第162話 前略、障害物と分身と
「セツナドライブっ!」
もう感覚は掴んでる───飛ぶっ!
「があっ!っ!」
鍔迫り合い……というのか。
刀と剣がぶつかり、押し合う形になる。
有利、単純にこのまま押し切る。
簡単な話だ、あたしの方が身体が大きく手足も長い。
「っ!重いなぁ!」
ん、ちょっとだけムッとしてしまう。
人より軽いのは悩みだけど、重いと言われるのもちょっとアレだ。
自分で言うのはいいけど、人に言われるのは恥ずかしい。
そんな乙女の気持ちがまだ子供には分からない。
「大きくなったら?」
「だからあんな大魔術、オレの力でできるかよ。未来の姿を借りるんだぜ?」
…………ちょっと残念。
本当に、本当に本当に本当に、ちょっとだけ興味があった。
十年ぐらい先の姿なら、あたしももう少し……いや、なんでもない。
「っと!ユキ!柱だ!」
『……分かった』
柱?
このまま押し切るつもりだったんだけど、おかしな単語に少し迷う。
「ん、ん!?」
刀を起点に冷気を感じる。嫌な予感が……
「っ!マズイ!」
咄嗟に判断する。
剣を引け!引かないと凍る!
ダメだ、手遅れ。
あと少し、コンマの世界で遅れが生じた。
氷の柱。
あたしの刀身の三分の一ほどを飲み込みながら、それは発生していた。
なかなかに芸術的だ、だけど……見惚れるのは後にするよ。
「剣がないなら……ないで戦えるんだよっ!」
すぐさま手を離す。潜り込むように攻撃を躱し、踏み込む。
「げっ……だけどセツナのねぇちゃんの蹴りは知ってるぜ!」
刀からじゃなければ、強力な冷気は出せないのか。
作り出した氷は盾と呼ぶには頼りない。
あたしの蹴りを知ってる……?
いやいや、舐めてもらっても困るよ。
「今度は──手加減なしだっ!」
知ってるのは演劇の時見せたものだけだろう。
悪いけど、本気で打つならちょっと違う。
左足を踏み込む。
位置はヒョウの身体、その真横くらいに深く、深く踏み込む。
やや沈めた身体、捻り上げるように蹴る。
練り上げた力。纏え吹け弾けろ、風。
「うっそだろぉぉおおお!!!」
ギャグ漫画……ってほどでもないか。
だけど、悪くない。ポムポムのアレと同じとは言えないけどなかなかの威力だ。
「あっ……騒ぎになっちゃうかも」
それは……良くない。
この一撃で決着にしても、人が集まるのは良くない。
「……その心配ならねぇよ」
……やっぱり異世界人、タフだな。
本気で蹴り飛ばした、もうギブアップでもいいと思う。
「人避けの結界は張ってあるし、街が騒がしいしな」
「ふぅん?」
耳をすます。
リリアンほどなんでも聞こえるわけじゃないけど。風を伝って音を聞き分けれるようになった。
……大きな集まりが一つある。
ふむふむ…………ん、カガヤはあのエセ女神に追いついたみたいだね。あと人だかり。
なにか言い争ってる、内容までは分からない。
ほとんどの人はソッチに集まってるのか。
そりゃ、人は避けの結界とやらと相まってここが気づかれないわけだ。
「降参?」
「いやいや、そうゆうわけにはいかねぇだろ」
「んん?なんで?」
分からないな。
あれ?これあたしがおかしいの?
「いや、無理する事なくない?…………あ、そっか」
いやはや、間抜けだなあたし。
大事な事を忘れてた。確かにそうだね、あたしもなかなか言葉足らずだ。
「なんか悩みがあるなら手伝うよ、リリアンとか他の人に手出ししないならね」
ヒョウもユキちゃんも、何かしらがあった。
何かしらであのエセ女神を手伝った。ならそれを変わりになんとかしてやればいい。
「あのエセ女神に殺しの報酬をもらうよりさ、あたしが手伝うよ。そっちの方が良くない?」
「……そりゃそうだけどよ」
なんでだろ。こんな簡単な話なのに、素直に首を縦に振ってくれない。
「だけどセツナのねぇちゃんになんとかできるか分かんねぇ、それによ──」
まただ、また悲しそうな……いや、可哀想?
「セツナのねぇちゃん、多分戦っちゃいけねぇよ……だってよ、さっき斬りかかってきたやつにそんな提案しねぇよ、急に怖くなるし、急に容赦なくなるし、痛いも怖いも忘れちまってるなんて……おかしいだろ……!」
「……最初からそうゆう人間なんだよ」
まぁ、正確にはそうゆう人間を目指したんだ。
だからあたしは平常運転。何度も言うけど、痛いも怖いもあるからね?
