第159話 前略、苛烈と愛と

「……えっと、知り合い?」


「あぁ、大事な人だ」


 随分とキッパリ言い切るもんだ。

 んーん、この優男にも大事な人がいたか。当たり前か、人間そうゆうもんだし。


「ん」


 なるほどなるほど、つまり……そうゆう事だね?

 

「彼女?」


「違います!」


 否定の言葉は向こうから。


 なんだ、違うのか。

 急に年下好きに目覚めて、カガヤから乗り換えたものかと。

 いやー、業が深いといいますか、なんといいますか。


「あぁ、今は違う」


「今は、ねぇ……」


 つまりフラれたから今は違う。

 個人的な好みとしては、いつか恋人をつくるならぜひとも年上の人に頼みたいものだけど。


 まぁ、なんにせよ。


「だからって許す気はないけどね」


 まぁ、だからなんだという話だ。

 そんな事、リリアンを狙う理由にはなってない。理由が別にあっても、正直なところ聞く気はない。


 …………大分性格悪いな、あたし。

 知り合いじゃなければ、少し戦いやすいと思ってる。

 いや、少しじゃないか。非情ってのにもなれそうなくらいに落ち着いてる。


「そもそも女神の私と人間のあなたが付き合うわけないでしょー!?」


「いや、どんな前提があろうとも、君は僕を見つけてくれた」


 ……なんだこれ。

 冷えきった感情が引いていき、この安っぽいメロドラマに対する呆れにも似た微妙な感情が湧いてくる。

 

「もう一度、君に惚れられる男になりにきたんだ」


 今度は微妙な感情が引いていく。

 今は悪くない気分。自分の感情を恥ずかしげもなく言い放つ友達の姿は悪くない、格好いい。


「〜〜〜〜っ!おい!氷の剣士!契約変更よ!」


「あ?」


「殺しなさい!あの男を!」


 随分と勝手な奴だ、リリアンを殺せなかったから標的を変えるなんて。

 アレだな、やっぱりこの世界の天使とか女神はバグってるんだろう。この世界と同じでさ。


 だって繋がりがない。

 二人にはほとんど接点すらない。つまりあのエセ女神は個人的な感情で動いてる。

 そんで、おそらくそれを正しく言葉にできないんだろう。だから理由も話せない。


「もう名前で呼んではくれないのかい……いや、今からだろう」


 立ち直るのが早い。

 見ていて気持ちが良い、その気概があるなら最初から飾らなくていいものを。


「そりゃ構わねぇけどよ、ローブの……女神のねぇちゃん。二人同時は無理だぜ?セツナのねぇちゃんも突っ立ってるだけじゃねーし」


「ならどちらかでも殺しなさいっ!」


「なんか魔術とかかけてくんねーの?」


「もうないわよっ!そんなの!」


 吐き捨てて、逃げ出す。

 それは卑怯だと思う。だってまだあたしの友達の想いに答えてないのに。


 やれやれだよ、どうやらやる事は決まったみたいだ。

 あの表情を見たら決まったみたいだ。


「…………セツナ、すまないが頼みがあるんだ」


「みなまで言わないでいいよ、分かってるから」


 あたしの仕事は足止めだ。

 いや、足止めではないか。実行犯はアイツだし、軽くしばくのは最初から決まってた事だ。


「正直、僕が彼女を追っていいのか迷うところもある。本当に彼女の幸せを願うなら……」


「ばーーか」


 台詞を遮り、ハッキリ告げる。そんな事を気にするのはバカのやる事だと。

 カガヤはきょとんとした顔であたしの言葉を待っている。


「くだらない事、気にしないでよね。もし今ここで立ち止まったら、明日世界が終わると後悔しない?」


 個人の世界なんて、多分簡単に終わる。

 いつだって空は落ちてきそうで、足元の薄氷は割れる寸前。

 

 世界なんて、幸せなんて、当たり前なんて。いつだってどこだって、簡単になくなる。

 大事な人は突然にいなくなってしまうもんだ。


「今すぐ追わなきゃあたしがぶん殴る。安心しなよ、頑張ればなんとでもなるよ。何事もね」


「ははっ、君はなかなか苛烈だね」


 苛烈……?あたしが?

 初めて言われた、そんな強い表現をされるほどなにかしただろうか?


「ま、後は個人的なアレでさ」


 正直、気に入らない。

 卑怯者も、あたしの友達や大事な人を傷つける奴は嫌いだ。

 

 本当の本当は殺してやりたいよ。

 でもそうはいかない。その感情よりも優先しなくちゃいけないものがある。


「泣いてる女の子、一人にすんなってことだよ。まぁ、フラれたら慰めてあげるから行ってきな。あと後日ちゃん説明をしにくるよーに」


 泣く権利がない、とは言わない。

 最近知ったけど、それは個人の自由らしい。


「あぁ……!ありがとう、ありがとう。君は天使のようだ」


「ん?天使とな?」


「うん、僕を女神の元まで届けてくれる天使のようだ」


 んー……悪くない。

 実際どうよ?って話だ。知り合いのエセ天使よりも、あたしの方が向いてる気がする。


 いやまぁ、アイツに比べたら大体の人が当てはまると思うけどね。


「悪くないね。よし、これからは苛烈なる天使とでも呼んでくれ」


「あぁ!麗しく苛烈なる天使様!感謝します」


「…………ごめん、やっぱ死ぬほど恥ずかしいからやめて」


「そうかい?」


 あたしは苦虫を噛み潰し、カガヤは笑う。


「んじゃ、行ってきな。曰く女の子を待たせるのは極刑らしいよ?」


「あぁ、コッチは任せた」


「まぁ、さっさと片付けてそっちに行ってあげるよ」


 一応、エセでもバグってても女神は女神だ。

 応援は必要だろう。


「行ってくるよ、愛の為に」


 ……最後までキザな奴。

 横顔を見るに、心配はない。さて、あたしの仕事をしよう。


「愛の為になんて、カガヤのにいちゃん格好いいよなぁ」


「全くだね、いつか言ってみたいもんだ」


 今のところ予定はないけど。


「すんなり行かせてくれてありがとうね」


「おぉ、邪魔すっとセツナねぇちゃんが飛んでくっからな」

 

 よく分かってるじゃないか。コッチも手間が省けて助かるよ。

 …………んん?


「ねぇ、ヒョウ。その娘……最初からいた?」


 ヒョウの隣にあの真っ白な女の子。

 見かけないと思ってはいたけど、突然現れるとも聞いてない。


「あれ?言ってなかったか?コイツはユキヒメ、ユキはこの刀に住んでる幽霊なんだよ」


 ……幽霊、いるじゃん!


「そんで……」


 ペコリとこちらに頭を下げた女の子が薄くなり、散っていく。氷の欠片に。


「こうだ」


 その欠片は錆びた刀に集まり、表面を覆う。

 あぁ、なるほど、そうゆう事か。


「つまり、オレが氷をだしてんじゃねぇ。ユキの力ってわけだ」


 もう、錆びてはいない。

 ここ最近刃物に触っていたから……いや、誰が見たって分かる。


 紛れもない名刀がそこにあった。


「一応聞くけど、話し合う?」


「いやぁー、どっちかは殺さねぇとオレも報酬が貰えねぇからなぁ……」

 

「大丈夫、聞いただけだよ」


 むしろ、話し合いでなんて言われたら困ってしまう。

 

「……いくよ」


 今度はしっかりと鞘から抜く。その刀身は向こうの名刀に、一切劣るものではなかった。 

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