第174話 前略、紅茶とちょっとアレと

 唐突だけど、紅茶ってどう入れるんだろう。


「んー……さっぱり分からん」


 生まれてこの方まともに紅茶なんて入れことがない。

 飲むならいつもコンビニでパックのミルクティーを買って、そのまま飲む。

 あたしにとって紅茶とはそうゆう存在なのだ。


「とりあえずお湯は沸かしてるんだけど……」


 ボコボコと沸騰する水……もといお湯。

 お菓子とか飲み物は専門外、なんとなくのイメージでやってみるしかないかぁ。


 まぁでも、そのなんとなくのイメージはある。それがポイントだ。

 つまり、それほど浸透したやり方ってことだ、ならそのイメージを忠実に守れば問題はない……と思う。


「ふんふん、匂いは大丈夫、かな?」


 この家にもともとあったものはちょっと危ない。

 だけど匂いを嗅ぐかぎり普通の匂い。まぁ、多少悪くてもお腹を壊す程度だしね。新品をあけるのも勿体ない。


「四人分だから……これくらい?」


 一人スプーン一杯じゃ少ないイメージ。

 一杯半くらい……?ならその四倍で六杯だね。


「んでお湯」


 茶葉を入れたポットにグツグツのお湯。


「ん」


 を入れようとして気づく。

 たしかこうゆうのは高いところから入れるのが正しかったような。


 ジャンピングだっけ?

 その方が薫り高いいい紅茶になるって聞いたような。


「ジャンピング〜〜」


 床に置き直したポットに、椅子の上から鍋で直接お湯を注ぐ。

 約二メートル。このぐらいの高さがあればとってもジャンピングするはず、器用で良かった。


「よし、なかなかじゃない?」


 紅茶の匂いがしてくる。あとは蒸らすんだっけ、お米と同じく。

 …………ん?お米と同じならちょっと空気にふれさすべき?それともすぐに蓋?


 んーーーー分からない。 

 とりあえず五分このまま五分蓋でいこうか、すぐに持ってくと熱いからね。

 

 合計十分、それくらいがちょうどいいはず。





「お待たせしましたぁ!」


 できるだけ、明るく。じゃないとこの場の雰囲気に押し潰される、すでに胃が痛い。


「ありがとうございます」


「あぁ、セツナ……」


「…………」


 空気、重いなぁ……

 負けるな頑張れ呑まれるな。


「粗茶ですが」


 四人がけのテーブル。

 上座にカガヤとエセ女神、向かってリリアンが座っている。


 すでにカップに注いだ紅茶を一人一人の前に。

 真ん中には砂糖の入った器。ミルクは切らしてる、リリアンが飲み干したから。


「…………む」


 さて、イメージ通り紅茶に自信があると言う、格好だけメイドの口に合うだろうか。

 まぁ、確かにメイドといえば紅茶のイメージ。だけどリリアンにそれができるとは思わない。

 不器用だからね、中の人もそうゆうのが得意な感じはしない。


「…………頑張りましたね」


 なんだその絞り出したような感想は。

 それじゃあまるで、あたしがリリアンの料理を食べた時みたいじゃないか。

 

「遠慮はいらないよ、正直な意見を聞かせてよ」


「正直なですか」


「うん、正直な」


 そうですか、と前置いて。

 自己採点では七十点くらいなんだけど、どうやらこの感じだといいとこ五十点ってとこかな。


「茶葉が死んでますね、完全に。温度も蒸らしも酷いものです。零点、落第です」


 ちょっとはオブラートに包んでよ相棒。

 これでも頑張ったんだよ、零点は言い過ぎだよ相棒。

 就活とかで特技は料理です、で通そうとしてる身にはキツいんだよ相棒。


「いや、うん……!セツナも頑張ってくれたしあまり言い過ぎるのも……」


「そもそもなぜ新品をあけなかったのか。他にも……」


 くどくど、ネチネチ。

 言わせておけばこのやろう。


「リリアンだって……」


「はい?」


「リリアンだって格好だけのクセに!これでも頑張ったんだよぉ!!!」


 言ってやった、言ってやったぞ!

 いつまでも虐げられるだけのあたしじゃない。あたしはNOと言える日本人なのだ。


「なるほど……取っ組み合いの喧嘩がご所望、というわけですね」


「望むところだやってやる!」


 それにアレだ、あたしもいい加減トラウマを払拭する時だと思うんだ。

 不審者直伝の関節技はきっとリリアンにも通じる。いくら内蔵関連がとんでも強度でも、関節は鍛えられまい……!


「あ、あの!」


 ん?

 今まさに命がけの取っ組み合いが始まろうとした時、黙り続けたエセ女神が口を開く。


「私……あの時本当におかしくなってて……」


 あの時?

