第165話 前略、弟と妹と

「…………あ」


 威勢よく振り下ろす大剣。

 これまでの成長を示す為、そんな一撃なのに。

 

「……また」


 また、だ。

 あぁ、もう。これだからあたしは。


「またこのオチかよぉーー!!!」


 ズルリ、足が滑る。

 この野郎、いつの間にあたしの足元を凍らせてやがった。

 ちくしょうちくしょう、また締まらないじゃないか……!


 あまりにも間抜けな驚きに力が抜ける。

 身体はバランスを失い、大剣はスッポ抜けて飛んでいく。


「あぁぁぁぁああああーーーーっ!!!ごめんごめんねごめんなさい!!悪いんだけど受け止めてぇぇーー!!!」


「いやさすがに無理だぜ!?」


 バカ!男なら根性みせろよバカ!

 こんなにも軽い女の子なんだから、多少勢いがついててもキッチリガッチリ受け止めてみせろよぉーー!!!


「「ぎゃあぁぁぁぁーーー!!!」」


 二人揃ってもつれるように転がっていく。

 なんとなく西部劇のアレを思い出す。なるほど、こりゃあ人体で再現するものじゃない。


 回転がそろそろ止まる。

 ん?この勢いだと…………あと半回転加えとくか。


「んー……」


 ここで止まる。あたしが馬のりになる形で。

 さてさて、締まらないのもこの体勢になるのも何度か分かりませんが。


「とりあえず、あたしの勝ちってことで」


「勝ち負けとかじゃなかった気がすんだよなぁ……」


 そうだっけ?

