第158話 前略、睡眠と感覚と、後略
「リ─!──、だ───!」
「!?────ちゃ─!─────っ!」
………………。
『リリ?まだ生きてる?』
……えぇ、なんとか。
『聞こえてる?ノアちゃんもリッカちゃんも大騒ぎしてるよ。愛されてるねぇ』
いえ、残念ながらもうほとんど音が聞こえません。
ほんの少し、音がなっているのは分かる。
ですが、ほぼそれは雑音と変わりがない。
また一つ、利点を知れました。
身体がほとんど機能しなくなっても、内なる声限定でも、人の声を聞くことができる。僥倖です。
『ま、死ぬにしても怖がることないよ、寝るのと一緒。むしろリリ的には初めて眠れてラッキーみたいな?いひひ!』
ふむ……あなたが死ぬときも眠るように?
『いやー、即死かな?怖いとかそんな話じゃなかった』
私も怖い、というよりは惜しいですね。生きられるなら、もう少し生きたいのは本心です。
『本心ってかもっと執着してると思ったよ』
えぇ、死んだら死んだです。
より正確にいうなら、死んだら死んだで良し。
と言ったところでしょうか。
『あたしは自分はいいけど、リリが死んだりセツナが悲しむのは見たくないなぁ……多分』
多分なんですか?
『うん、多分』
相変わらず謎の多い人ですね。
『おっと……あーしは多分だけど、セツナンは泣くよ。リリが死んだら』
どうせ死ぬならその方がいいですね、本人には決して言えませんが。せめて音無椎名と同じくらい、心に残りたいです。
『…………重い』
おや、体重の話ですか?
『ま、そんなつまんない冗談が言えるなら大丈夫そうだけどね』
冗談の才能がないのはお互い様ですね。
……なんでしょう、この感覚。
手足は重く、思考が遠のいていくような沈んでいくような。浮遊感と目眩が同時に現れる感覚は。
『さぁ?多分眠いんじゃない?』
ふむ、これが眠い、ですか。
『せっかくだし寝とけば?起きれないかもだけど!いひひ!』
……眠ったことがないので分かりません。
『簡単簡単、そのまま意識をふわー、ってね』
なるほど。
確かに、いい機会です。ここは一つ、睡眠に挑戦してみましょう。
『ねぇ、リリ』
……なんでしょう。
『起きたらさ、起きたら……今度はもっと仲良くなろうか』
…………えぇ、それはとても、とてもいい提案かと。
『だからおやすみ、リリ』
どうかそんな悲しい声を出さないで。
もっとセツナを信じてあげましょう。
そもそも私には、なぜそんなに悲観的になるのかが分かりません。
だってあの人はできない約束はしないんです。
きっといつか海にも連れて行ってくれるんです。
さて、起きたらなにをしましょうか。
…………そうですね、疲れて帰ってくるでしょうから、久しぶりに料理を作りましょう。
『お、セツナン死んだな』
あまりに失礼な同居人に文句を言う暇もなく。私は初めて、睡眠という感覚に溺れるのでした。
感覚。
ようは感覚だ、何事も。
上手くいかなかったのは踏ん切りがつかなかったからだ。身体的にも、精神的にも。
だけど、上手くいかないかも。それはもうやめた。
だって成功するって信じてるから。
動力は風。あたしに許された数少ない魔術。
イメージは圧縮、できれば球体。踏み込み踏みつけ踏み切る感覚。
「と!ど!かすっ!」
ほんのまばたきすら許さずに、鐘の音が鳴り止むことを許さずに──あたしは飛ぶ。
「うおぉぉぉお!?」
そりゃ驚く、誰だって。
ただ、今回は驚かせるだけじゃダメだ。あと一歩。
「……ん?」
久しぶりに腰に差した重量感。
柄を握れば吸い付くように手に馴染む。……馴染むんだけど。
「まぁ、いっか」
馴染むんだけど鞘から抜けてない。
すぐに切り替える、ぶん殴るのにそれは大した問題じゃない。
「あぁ!もう仕方ねぇ!」
「うりゃぁぁああああっ!!!」
んー、まぁ良かった。そっちで防いでくれて。
おかげでコッチも……手加減なしでぶん殴れるっ!
全身全霊、渾身一閃。
鞘にしまったままの鈍器を、持てる力の全てで振り下ろした。
最後の鐘の音が響く中、リリアンを呪っていた氷の刀は砕け散る。
なんとも皮肉な話だけど、それが砕け散る姿は美しかった。
「……着地どうしよ」
毎度の事ながら、考えなしに飛んでしまうのはあたしの良くないところだ。
勢いによって保たれていた高さが失われる。つまるところ、ゆっくりと始まった落下である。
「いってぇ〜〜!セツナのねぇちゃん容赦なさすぎだろ……」
「ん?いやいや、したよ?手加減」
「げ!もういるよ……」
人の顔を見るなり失礼なやつだな。
華麗に着地を成功させたというのにとんだ出迎えだ。ちなみに手加減はしてない。
「あー……もしかしてオレ、殺される?」
「んー……多分?」
「勘弁してくれよ……オレにも悲しい過去があってなぁ……」
知ったことか。
あまりに興味がない。そんな事より聞きたいことがある。
「そんな事よりさ、誰に頼まれたの?」
まぁ、大事なのはそこだ。
実行犯はこれからしばくとしても、しっかり口を割れば手加減しますとも。
「だってよ。おーーい!ローブのねぇちゃん!」
ローブのねぇちゃん?
…………あぁ、そういえばそうだった。
少し前のアイドル騒動や演劇騒動。その原因を作ったのはローブの女だって言ってた。
つまり……ソイツか?
しばらくして、観念したようにソイツは現れる。
「さて、理由は聞かせ……ん?」
そのままカツカツ、とヒョウの元に歩く。
歩き方から苛立ちが見て取れる。
「どうして……」
どうして?どうして失敗したのか?
「どうしてあと数秒逃げられなかったんですか!どうしてあの時自分の刀で防がなかったんですか!」
「いやいや、ローブねぇちゃん。あんなの受けたら大事な刀が折れちまうよ」
そのまま漫才じみたやり取りが始まった。
まぁ、怒る気持ちは分かる。あの時、あたしの攻撃を防ぐため盾にしたのはリリアンを呪ってる刀だった。
この二人の間に信頼などはないのだろう。
「ん?この声……」
聞いたことがある、しかも比較的最近に。
さてさて……誰だっけなこのアイツとはまた違う胡散臭さを感じる声。
「セツナ!」
「お、カガヤ」
息を切らせた優男が追いついてきた。
意外と早かったね。大した距離を移動はしてないけど、それでもだ。
「じゃ、正体を見せてもらおうかな」
「…………」
あたしの言葉に、観念したようにフードが取られる。
「んー…………エセ女神」
ローブの正体はあのエセ女神。
この辺を担当していて、あのエセ天使に言い負かされていたエセ女神。
「き、君は……!」
おい待てカガヤ。
なんでそっちが因縁あるみたいな感じになってるんだ。
あれ?これ置いてかれる?話に。
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