第168話 前略、意地悪と質問と
「…………リリアン?」
大切な話だと言ってたのに、リリアンはなかなか喋らない。
…………あれ?これもしかして本当に別れを切り出されるヤツ?愛想尽かされた?
あれか、やっぱり内心はなに手間取ってんだ、とっとと助けろや、とか思われてたりしたのか。
それとも普段、あたしが何気なくやったことで怒りが蓄積していたとか。
しまったなぁ……もしそうだとしたら思い当たる節がありすぎる。
感動的、だけどそれとこれとは別。久しぶりにあなたを殺します、なんてこと言われたら大人しく首を差し出すしかあるまい。
「すみません……後、一分」
「え、あぁ……うん……?」
カチ、カチ、カチ、カチ。時計なんてないはずなのに、一秒一秒を刻む感覚。
リリアンは何度も深呼吸を繰り返し、穴が空いても問題ないという胸に手を当てている。
「一分です」
「うん」
リリアンが指定した時間になる。
「はい」
「うん」
「「…………」」
んーーー?なーにこの時間。
あれ、なんか聞き間違えた?もしかしてあたしが切り出さなきゃいけない感じ?
「えぇ……」
「うん」
「その……」
「うん」
…………可愛いな、うん。なんというか年相応って感じ。
真剣な話をしようとしてる相手にこんな感想を抱くのもアレなんだけど、モジモジとした動きも心なしかほんのり赤く見える頬も非常にグッドだ。
「セツナは……」
「あたしは?」
「その……情緒が少し……おかしい、ですよね?」
「…………」
えぇ……まさかのダメ出しである。
あれあれ?大丈夫?なんか大事なところ聞き流したかな、あたし。
「いやまぁ……はい、そうなんですが……」
なに、やっぱり今から怒られるの?
んー……思い返せば思い返すほど心当たりが……
直近でいえば、小突くとはいえないほどの戦いをした。全力で蹴ったりした、その事を怒られるのか。
「ですが……えぇ……」
本当に、今日のリリアンは歯切れが悪い。
ちょっと心配、可愛いとか言ってられなくなってきた。
「勘違いでなければ、私と……」
「リリアンと?」
ん、しまった。
遮ってしまった気がする。私と、の後が出てこなくて先走った。
こうゆうのは話しやすさを邪魔する、反省だ。
それから何度か、あの……とか、その……を繰り返してついに続きを聞くことができた。
「私といるときはそれが落ち着いて……いるのでは、などと……」
…………なんだ、そんな事か。
良かった良かった、本当に最悪の場合は真っ二つも視野だったしね。
「んーあー、それは……」
それは、まで言いかけて気づく。
もしかして……あたしは試されてたりするのかな。
なるほど……ちょっと考えれば分かることだ、年下の女の子と一緒にいて普段より落ち着いてんじゃねーよ。
つまるところ、リリアンはそう言いたいのでは?
被害妄想?いやいや、普通に通報案件だろ。
しまったなぁ……訴えられたら勝てないぞ。どうにか示談までもっていきたい、あわよくば無罪でお願いしたい。
「すみませんでした。以後気をつけます、距離を取り、あまりジロジロ見るのもやめますのでご慈悲を……!」
誠意。まずはコレを見せなければ始まらない。
土下座、多少斜めでも問題ない。
捕まるわけにはいかないんだ。
だって……ここの警察って知り合いだから……!あ、あとモラル的にも!
「あぁ……いえ、その……タイムです」
どこで学んできたんだ、その手でT作るの。
そそくさとあたしから距離をとる。多分だけど脳内会議が始まった。
聞き耳を立てるか。うん、そうしよう。
「えぇ……えぇ……はい、確かに言いました」
なんの話をしてるかはよく分からないけど、訴えられる心配はなさそう……かな?
言いづらいなら察してあげたいけど、リリアンの言葉しか聞こえないからちょっと難しい。
「いえ、普段は考えてる事というよりは、思った事をそのまま話してるといいますか……はい」
あれ、いつもリリアンって口に出しながら中の人と会話してたっけ?