 まぁ、なんにせよ。勝ち誇ったピースサインをもう少し、続けようか。





「───っていうわけでよ、その島に捨てられ、育てられたオレはある日幽霊……ユキの宿った刀をうっかり引き抜いちまったわけだ」


「ふぅん、なるほどねぇ」


 少しして、お互いに立てる状態になったのでヒョウの話を聞く。

 生い立ちとか、その住んでた島の話を。


「島の住人……といっても何十人しかいなかったし、同世代の奴もいなかったからよ。セツナのねぇちゃんと話すのは楽しかったぜ」


 なかなか人懐っこく笑うじゃないか。

 あたしは昔から年下の子には優しいのだ、最初からそれで話してくれればいいのに。


「同世代……というには微妙な差だけどね」


 まぁ、五年くらいなのかな?年の差は。

 母親とかにはなれないけど、友達とかアレにならなれる。


「まぁ、それならあたしの事は本当のお姉ちゃんと思ってくれていいよ?」


 本当か本当じゃないかなんて些細な問題だ。ちょうど弟と妹も欲しかったところだ。うん、悪くない。


「オレはどうせならあの白黒のねぇちゃんが良かったなぁ、美人だしよ」


「…………よっし!殺す!」 


 姐弟のスキンシップというやつだ。

 おい、逃げるな。お前の肩も外してやる。


 リリアンは美人だけど、ちょっと贅沢がすぎるあたしの方が多分年上で背も高い。あたしでいいだろ。


「あれ?そんで、ヒョウはあのエセ女神になにを頼んだんだっけ?」


 ヒョウの背中に乗りながら、肩と腕の外側を触りながら思い出した事を聞く。


「セツナのねぇちゃん、案外軽いな」


 お世辞はいらない。

 さらによくよく思い返してみれば、そのせいで戦うハメになった気がする。


「あー…………ま、話すか、何年か前に島が買い取られちまってよ。島民バラバラ、そんないい思い出ないけどオレの故郷みたいなもんだしよ。買い戻したかったんだよ」


 そんでユキの故郷だからな。

 顔は見えないけど、照れ臭そうな声だ。


 ふぅん、なるほどねぇ……さてさてどうしたもんか。

 まぁ、とりあえずは道徳の授業か。


「だからってさ、誰かを殺すなんてダメだよ」


「あぁ、ダメだった。女神のねぇちゃんの言うこときけば、金くらいいくらでもやるって言われてやってきたけどよ。ダメだった、邪魔は入るしそれによ……」


 あのエセ女神め。

 反省してたとしても一発殴っておくか。

 ヒョウの分……あとユキちゃんの分、ついでにリリアンの分で三発。うん、それがいい。


「なんか胸の奥がムシャクシャして気持ち悪りぃ。こんなの抱えてたら島に帰れねぇよ」


 なんだかスッキリした表情で言う。

 さっきといい今といい、これが本当の笑顔なんだろう。


「よし、任せとけ」


「は?」


「だーかーらー、任せとけって言ったんだよ。島を買い戻すんでしょ?」


 ならその笑顔を守るのはあたしの仕事だ。

 椎名先輩から引き継いだ大事な仕事。あたしは誰かに夢を見させる大人になりたいのだ。


「任せとけって……セツナのねぇちゃんって金持ちなのか?」


「いや?プーだよプー、無一文に近い。でも任せとけ、そろそろ一発大金を稼ごうと思ってたんだよ」


 実質ヒモみたいな異世界ライフを送ってきましたが、そろそろお金が必要なのも本当だ。

 具体的には、帰る前にリリアンからもらってきたものを返したいのだ。食べ物とか飲み物とか、あと石鹸とか石鹸とか……石鹸とか?


「近い内になんとかするよ、約束」


 できない約束に意味はあるのかな、分からない。

 でもこれはできる……いや、絶対の約束だ。問題はない。


「セツナのねぇちゃん」


「ん?」


「オレさ、やっぱりセツナのねぇちゃんはちょっとおかしいと思う」


 んー……多分、生きてた世界が違うからだよ。


「でもよやっぱオレ、セツナのねぇちゃん結構好きだし、信じる事にする」


「ん、任せときな。あ、協力はしてね?」


「おう、もちろんだ。そんでこっからは誰かを守るために刀を振るうことにするぜ」


「お、良い事だね。正義の味方ってやつだ、今度こそ約束」


「セツナのねぇちゃんが戦わなくてもいいぐらい、強くなる。これ以上壊れねぇように、頑張るぜ」


 だから、壊れてないっての。

 まぁ、いいや。とりあえず応えておくか。


「十年早いんだよ」


 ポンっと頭を叩いて、カガヤの所に向かうことにした。

 子供に心配されるなんて、あたしもまだまだだね。




『……ねぇ』


「んん!?」


 少し、ほんの少し走って角を曲がった時。

 生えてきた、足元から女の子が。もといユキちゃんが。


「あのさ、普通に怖いからその声のかけ方はやめてね……?」


『……ごめんなさい』


 ペコリと、お行儀よく頭を下げる。

 ……ホントに足がない。え、どうしよ普通に怖い。やっぱ恐怖心あるじゃん、あたし。


『……あの時』


 あたしの恐怖など知らん顔で話が続く。


『……あの時、足が滑らなかったら振り下ろしてた?』


 ……あの時?

 あぁ、あの滅十字(セツナver)の時か。

 

 んー……あらためて聞かれると微妙だ。

 振り下ろしてたような……そんな気がなかったような……


「分かんない」


『……そう』


 分からない、できるだけ正直に答えた。

 

 あたしは多分……いや、振り下ろせる。

 いつから。というか最初から、あたしは自分の大事なものの為に人を殺せる。

 

 誰かを殺すなんてダメ。当たり前の事で、さっきもそう言った。

 あたしがどう思ってるかは別として、そう言った。


 誰かのせいにする気はないけど、最初に失った時からそうなった。

 そして異世界に来てからその気持ちが強くなった気がする。あまり褒められた事じゃないから口には出さないけど。


「まぁ、それはそれとしてさ。あたしはそんな事したくないよ、任せとけって言ったし。なにより友達だからね」


 これももちろん本心だ。

 相変わらず中途半端、でもこれがあたしだ。


『……そっか、じゃあ信じる』


 ふわふわと、浮きながら薄くなっていくユキちゃん。

 だから怖いって、昼の……いや、もう夕方か。


 夕方の幽霊……うん、いそう。普通に。


『……セツナ、お姉ちゃん』


「っ!」


 その時、まるで雷にでもうたれたかのような衝撃が。

 マズイ、揺らぐな落ち着け。あたしにはノノちゃんという心の妹が……!

 

 …………そろそろ永久に怒られそうだな。

 やめとこう、怒ると怖い……ってかうるさいし。


 血の繋がった方の妹の姿が脳裏に浮かぶ。

 それを振り払いながら、騒がしい広場に向かって走り出した。

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