しかしまいったなぁ、勘違いさせてシリアスに入ってしまった。
こんなの、個人的にはギャグシナリオの延長線なんだけどな。
まぁ、あれだ。
あたしも子供だけど、もっと子供には分からない事もある。些細なすれ違い、ボタンの掛け違い。
今はそれでいい。そんなの後で訂正すればいいだけの事。
「オレは間違ってるけど、まだできる事もある」
悪くない。一端の主人公じゃないか。なら相手になろう、立ち塞がろう。
埋もれた剣を発掘し、構え直す。
勘違いでも誤解でも思い違いでも曲解でも誤認でも。
満足いくまで付き合うよ。多分、友達だしね。
「ユキ、柱だ。セツナねぇちゃん止めるぞ」
『……うん』
「そうゆうの、あたしに聞こえちゃ意味なくない?」
心の声とかで通じ合えないのかな。
結構、命取りだと思うんだけど……。
「あぁでも、厄介」
なるほど、助走を止められる以外も進路に障害物を置かれるのもなかなか辛い。それに……
「かったいなぁ!」
硬い。そういえば前も柱を作ってた、得意なのかな?
なんにせよ、硬い。一撃では壊せない、二、三回振る必要があり。
「そんで足を止めたらあたしが凍る」
「そうゆうこった!」
さてさて……障害物でセツナドライブを封じ。その上、足止め妨害で動きづらい。
「やっぱ力自体はそんなにないみたいだな」
「ん?あぁ、そうだね」
そうだね。面倒だ、厄介だ、立ち止まりそうだ。
「だけどいい加減、こんな事で苦戦もできないからさ」
壊せないなら壊さなければいい。
もっとスマートで、もっとクレバーでスタイリッシュなやり方がある。
「押し通るっ!」
「できねぇよ!」
いや、できる。その為の剣だ。
威力より、速さと正確性。
大事なのは身体よりも精神だ。
「───なっ」
一閃。
さあ、あたしの心を映してくれ。
あたしのやりたい事を実現させてくれ。
「なんっ……で!」
さすが、あたしの分身。そんで相棒。
「なんで斬れてんだよ!?」
「そりゃ斬れるでしょ、剣なんだから」
氷の柱を切り裂き、頬に浅い傷をつける。
ほんの一瞬、透明の刃が赤く染まる。振り抜く頃には血を払い、また元の姿に戻っていた。
「なまくらじゃねぇのかよ、それ」
「いや、なまくらだよ。普段はね」
あんまり好きな呼ばれ方じゃないなぁ。まぁ、斬れないのは事実なんだけども。
指差された相棒を軽く振る。そして氷の柱に叩きつける。
飛沫のように破片が飛ぶ。
あんまり力を込めてないし、軽く削れたにすぎない。
「これはね、あたしの斬りたいものだけを斬ってくれるんだよ」
もう一度、今度は確かに念じる。
斬る。あたしの道を塞ぐものを。
氷の柱は両断され、音を立てて落ちる。
「あたしの道を塞ぐなら、それを斬り伏せてでも前に進む。そんな覚悟……みたいな?」
実際はそんな大それたもんじゃないけど。
右手の剣に目を落とす。見た目はまるで変わらないけど、今は斬れる状態だ。
「目視しづらい上に、斬れる斬れないがあんのかよ……面倒な武器だぜ」
あぁ、確かに。
敵に回すと面倒くさい。でも勘弁してよね。
「どこまでいってもコレはあたしの分身なんだよ、曖昧で分かりづらい。でもコレなら胸を張って言える」
ここに来て、人にあって決まったもう一つの覚悟とやら。
「これはあたしがあたしのまま……中途半端なままでも前に進むっていう覚悟の形なんだよ」
少なくとも、あたしはそう解釈した。
あたしからは師匠になにも伝えてないのに、何だったら忘れてたのに。
この形になったのは意味がある。
なんにでもなれる鉱石がこうなったのは意味がある。
きっとある、あるはずなんだ。
あたしの心を映したなら意味を持て。
「いくよ」
「いかせねぇ」
柱?……違う、壁だ。
んー、密度が違う厚みが違う。片手剣じゃ足りないな、長さが。
「そんじゃあ久しぶりに、いきますかぁー!」
服とか装飾だけじゃなくて、本来のあたしのスキルの姿を見せよう。
「だからさっきから……何なんだよセツナのねぇちゃんよぉ!」
そっちがお膳立てとばかりに壁やら柱やらを用意するのが悪い。
まぁ、もう壁も柱もないわけだけど。
「やっと主人公らしくなってきた」
あたしの手には片手では余る大きさの剣が。
細身で大振り。両手で振り回し、突き刺す。そんな目的をもった。
これまた芸術じみた剣が、両手でしっかりと握られていた。
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