第167話 前略、感謝と大切な話と
「セツナ」
初夏の夜、いつものように屋根の上。
ほんの少し、重量感のようなものを感じる風に吹かれるあたしに声がかかる。
もはや日常となった静かな声が。
……日常になったはずなのになんだがむず痒い、なんでだろ?
「今更だけどさ、そんなに動いて大丈夫?」
「えぇ、呪いは解けました。なんの問題もありません」
「そっか、良かったよ」
時間は本当にギリギリだったし、少し不安だった。
でも本人がこう言ってるし、大事無いのだろう。
「リッカと師匠は起きた?」
「いえ、まだ眠ってます。日頃の疲れが溜まっていたのでしょうか」
んー、やっぱり初めてだとキツイか。
あたしはもとより味覚が若干壊れてるし、たまに食べさせられてるから耐性があるけど。
まぁでも、今回は泡吹くほどやばくはなかった。
むしろ成長を感じて感動したものだ。
「あ、そうだ。しばらくしたら来ると思うよ、エセ女神。なんで狙われたのか聞き出さなくちゃ」
「一応、なぜ狙われたのか。その点については予測がつきます」
んん?あたしにはさっぱりだけど、リリアンは狙われた理由が分かってるの?
そりゃ、恨みは買いまくってるとは言ってたけど。
「おそらくですが、異物だからです。この世界に対しての」
「リリアンが異物……?」
「はい、正確には私の元となった人が」
リリアンの元になった人。
今も中にいるらしい、あたしと同じ世界から来た人。それが異物?
「何年か前に、おかしな言動をした天使を斬りました。その時に言っていたんです。異物を取り除きに来た、と。」
「…………」
奴らの頭がおかしいのは今に始まったことじゃないけど。ちょっと変だな。
第一、その理論だとまず危ないのは……
「それだとあたしも殺されなきゃいけなくない?」
あたしもこの世界の人間じゃない。
それが本当だとしたら、あのバグった天使やら女神の標的にされてしまう。
「はい、遠くない未来にそうなりますね」
「えぇ……」
いや、なってたまるか。返り討ちにしてやる。
でもアイツら結構強いんだよなぁ。今度見つけたら先手必勝、不意打ちしよう。
…………待てよ、リリアンを狙ったのってアイツじゃないだろうな。
多分違うけど、アイツならやりかねない。ここ最近姿を見せないのも怪しい。
「そう心配をしなくてもいいかと、セツナの知り合いの天使とは別人ですよ」
「ん、心配じゃないよ。どうせならちょっと斬られとけっけって思っただけ」
そうですか。
見透かしたように、フッと笑う。うん、コレを見る為に頑張ったといっても過言ではない。
「異世界からの異物。そしてそれが死んだはずなのにまだ意志がある。狙われた理由はそんなところでしょう」
いつものように、なんでもなさそうに理由を述べる。
なんならつまらなそうに、あまり興味がないんだろうな。
「んん?ってことは次はあたしかな?やれやれって感じだよ」
「おそらくそうはならないかと」
んー?
いやいや、なるよ。アイツらバカでバグってるもん。
「なぜなら帰る意志があるからです。異世界の人間であっても、それならアチラもわざわざ狙う必要もないんでしょう」
「そうゆうもんかねぇ」
ビバ帰宅スピリッツ。
異世界も悪くないけど、元の世界を捨てるわけにもいかないからね。
「…………ん?ちょっと待って」
いやいや、ちょっと待て。
なんか会話の流れでスルーしちゃってたけど、なんかおかしくない?
だって、あたしはあたしの意志でここに来たわけじゃない。
「おかしいよ。だって無理やりここに連れてきて異物だから殺す?さすがになにかの間違いだよね?」
そりゃアイツらはおかしい。何度でも言おう、アイツらはおかしい。
だけどさすがにそれは違うだろ。そんなのまるで消耗品かなにかじゃないか。
「使い捨ての道具じゃないんだからさ」
「ですが、おそらく天使からみたあなた達はその認識に近いかと」
……なんか、もやもやする。どす黒いなにかに触れた気分だ。
「セツナを見ていて確信に変わりました。強力なスキル、豊富な特典。それを渡して異世界の技術を伝えさせる」
…………ん、一瞬止まってしまった。
エセ天使達の目的よりも、あたしのコレを強力なスキル扱いされたのがアレだ。
他の人はそうなんだろうけど、あたしのは地味すぎる。
「そしてこの世界に順応できずに死ぬ、そして別の人を呼ぶ。その繰り返しです」
…………なるほどね。
なんとなく納得がいく、あたしもリリアンに会わなかったら死んでるし。
それ以外にも死ぬ可能性はいくらでもあった。
「より良い世界になる為に、か」
大分前にそんな事を言っていた。
あの時はよく分からなかったけど、そうゆう事なのか。
なんとも非効率的で、めちゃくちゃなやり方だ。
だからこの世界はいろいろおかしいんだ。継ぎ接ぎで寄せ集めでごちゃまぜな世界なんだ。
生きやすいけど生きづらい、そんな世界だ。
「なんだかなぁー!」
もやもやを吐き出すよう言って、大の字に寝そべる。
知らなくていいことを知ってしまった気分。
それに連動してドッ、と疲れが出てくる。
今日は朝からクソガキを追い回して、負傷しながら戦ってで散々だ。
なにを知っても、どんな目にあっても。この異世界を嫌う理由にはならないけど、複雑。
「セツナ」
「んーー?」
ぼんやりと見上げる月。
もやもやを吐き出して、ふわふわとした気分のまま呼びかけに応える。
「ありがとうございます」
夕飯の時に聞きそびれた感謝の言葉。
シンプルでストレートに一言。
「ん、どういたしまして」
「実際に生きてみて、自分が思っていたよりも生きたがっている事にも気づけました。重ねてお礼を」
「やめてよね、むず痒いよ」
二度は言いすぎだ。……ん?
「思っていたよりも?」
「はい、思っていたよりも」
……あれ?
なかなか感動的なシーンがあったような気がしたんだけど……?
「正直なところ、死んだら死んだでした。今まで命を奪ってきて、自分が死ぬのは嫌だなんて勝手だと思いませんか?」
「……どうかな分かんないや」
でもそんな悲しいこと言わないでほしい。
だって…………いや、やめとこう。
「だから、勝手することにしました」
急に声が軽くなった気がする。
もうとっくに決まってた予定を伝えるように。
「欲がでてきたんです。こんな状態で死んでいいはずもないんです」
ふむ、なるほど。報われた。
「そう思わせてくれてありがとうございます。これはさっきとは違うので受け取ってくれますよね?」
「…………むず痒いよ」
まぁ、照れる。
そしてまた一つ、埋まる感覚。
「さて、お礼の言葉はここまでとします。今日は大切な話があるんです」
「ん?大切な話とな?」
ここが校舎裏ならロマンチックなシチュエーションだ。
まぁ、こうゆう場合、内容は告白か別れ話なんだけどね。どっちにしろ困る。
いや、今も悪くない。夜景……というにはちょっと高さが足りないけど、街の光と星空。
内容がなんであれ、話を聞くのに不足があるわけじゃない。
それじゃあ聞こうか、大切な話とやらを。
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