 この世界のエセ生き物がとんちきなのは、今に始まった事じゃないでしょ。


「ただ異物を壊せって命令で頭が一杯で……!」


 その肩をカガヤが抱く。

 絞り出すように言葉は続く。


「許してもらえるとは思ってないの……だけど本当にごめんなさいっ!!」


 シーーン、と静まり返る。

 あたしとリリアンは一度顔を合わせてから、エセ女神に向かい直す。

 言いたいことは同じで、なに言ってんの?だ。


「うん、分かった。許したよ」


「…………え!?」


 …………ん?いや、こっちが、え?なんだけど。


「はい、許しました」

  

「「なんで……?」」


 なんで、って自分達で謝りに来たんじゃん…… 

 

「コチラに実害はなかったので。ただし、次からは正面から殺しに来てほしいです。返り討ちですが」


 まぁ、そうゆう事だ。

 あまり引きずるのもダサい、そんでつまらない。


「そんでちなみになんだけどさ」


 ズイズイっ、と身体をのりだす。

 もう話しづらい雰囲気もないだろうし、ずっと聞きたいこと……というかやってほしい事があるんだ。


「な、なに?」


「あたしの身体も大きくできる?そうだね……十年くらい」


 だだの好奇心なんだけどね?

 いや、本当に……だだの好奇心なんだけどね?


「え、多分できますけどぉ……」


「なら、やって」


「えぇ……もしかしたら爆発しちゃうかもだけど……いい?」


「いいわけないだろバカタレが」


 どっかの棒持ちと同じ事をいうな、いいわけないんだよバカ。


「こうゆうのは、子供が対象じゃないと上手くいかないんですよぉ……」


 ちくしょう、残念だ。

 残念すぎる、この世に神はいないのかクソ。


 …………いなかった、クソ。


「僕からしたら、セツナはそのままでも十分魅力的だと思うよ」


「ごめん、今そうゆうの求めてない」


 誰にでも、そうゆう言葉が通用すると思うなよ優男。

 気遣いと同情は違うのだ、主に受け取る側によって。


「……あ、そうだ」


 ちょっと思い出す、わだかまりもなくなった。

 なら遠慮もいらない、強請ろうか。


「島買いたいんだけどさ、お金だしてよ」


「「「…………」」」


 んん?なにこの空気。

 静まり返って、まるであたしがアレな人みたいじゃないか。


「え、どしたの?」


「その……ちょっとアレかなって……」


「セツナ……ちょっとアレだよさすがに……」


「セツナ、言い方が少しアレです」


 …………アレらしい。


「どうして急に島を買おうなどと?」


「んー……まぁカクカクシカジカといいますか」


 そういえば話してなかった。

 ヒョウとユキちゃんの事を掻い摘んで説明する。


「で、最初にヒョウと約束してたならその用意があるんだよね?」


 あたしの質問になんともバツの悪そうな顔のエセ女神。


「その……わたし女神だからお金とかに直接干渉しちゃダメっていうか……」


「ん?じゃあどうするつもりだったの?」


 島の権利そのものを譲渡するとか?

 いや、でもそれも干渉してる事になるか。うーーん?


「その……使い終わったらあの子も殺しちゃおう。って考えてて……」


 …………いや、コイツら本当にヤバいな、バグってる。

 あたしよりコイツらの方が三百倍くらいアレでしょ、どいつもこいつも頭が単純におかしい。


「や、やめてくれセツナ!彼女をそんな目で見ないでくれっ!」


「カガヤ……」


 あたしの非難の視線を遮るバカレシと、瞳を潤ませるバカノジョ。

 なんだこの二人だけの空間、正義がアチラにあるような雰囲気。


「砂糖吐きそ……」


「まさか来訪者にはそんな機能もついてるのかい……!」


 今はそうゆうのいいから。


「よし分かった、僕も協力しよう。させてくれ」


「ん、なるほど……なら思ったより早く稼げそうだね」


「……なぜだい?」


「え、だってアイドル業で稼ぐんだよね?」


「「???」」


 二人してハテナマーク。

 カガヤはあたしがなにを言ってるか分からなくて、あたしはなぜ理解できないのかで。


「いやだからさ、なんか容器にサインでもしてそれに水わ入れて高額でうったり、姿がプリントされたグッズを売りまくるんだよね?」


「いや、そんなつもりはないだけど……」


 ないのか。

 まぁ、かなり偏見が入ってる。違うならそれでなんの問題もない。


「あれ、なんでそもそもアイドルなの?」


 エセ女神に質問。

 これだけあたしの世界が混ざった異世界だし、そこまでおかしくないのかも知れないけどさ。


「あなたの世界を見てたらコレだ!ってなって」


「僕が選ばれたのさ」


 まさかの個人の趣味だった。

 なるなよ、異世界人?があたしの世界のアイドル見てコレだ!ってなるなよ。


「…………ん?あれ……じゃあどうするの?一発ドカンと稼ぎたいんだけど」


「あぁ、一発ドカンと稼ぐ方法があるんだ」 


 ふむふむ…………ほう、なるほど……


「…………んー……リリアン、その日ってさ」


「えぇ、ですが夜までに終わらせれば問題なしです」


 よし、ならこれでいくか。

 悪くない、運が巡ってきた。あたしとリリアン、ヒョウとカガヤ。人数も不足はない。


 それに一応、予定にはあったことだしね。




「セツナ」


「ん?」


 カガヤとエセ女神が帰り、随分と静かになってしまった。

 

 あぁ、でもなんでだろう。

 リリアンはなぜだか楽しそうで、まるでここから夜が始まるように、無邪気さすら感じさせる表情で───


「続きをやりましょうか。顔面への攻撃はアリ、眼球への攻撃はなしのルールで」


 ………………ふむ、なるほど。


「ごめんなさい」

 

 ひんやりと冷たくて気持ちいい。

 あたしは床と友達なのだ、ちくしょう。

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