第161話 前略、痛みと壊れてると

 一際大きな音が響いた。


「……折れないか」


 強く踏み込み、切り上げるように剣を振る。

 それに刀で防がれ、弾かれる。


「っ!」


 すぐさま放たれる突き。

 頬に刃が沿う感覚、少し切れた。


「ん……」


 大きく後ろに跳んで距離を取る。

 擦り傷を伴ったものではなく、純粋な切り傷は久しぶりかも。


 やれやれって感じ、こちとら嫁入り前の女の子ですよ?

 頬を伝う血の感覚はここが戦場だと再確認させてくれる。


「やめる気になったか?セツナのねぇちゃん」


「ん?いや、まだちょっと寝ぼけててね、いい眠気覚ましになるよ」


 手の甲で血を拭う。だけど血は止まらず、数秒で溢れてくるのが分かる。

 次に口の中で内側から傷口をなぞってみる。より強く血の……鉄分の味が広がり、それなりの痛みが走る。

 傷口が膨れ、舌が外気に触れるのを感じ、傷の一部が貫通しているのが分かる。


 まぁいい、どうでも。ここなら時間をかければ傷なんて消せる。


「もうちょい慣らすか、いろいろね」


 調子はいい。剣とブーツ、そのどちらもよく馴染んでる。でもあとちょっと慣らしたい。

 

 刀って今は武器よりも、観賞用としての面が強いって聞いてたんだけどな。

 さすが異世界、簡単に折れてくれなかった。切れ味も素晴らしいの一言。


「まだ悩んでるの?」

  

 すごくやりづらそうな顔をしてる。

 リリアンの言葉を借りるなら、甘い、甘っちょろい。


「やりずらいんだよ、恐怖心が麻痺してる友達が相手なんだぜ?」


「別に麻痺してるわけじゃないよ。怖いっちゃ怖いし」


「聞いた話だと、普通の来訪者は少し斬られりゃ逃げ出すらしいぜ」


 それは……個人差じゃない?

 あたしは逃げ出せない理由があるだけだ。


『……狂人になにを言っても無駄。それこそ腕でも落とさないと怖いって思い出さない』


 冷ややかな声。

 そうそう、氷属性ってこんなイメージ。


「…………分かったよ」


 答えて構え直す。

 まだアチラから斬りかかる気はないらしい。


「んー……一応言っとくと、次が最後だよ」


「最後?」


「うん、次であたしの腕なり首なりを落とせなきゃあたしが勝つ」


 次で慣らしは終わりだ。

 正直、この戦いをそんなに長引かせる気はないしね。


「あー、もう。だからなんだってそんな冷静っつーか…………セツナのねぇちゃん、壊れてんな」


「??」


 よく分からない。

 あたしが壊れてるんじゃなくて、ヒョウが甘……優しいんじゃない?多分。


「よし、来いや!」


 ようやくその気になったか、なら行こうか。


「セツナドライブ」


 世界が加速する感覚。

 

「んん」


 二歩目が合わない。

 やっぱり前よりも方向の自由がきく、不十分な加速のまま飛び込む。


「と……おらっ!」


「!っー!」


 斬り込む。

 的が小さいな、多少横に動かれただけで躱される。

 コッチも返す刀を受け流す。反撃を……


 いや、罠だな。このスキは。


「っと、セイッ!」


 受け流しに対して、ぐらつくヒョウの身体。

 だけど片方の足の軸はしっかりとしている。斬り込んでてら本当に腕が切り落とされていた。


「……しっ!」


 だからといって殴打に切り替えたのは悪手だった。

 ちょっと間に合わない、リッカ並の回転率があれば別だろうけど。


「やっぱただ速いだけか。もしかしたら瞬間移動かもって、警戒して損したぜ」


 瞬間移動……?

 んー……あれかな、最初のセツナドライブがそう見えたのかな。なるほど、そんな考えもあるのか。


「ちったあ目ぇ覚めたかよ?」


 ん……あぁ、やっぱり。


「…………ちょっと痛いかも」


「ちょっとかよ」


 腕を引くように避けた方が良かったかな? 

