なんだな」


 意外は余計だ。

 あたしはそもそも結構器用なんだよ。


 リリアンからなんとなく話は聞いてたけど、詳しい話は最近になって分かった。

 ここの名産、リンゴ。畑もないのにどこから収穫してくるのか。

 それはともかくとして、そろそろ収穫の時期らしい。その価値のあるリンゴの豊作を祝うお祭り。


 個人的には舞踏会なんてかしこまった場所に行くより、テキトーにお祭りを巡りたいんだけど。

 まぁ、リリアンが行きたいって言ってるしお城の方に行くことになるんだろうな。


 …………ん?そういえばそんな場所に行く為の服は持ってないぞ?

 制服じゃダメかな、一応学生の正装ってことで。


「コツコツ稼がないとね、島買うし」


「あぁ…………あぁ!?セツナのねぇちゃん本気でそうやって稼ぐつもりなのか!?」


「うん、人間地道な努力が大事だからね」


「何十年かかるんだよ!!!」


「一枚あたりこれくらいだからぁ…………んーーーー五十年くらい?」


「セツナのねぇちゃん結構バカだよなぁ!?」


 激昂、そんな表現がピッタリな動きをみせるヒョウ。

 気持ちは分かる、あんなに格好つけて任せとけ。なんて言った奴の金策がこれじゃあ困る。


「もちろん冗談だよ、一山あてるつもりはあるけど考えつくまで暇しててもアレだからね」


「なんだ焦ったぜ……セツナのねぇちゃんなら本気でやりそうだからな……」


 失礼な奴だ。

 確かに最初は少しだけ考えたけど、さすがにそれが無謀だっていうのはあたしでも分かる。


 この世界の物価を完全に理解したわけじゃないけど、ヒョウから聞いただいたいこのぐらい、という数字とあたしの一日の稼ぎは文字通り桁が違う。

 ならドカンと一発稼ぐしかない、今はそれを探してる時間。


「しかしこのくらいで取り乱すなんて、氷属性失格だね。出直してきな」


「いやだからよ、氷出せんのはユキであってオレは普通なんだけどなぁ。魔術なんてなんも使えねぇ」


 久しぶりに魔術の話。

 この世界、意外な事に魔術が使えないというのはわりと普通な事なんだよね。


 あたしだって偶然一つ使えるだけで、なんなら使えない人の方が多い。

 ポムポムとかが特別ってわけじゃなくて、みんな使えないなら別のスキルを習得してるってわけだ。


 しかしそうなると、あたしの世界から来た人は全ての属性を使えるなんて話どこからでてきたんだろ。

 今度リリアンにもう一回聞いてみるか。


「ん、そういえばユキちゃんは?」


 さっき話に出てきた幽霊のユキちゃんがいない。

 ふわふわ(物理的に)している白い女の子。


「寝てるよ、ここでな」


 ちょいちょい、っと背負った刀を指差す。

 まぁ、そりゃそっか、刀に住んでる幽霊なんだし。


「そっか、あたしの妹によろしくね」


「妹?」


「ユキちゃん」


 本人から呼ばれたから公式設定だ。異論は許されない。


「セツナのねぇちゃん……危ない奴だな、不審者か」


「不審者!あたしが!?」

 

 弟のようだと思っていたけど異端者だったか。

 悲しいなぁ、人はなかなかわかり合えない。あたしはただ、遠い村に残してきたもう一人の妹を思い出してしまうだけなのに。


「ちょっと待ってよ、不審者は違うよ。不審者ってのはピンク髪で、目に悪い配色の服装で基本的に無表情で関節技が特技の魔術師とか。眼帯でその上目つきと愛想の悪いシスコン鍛冶師とかそんな奴らなんだよ」


「セツナのねぇちゃん、そんな奴らいねぇよ」


「いるんだよ、困ったことに世界は広い」


 そこからしばらく談笑。

 あたしが会ってきた不審者達の話とか。


「んん?あれ、ヒョウはなんでここにいるの?」


 そういえば聞き忘れていた。

 そりゃこの街にいるんだからおかしくはないんだけど、ここ数日は姿を見なかったからちょっと珍しい。


「あー……まぁ、オレも仕事探しみたいな?セツナのねぇちゃんだけに任せるわけにはいかねぇからな」


 照れくさそうに言う。

 なんだ大丈夫そうじゃないか、いろいろと。

 

「よっし!二人なら三十年くらいで済みそうだね」


「おう、任せとけ」


 二人冗談を言いあって、悪くない。

 さて、あたしも看板の仕上げをしなくちゃ。


「セツナ」


「ん、リリアンおかえり」


 あたしとは別行動をしていたリリアンが帰ってくる。

 その手にはペンキ、頼んでいたものを持ってきてくれたみたい。


「そして追加の注文です」


「ん、了解。なに屋さん?」


「なんでも前にセツナが言っていたポップコーンを作りたいとか」


 おぉ、いいじゃないかポップコーン。  

 今日中には終わらないから完成は明日かな、そんでそれなら白がもっといるよね。


「置いておきます、それとあと一つ」


「ありがと、なにかあった?」


「向こうで一人欠員がでました」


 欠員か……コッチは急ぎじゃないけど、後の看板のデザインを考えたりしたいし暇はないんだけど…………ん?


「??」


 視線を向けるあたし、キョトンとしたリリアン。

 視線の先にはちょうど一人分の人手。

 だけど……もしかしてマズイ?


「よっ、昨日ぶりだなリリのねぇちゃん」


「えぇ、昨日ぶりですね、ヒョウさん」


 …………アレ?意外に和やか?


「昨日?んー……それあたし知らないよ?」


「セツナが寝た後の事でしたから」


「ユキと一緒に謝りに行ったんだよ、刺しちまったからな」


 朗らかに、刺しちまった。

 ここだけ切り抜くと犯罪だよね…………いや、切り抜かなくても犯罪だった。


「ものの見事に不意打ち決めちまったぜ。あらためて悪かったな、リリのねぇちゃん」


「…………」


 ピクリ、わずかだけど確実にリリアンが反応する。


「……えぇ、私が非常に浮かれていてほんの少しだけスキがうまれ、そのほんの少しのスキに偶然とはいえ魔術に頼った不意打ちが何億分の一の確率でたまたま成功してしまいましたね」


 …………あれかな、刺された事は怒ってないけど、なんか負けた扱いは気に入らないのかな?

 やっぱりリリアンは意外と負けず嫌いだ。


「…………いや、うん、そうだな。あんなんじゃ実力は測れないよな、うん」


 なにかを察したヒョウもタジタジ。

 いや、分かるよ。何度も経験してきたから。


「そういえばリリアン、人手あるよ」


「おう、金の為ならなんでもやるぜ」


「ふむ、分かりました、コチラです」


 ないとは分かってるけど、ちょっと不安だ。

 いろいろと、つまらない事を考えちゃう。


「大丈夫ですよ。刺された事は怒ってません、むしろ感謝してるくらいです」


 顔にでてたか、それを読み取るリリアンもさすがだ。


「そしてもうあんな事にはなりません、だからどうか安心して下さい」 


「うん……分かったよ。行ってらっしゃい」


「おーーーい!リリのねぇちゃーーーん!!!」


 少し先に歩いていったヒョウが手を振る。

 まぁ、道分からないよね。


「それでは、行ってきます」


 今日もリリアンの笑顔が素敵だったので、あたしもつまらない事を考えるのはやめにした。

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