第160話 前略、お喋りと合図と

「───」


 思わず言葉を忘れる。

 それほどに、それほどまでにあたしの新しい相棒は美しかった。


「これは……これは……」


 ようやく出たのもまるで意味のない言葉。

 この芸術をすぐさま言葉にできるほど、あたしは言葉を知らない。


「……すげぇなソレ」


 遠目に見てもそう思うのか、ならばやっぱりそうゆうことなんだろう。

 お互いに、黒い鞘から抜かれたソレから目が離せない。


 やや長い柄、無駄な装飾のない鍔。

 刀身まで黒くなくて良かった……いや、良くないかも幻想的に見えてしまってやっぱり言葉が見つからない。

 

 元となった最初の剣より少し長い……かな?

 まだ振ってなくても、使い勝手のよさは感じる。

 

 刀身は白……から始まり鋒に向かって色が薄く──透明になっていく。

 刃自体が薄いのではなく、透き通るような加工がされてるんだろう。


 でも完全に透明ってわけでもない。普通に見える。

 おそらくヒョウからも見えてる。白と呼ぶには薄いので、やっぱり透明という表現が適切だろう。

 

 透明。それは頼りなさを感じさせるはずなのに、この剣が折れるイメージがどうたって湧かない。

 理由は分かる。この剣があたしの心を写した分身だからだ。


 そして血を分けた兄弟のようで無二の親友のようで。

 あたしが折れなければ、これもまた折れない。確信がある。


「あ?演劇見てて思ったけどよ、そういやセツナのねぇちゃんは結局どっちなんだ?」


「ん?どっちってどうゆうこと?」


「だーかーら、剣が本職なのかって事だよ」


 そうゆう事か、確かに素手だった時期長かったしね。


「一応、コッチかな。久しぶりだけど剣士が本職だよ、多分ね」


 本職というかなんというか、普通に考えて武器を使ったほうが強いに決まってる。…………決まってるよね?

 ぼんやりと脳裏に浮かぶ友達の姿。武器を投げ捨ててからの方が強い奴なんてそうはいない。


 …………ん?いや、本職は学生だった。

 随分と異世界に毒されている。


「はー、なるほどなぁ……前に刀ぶん投げた時も、対応してたしそりゃそうかぁ」


「やっぱりわざとか、その分もしばいとくか」


「勘弁してくれよ、その話は終わっただろ?あー……あとなぁ……」


 …………随分と、喋るな。

 あれかな、不意打ち狙いでスキを探してるとか?


「どしたよ、セツナのねぇちゃん」


「ん?いやね、よく喋るなって思ってさ。わりと問答無用が常だったからさ」


「おぉ、お喋りは好きだからな」


「氷属性ならもう少しクールに振る舞ってほしいね、イメージ的にさ」


「氷属性なのはオレじゃなくてユキだからなぁ……。なぁ、セツナのねぇちゃん」


「ん?」


「やっぱやめねーか?」


「……は?」


 こんだけお膳立てがすんでるのになにを今更。

 いや、別にいいんだけどさ。でもあたし達がここで戦わないということはさ。


「殺すのはカガヤのにいちゃんにするからさ、ここで解散にしよーぜ」


「んー……もしかしてだけどさ、それであたしが『うん』って言うと思ってる?」


「言ってほしいんだよ。だってオレ達さ──」


 友達だろ?って。悲しそうに言う。

 本当に……悲しそうに。顔も声も嘘じゃない。


「…………そうだね、友達だ」 


 まだ分からないけど、相手にそう言われたらそうなんだろう。

 そうだったら世界ってのは少し、生きやすい。


「だから……だったらなおさらダメだ。誰も殺させないよ、もちろんあたしのこともね」


 ちょっとだけ、思い出す。

 間違えた友達を、ほとんどなにもできなかったあたしを。


「セツナのねぇちゃん、別の世界から来たんだろ?聞いたよ。んでその世界では剣を持ったことも、戦った事もねぇってさ」


 それがなんだ。

 なんだかんだ半年くらいいるこの異世界で、何度も死にかけた。そんなもの今更だ。


「怖い思いすることねぇって。今回の事が終わったらもう白黒のねぇちゃんにも手をださないからさ、少なくともオレは」


 覚悟ってよりは責任だと思う。

 ヒョウの顔を見て、言葉を聞いて、師匠との会話が思い出された。


 覚悟がどうこうって言ってた。

 でも本当の武器を持つなら、必要なのは責任だ。覚悟なんてものは後からでいい。 


「そうゆうわけにはいかないんだよね、やっぱりさ」


 でも、覚悟も決めた。

 多分、ここに来たからこそ決まった覚悟を。


 カツカツカツ、トントントン。

 踵を三度、つま先を三度鳴らす。十分に溜まってる、いつでもいける──いつでも飛べる。


「その剣だってやっぱりなまくらじゃねぇか。斬れない剣でも、戦ったら手加減できねぇよ」


「なまくらかどうかは、試してみなよ」


 見た目は美しい。だけど相変わらず刃のない剣。

 でも……いや、それは後でいいや。


「だからぁ!『もうやめよう、ヒョウ君』


 どこからかあの女の子の……ユキ……ちゃん?の声が聞こえる。

 姿はどこにも見えない、なら刀から聞こえているんだろう。


『あの人、もう恐怖心が麻痺してるんだと思う。だから……なにを言っても無駄だよ』


「……ちっ」


 んー……別に、怖いよ?

 普通に刃物は怖いし、死ぬのも怖いと思う。


 だけど今、そんな事より大事な事がある。

 今も昔も、ここに来た時から───


「そんな事より……そんな事よりもあたしがあたしじゃなくなる方が何倍も怖いんだよ」


 相変わらず、本当に相変わらず面倒くさい性分だ。

 でも仕方ない、どうにもならないんだよ。


 時浦刹那はやっぱりそうゆう生き物なんだから。

 ここで逃げないのが、時浦刹那だから。

 

「……死ぬぜ?」


「だからなんだ、いい加減かかってきなよ」


 大丈夫、物理的な死がなんだってんだ。

 この心に正直じゃなければ、死んだのと一緒だ。

 そうゆう意味なら、死はなによりも怖い。


「とりあえず落とすぜ、腕一本」


「大丈夫、あたしは死なない。そんなで誰かを殺せるわけもない───だから遠慮なく、全力でこい」


 足元の薄氷に亀裂が入る、それを合図に走り出した。

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