 切り返しに対して、腕を遠ざけるようにして回避を試みた。


 結果、左腕にそこそこ深い傷を負うことになった。

 上腕部、ちょうど脇と肘の可動部の間らへん。でも引いたら引いたで手首を斬られても良くない。

 

 ボタボタと、一分も立ち止まれば血溜まりができる勢いで出血が続く。

 ……マズいね。痛みはなんでもないけど出血はよくない。動けなくなる、物理的に。

 

「止血止血……っと」


 ノノちゃん印の薬草はとっくに使いきってる。

 だけど師匠からもらっておいたこれがある。


 ポーチから水色と青の中間ぐらいの色の、ブニブニとした球体を取り出す。

 そしてソレを傷に当て、強く押し付ける。

 ソレはドロリ、と溶け出して患部を覆いかさぶたのような役割を果たす。


 痛みは全く引かないけど、これ以上出血する事もない。

 動けば動くほど持続時間は短くなるらしいけど、その間出血しないなら問題ない。


 回復の魔術を持たない人の強い味方。

 ルキナさん作の物らしい。会ったときにお礼を言うとしよう。


「怖いって、思い出したかよ」


 ……いや、だから普通に怖いって。多分。


「やれやれだよ、ちょっとウジウジしすぎというかさ」


「オレだってそう思うよ。でもよセツナのねぇちゃん、ちょっとおかしいぜ」


「え゛、どこが?」


 あまりに聞き捨てならなら言葉に声が濁る。

 おかしいぜは心外だ。いや、よく言われてはきたけど。

 今はそんな要素ないはずなのに。


「さすがに恐怖心がなさすぎるっつーかよ。刀相手に突っ込んでくるし、斬られても目ぇ閉じねぇし、斬られても動じなすぎんだろ。もうちょい痛がれよ」


 あぁ、なんだそのことか。

 いやいや、もっと変なところ指摘されるのかと思ったよ。自分の間違いって気付けないらしいしね?


「ヒョウが刺したリリアンって娘はすっごく強くてね。ココ最近は少なくなったけど、いっつも特訓と称してしばかれてるんだよ。それに比べたら刃物はあんまり怖くない」


 単純に、リリアンの方が何倍も怖い。

 あと目を閉じないのは、閉じてたら躱せるものも躱せないから。反撃もできないから。


「そんで単純に痛くない」


「はぁ?」


「だから、痛くないんだよ。コレ」


 ブニブニが覆ってる傷を突く。

 いや、痛みはあるんだけどね。もちろん頬も。


 だけど、わざわざ声を上げるほどのものじゃない。

 歯を食いしばって耐えるものでも、うめき声を抑えられないものでもない。

 立ち止まる理由になりやしない。


「最近気づいたんだけど、どうやらあたしは痛みに強いみたいでさ。あんまり痛くないんだよ、基本なにされても」


 本当に最近気づいた。

 ここに来た頃は普通に痛がってた気がするんだけど、今は痛みで動けないって事はほとんどない。

 身体の方が疲れて動けなかったり、出血多量とかだったら別だろうけど。


「まぁ、これも成長かな。心の痛みの方が強い……みたいな?」


 そう、多分心の痛みの方が痛い。

 大事な人を失う方がずっと痛いと、あたしは知ったのだろう。


「…………んなわけねぇだろ」


「ん?」


「んなわけねぇんだよ、セツナのねぇちゃん」


 ……まぁ、人それぞれか。

 成長って自分にしかわかんないもんね。


「やるぞ、ユキ。セツナのねぇちゃんをこれ以上戦わせちゃいけねぇ」


『……うん』


 やれやれだよ、勝手な話だ。

 あたしの大事な人や友達を殺そうとしたのに、勝手な解釈であたしを助けようとしてるのかな。


 まぁ、仕方ない。

 歳は知らないけど、子供だもんね。分からない事だらけだろう。


「最後に一つ、刀相手に突っ込んでくる。これはね……」


 ようやく戦う気になったヒョウとユキちゃんに一言。忠告だ。


「慣らしは終わり。そんであたしの方が速いからだよ」

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