それに気づかないくらい、今は余裕がなかったりするのかな。
微笑ましい。どうやら女の子が少し困っていても、世界は平和らしい。
「それとこれでは恥ずかしさが違うと言いますか……はい……はい……えぇ、はい……そうですね、頑張ってきます」
お、なにか進展があったみたい。
「セツナ」
「ん」
ここで会ってから通算何度目かの呼びかけ。
別にいくらでも付き合うけど、無理そうならそろそろ切り上げるのも優しさってやつかな。
「まず、私は怒ってません」
「あ、そうなの。良かった」
「そして、深い意味はありません」
「ないんだ」
「えぇ、これっぽっちも。全くの興味本位です、なんの参考にもしません」
大分念入りに前置きされた。
そこまで関係ない話なら、今じゃなくてもよくない?
まぁ、そんな事言うのは野暮ってやつだ。
「まぁうん、言いたいことは分かるよ。なんか落ち着くんだよね、リリアンといるとさ」
単純な疑問か、それとも別の意味があるのかは分からないけどさ。
つまり、なんで?と聞きたいんだろう。
「散々歩いてきて、もうただの友達って仲じゃないんだしさ、大目に見てよ」
ね?……できるだけ可愛くお願いしたんだけど、どうだろう。
まぁ、本当の理由は似てるから、なんだけど。
いや、正確には同じ事をしてくれたから、か。
なんとも女々しい理由だ、というか失礼というやつだ。
でも仕方ない。仕方ないんだよ、あたしなんだから、時浦刹那なんだから。
「えぇ、いくらでも」
良かった、許された。
「答えが分かっている質問をします」
「ん」
「今回、もし対象が私じゃなくても……赤の他人でも同じように助けようとしましたか?」
「うん、助けるよ」
それが一番正しいから。音無椎名に近い行動だから。
多分、今のあたしはそれ抜きでも助けたいと思ってる。だけどそれはこれまでがあっての事だ。
あたしの過去がなくてもそうだとは……言い切れない。
「はい、分かってました。次に……意地悪な質問をします」
「んー?」
「その赤の他人と私、どちらかしか助けられないなら……どうしますか?」
「…………」
本当に、意地悪な質問だ。
その質問は嫌だ、どちらも正解じゃないから。
「一応聞くけど、どっちもってのはダメ?頑張るんだけど」
「ダメです。絶対に、どちらか一方しか助けられません」
強調される絶対。
それがダメなら、そうならないように頑張るもダメだ。
「……ガッカリしない?」
「しません。どちらを選んでも正しくないからです、そしてどちらも正しいからです」
そっか、どっちも正しい。そんな考えもあるのか。
ほんの少し、救われた。
「ならリリアンを助けるよ」
椎名先輩がいなくなってから、しばらくはなにも判断できなかった。
できなかったから優先順位を決めた。いろんなものに。
でも、それだけじゃなにも変わらないことを教わった。
だからやめたのに。結局、選べないならそれだ。変わらない自分に少し、苛立つ。
「そうですか……そうですか……」
「リリアン?」
「こ、コホン」
……わーお、初めて見たぞ、そんなわざとらしい咳払い。
こうゆうのを見てると、やっぱり年下だと思うんだよねぇ。
「えぇ、では最後に、それを踏まえて質問です」
「う、うん」
「私は……私はセツナにとってなんですか?」
また随分、遠回りをした質問だったね。
まぁ、聞きづらいか。分からないでもない。
人形みたい、そう悩んでいた。
なら、今自分がどう思われてるか。身近なあたしに聞きたいんだろう。
しかしあたしの場合はなぁ……
これだけ遠回りして聞きたいことはこれか。
良かった、もっと深刻な問題じゃなくて、答えやすい、答えないけど。
「…………んー」
いや、答えるか。
月は綺麗だし、夜風があったかいし、テキトーな理由をつけて、そんな気分。
明日死ぬかもしれないし、ね。
「その前にさ」
その話の前に、あたしも聞きたいことがある。
それを話す前提に、一つ。
「心ってどんな形?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます