第166話 前略、愛といつもどおりと

「………………んーーー?」


 もしかして、あたしはなにか勘違いしてたのかな?


「どうゆうこったコレ」


 ついさっきまでは。

 ヤバい!時間使いすぎた!カガヤ死んでないだろうな!?って走ってたのに。

 死んでたらマヌケにも程があるぞー!?ってなってたのに。

 やっぱり予感が当たった、もう一戦くらい命がけの戦いがあると思ったんだよ!ってなってたのに。


「「「おおぉーーー!!!」」」


 また上がる歓声。 

 人々の言葉は様々で。やれまた立っただの、やれそれでこそ男だの。

 明らかに決戦という雰囲気ではない。んー、例えるなら……


「演劇でも見てる感じだ」


 そうゆう盛り上がりだ、それかお祭り騒ぎ。

 あっれ、おっかしいなぁ。エセとはいえ女神と悲壮の愛をかけた戦い、そんなのが行われてると思ったのに。


「見ずらいなっ、と!」


 軽くジャンプ、手頃な屋根まで。

 さすがにコレを掻き分けていくのも面倒だしね、さてはて、なにが起きてるやら。


「これは……どっちだ?」


 広場に二人。カガヤとエセ女神。

 戦ってる……とは言えないな、ボッコボコのグッチャグチャだ。カガヤが。


 一方的。エセ女神は傷一つないように見える。

 あれ、腹部の出血からして穴あいてるよね、二、三箇所くらい。死ぬぞバカ。


 つまるところ、あたしの判断ミスか。

 全くもって無能もいいとこだよ、信じると無責任は違うのだ。


「おや、セツナ」


「ん、おじさん」


 今日、というかおそらく異世界最後の戦いに飛び込もうとした時、声がかかる。

 おじさんだ、何やってる人かは知らないけど演劇を見に来てたおじさん。


「なにしてるんだい?あ、これも演劇なのか?」


「んー……違うかな、ただの通りすがり。だけど友達を助けに行こうと思って、あのままだと普通に死ぬから乱入しようかなっと」


「なに?そりゃ困る!」


 困る?あたしも困る。友達に死なれたら目覚めが悪い。


「今はアイツは男のプライドって奴をかけて立ってんだ。誰もそれの邪魔をしちゃいけねぇ」


 男の……プライド?

 なんだそれ、プライドで飯が食えるのか、命が助かるのか。死んだら終わりだろうに。


 そう思う。

 そう思うんだけど、何かが引っかかる。一度耳をすませる、あの二人の言葉が聞きたくて。


「なんで……なんで倒れないのよ!なんで死なないの!?」


「ふふ……簡単な話さ」


「はぁ!?」


「愛、だよ。愛する君の涙が止まるまで、僕は倒れない」


 直後、こふっ!っと吐血。

 おいおい、キザなこと言ってる場合じゃないぞ。吐血ってめちゃくちゃヤバいんじゃないっけ?

 あたしでも口から血を吐いたのは、人生で二回だけだぞ。


「な?アイツはこれで死んでも本望さ」


 なんだろう。

 んなわけねぇだろ、って言いたいのに。言ったらダメな気がする。

 

「なるほどね」


 よく……分かんない。

 分かんないけど、相変わらず分からないけど。


「セツナ、見てかないのか?」


 あたしは身体を逆の方向に向けて歩きだす。

 なるほど、分からないけどこれが愛ってやつか。


 シンプルだ。やっぱり愛はどうしようもなくシンプルで美しい感情だ。

 ただ一つをただ一人に。余計な感情を削ぎ落とし、一人にこれ以上ない一つを、これが愛。

 

 ゴチャゴチャしたのは愛じゃないのだ。


「うん、野暮ってやつだからね」


 曰く、良い女とは粋で去り際をわきまえてるもの。

 あたしが言葉を付け加えるなら、無責任と信じるを分かってる奴。

 今回は信じてみるか、愛とやらを。


 シュタ、っと着地。

 見上げるまでもなく夕暮れ、でも悪くない。


「椎名先輩、あれが愛らしいですよ」


 ほんの少し、近い気がする。

 そんなわけないのに、近くにいる気がする。


「…………」


 胸が、少し、苦しい、痛い。

 

「でもこれが……」


 多分、この感情は愛なんだろう。

 だってただ一人にただ一つだから、そうじゃないなら嘘だ。


 そうじゃないなら、なんだってんだ。

 つまんないこと考えた、苦い。感情に味なんてないけど、苦い。


「ん〜〜〜〜っ!」


 モヤモヤとした感情を振り払うように、身体を伸ばす。

 

 ……あ、傷口が開く感覚、血がまたドロりと流れる。


「…………お風呂、入ってから帰ろ」


 まだ余裕はあるけど、全くの無傷というわけでもない。

 左腕の大きな傷は塞がってるけど、小さな切り傷はそこそこに。


 というか汗と血と泥とか砂で気持ち悪い。洗い流したい、傷にしみるだろうけどとにかく流して着替えたい。

 そういえばいつもこんな感じだ、異世界に行くとしたら持っていくものは?と聞かれたら制汗シートと答えよう。




「ん?…………ん!?いったい!何これ!?」


 銭湯に似た風呂場で、よく響くあたしの声。

 さすがにいきなり湯船に浸かるほど非常識でもない、というか今日は湯船に浸かる気はない。

 まずはシャワーで血と汗を流したかった、ビバシャワー、ありがとうトンチキな異世界。


 だがシャワーがあたしに与えてくれたのは清潔感でも爽快感でもない。

 

 非常に上質な痛みだった。


「わー!セツナまっかっか!」


 女の子があたしをみてはしゃぐ。

 そう、あたしは真っ赤っ赤である。


 多少しみるのはもちろん理解してた。

 だけど違う、痛みの元は左腕の深い切り傷だ。


 ちょっと前まで本当に感謝していた。

 退場ものの傷を一瞬で止血して、戦えるようにしてくれた。これから会いにいく製作者にありがとうを伝えたくてたまらなかった。


「お湯で溶けるなんて聞いてないけど!?」


 痛み強いのは事実だ。

 だけど痛い。痛みのベクトルが違う、痛みに対する覚悟が違う。

 いや、耐えれるんだけどやっぱ痛い!不意打ちすぎるって!


 というか本当に血が一時的に止まってただけで、全く治癒されてない。

 そこそこの時間つけてたんだから、本当の意味で止血してくれてもいいだろうに!


 溢れる溢れる左腕から血液が。

 流れる流れる左腕から血液が。


 結果、周りの人に手伝ってもらいながらシャワーを終える。

 袖のない服に着替えて、急いで止血。

 完璧な状態ではないけど、ここにいるのは恥ずかしすぎた。



「さんっざんな目にあった……」


 今度製作者にあったらボロクソに文句言ってやる。

 クレーマー?いやいや、モニターからの正直な意見です。

 

「…………」


 ふと、不安。

 大丈夫……だよね?


 工房までたどり着き、一度立ち止まる。

 あたし(とおそらくリッカも)がぶち壊したら出口から入る。


「……誰もいない」


 ふつふつと、不安が。

 大丈夫だって分かっているのに、分かってるのに。


 だけどおかしい、音がしない。

 ここには三人いるはずなのに、声も聞こえない。


「やめてよね、縁起でもない!」


 洒落にならないぞ。

 心臓がまた嫌なリズムを刻む、焦る焦る、未だに塞がらない傷口から血が流れるのが分かる。


「ん、ここ」


 キッチン。

 あまりに使われてなかったけど、あたしとリリアンが来てからはそこそこ稼働している場所。


「誰かいる」


 正確には料理をしている。

 音がする、温度を感じる。扉一枚隔てて料理をしていると分かる。

 水蒸気とそれに伴う熱、なんとなくだけど確かに料理をしている。


「入るよ……?」


 それでも不安を完全に消しされない。

 騒ぐ心臓を叱咤しながら扉を開ける、いつもどおりがそこにある事を祈って……!




「おかえりなさい」


 リリアンがいた。本当に、なんでもなさそうに。


「……どうかしましたか?」


 あまりにいつもどおりに。

 そう祈ったのはあたしなんだけど、それでもあまりにいつもどおりに。


 明らかに煮出った何かが入った鍋を素手で持ちながら。

 なんでもない日常のように、リリアンがいた。


「……いや、なんでもないよ。ただいま、リリアン」


 うん、いつもどおりだ。

 いつもどおりなら気負う必要もない、ただいつものように、ただいまと返せばいい。


「えぇ、おかえりなさい……セツナ。お風呂にしますか、食事にしますか?」


「ん……?あぁ、ご飯かな。お風呂は入ってきちゃったよ」


「そうですか」


 んー?なんか……むず痒い。

 ……気の所為か。あ、そうだそうだ。


「リリアン、その前に包帯巻くの手伝ってよ。一人じゃ巻きずらくってさ」


 差し出す左腕。 

 不器用なリリアンだけど、二人で包帯を巻くくらいなら問題はない。


「はい、薬の用意もできてます」


 できる女である。

 あたしが切り傷をつくってくるなんて想定内といったところか。


「ん、ありがとう」


「私が原因でもありますから。セツナ……いえ、お礼は後にしましょう。いつもは止められてますが、料理をしたんです」


 うん、知ってるよ。

 匂いは大丈夫なんだけどなぁ。

 

「突然だね、そんな気分だったの?」


 まぁ、分からなくもない。

 たまに料理したい気分の時はある。なんかストレス発散になったりするよね。


「違います」


「違うの?」


「はい、私がセツナを労いたくて作りました」


 …………おぉ、結構嬉しい。

 アレかな、普段は作る側だからかな。


 いや、違うな。その気持ちが嬉しいのか。


「そっか、ありがと。そんじゃあ食べようかな、お腹空いてたんだよね」


「ではよそいます、量はどうしましょう?」


「じゃあ大盛りで」

  

 よく見れば、スプーンを持ったリッカと師匠が倒れてる気はするけど。まぁ、いい。

 勘違いではなく、本当に後一回命がけの戦いがあった。


 だけど、この心遣いの前では些細な問題だ。


 つまらない事を考える暇があるなら、いつもどおりを噛みしめるとしよう。

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