第157話 前略、あの日とありがとうと

「あぁ……もう、クソっクソ」


 どっかいけ嫌な考え、まとわりつくなよ焦燥感。

 一分一秒がこんなにも短いなんて。


 あぁもう、今になって自分の無計画さがとことん嫌になる。

 まずは目星をつけるところから始めればいいものを、そもそもだらけた数秒をちゃんと捜索に使っていれば……


「何もかもが今更なんだよ……!」


 そう、今更だ。

 今更そんな事を後悔したところでなにも変わらない。


「信じてくれてんだろ、ならっ!」


 なら走れ。

 一秒でもある限り、手遅れなんかじゃない。


 …………あらためて独り言多いな、あたし。

 いや、一人だからか。

 

「セツナ!」


「んお」


 唐突なカガヤの登場に、間抜けた声がでる。

 ほとんどあたしが走り回ったとはいえ、二人で街の八割ほどは探した。


 詳しい内容を伏せて、街の人に聞いた分も含めればこの街のほぼ全域を探したといっても過言じゃない。


「コッチは収穫なし。そっちはどう?」


「残念ながら、僕の方も特に……」


 そんな悔しそうな顔をしないでほしい。

 悪いのは全面的にあたしだ、それに……


「辛気臭い顔しないでよね。まだ諦めない。そんでまだ負けてなんかないよ、あんな奴にね」


 そうだ、まだ負けてない。

 どれだけ焦っても抑えなきゃ。椎名先輩曰く、負けたくないなら戦うな、だ。


「そんで勝ちたいなら笑ってろ。どんなにギリギリでも無理矢理笑ってやる」

 

 言葉にすれば、意外に余裕もでるもん。

 でてこない?だすんだよ。


「にしてもどこにいるんだ……いや……」


 待てよ?

 探し回るあたし達、そして同じように逃げて回るなら一生追いつけないんじゃ……?


「おそらくだが、それはないよ」

 

 それはない?あたしの疑問はキッパリと否定される。

 なにか断言できる理由でもあるのかな。


「僕もセツナも聞き込みながら探し回った。それなのに、ただ一人も目撃者がいないのはおかしくないか?」


「あぁ、なるほどね」


 だとしたらどこかに隠れてるのか。

 もしそうなら建物の中……?街の人からもあたし達からも見つからない場所?


「そういえば、セツナの友達はどうやって刺されたんだい?」


「んん?」


 今はそんな事を考えてる場合じゃない。

 ……そう思うんだけど、随分と真剣な表情だ。もしかしたらなにかヒントがあるかも。

 と、いってもよく分かってないんだけど。


「……よく分かんないんだよね。待ち合わせの場所についたら急に後ろからさ」


「でもセツナの友達は強いんだろ?」


 ……確かに。もし後ろから迫ってリリアンを刺したとして、それに気づかないほど間抜けでもない。

 

 …………あっ。


「多分、浮かれてたんじゃないかな?」


 あまりに想定通りのシチュエーションで。

 いや、だとしてもリリアンだぜ?って感じだ。


「何かなかったかい?友達と接触を許すような何かが」


 何か……何か……

 あったか?…………いや、あった。

 ヤツとじゃないけど、あたしとリリアンのアレは重なっていた。


「…………影、かな?」


「なるほど、つまり……そうゆう事だっ!」


 言うと同時にカガヤが剣を抜く。

 抜くと同時にあたしの影にその細身の剣を突き刺す。


「……どうやら、大当たりみたいだね」

 

 剣は突き刺さらない。

 変わりにあたしの影にヒビが入る……いや、あたしの影に重なった薄氷に。



 

 氷が弾け飛ぶ。反射的に距離を取り、身を守る。


「いやぁ、残念残念。セツナのねぇちゃんだけなら騙し通せたのに、カガヤのにぃちゃん良い勘してるぜ」


 まるで悪びれる事もなく、ヒョウはそこにいた。

 民家の屋根でイタズラがバレただけ、そんな表情で。


「君は……」


「ん?知り合いなの?」


「ちょっとね……」


 因縁がないわけでもないのかな。

 まぁ、いい。


「降りてきなよ、ぶっ殺し…………ぶん殴ってあげるから」


「いやいや、ぶっ殺されるにしてもぶん殴られるにしても、行くわけねーじゃん」


 しまったな。

 にこやかな表情は作れてたのに、つい本音がでてしまった。

 でも殴るで譲歩してあげてるんだから、アッチも大人しく降りてくるべきだと思うんだけど。


「そんならコッチから行くよ」


「いやー、聞いてくれよセツナのねぇちゃん。俺にもそれなりにふかぁーーーっい理由があるんだ、それで白黒のねぇちゃんを殺さなきゃいけない理由があったんだ」


「へぇ……一応聞こうか?」


「オレを捕まえられたら話すよ。追いかけっこでもしようぜ」


「かくれんぼじゃなくて?」


「追いかけっこだよ、もう影には潜れねぇんだ」


 この態度。本当かどうかは分からないけど、まぁいい。

 追いかけっこなら得意だ。


「ま、もう何分もねーけどなっ!」


 まったくもってその通りだ。

 言葉と同時に刀が抜かれる。錆びて……ない。


 おかしいな、リリアンを呪ってる方じゃない刀は錆びてるハズなのに。

 くだらない思考は吹き飛ぶ、降り注ぐ氷の粒によって。


「あぁ、もう。面倒だなぁ!」


 それと同時に別の屋根に跳ぶ姿が見えた。

 すぐに追いかけたいのに、あたし達はこれを防いでから動かなければならない。


「いや、関係あるか……突っ込む!」


「待ってくれセツナ!」


 あたしより前にでたカガヤが剣を振る。

 現れた光の幕のようなものがあたし達を守る。


「……前から思ってたんだけど、それ何やってんの?」


「一応、光を操っている」


 ……格好いいな。そんで若干キザだ。


「ありがと。道は開けたし先に行くよ!」


「あぁ、僕もすぐに追いつく。セツナ、頑張ってくれ!」


 リリアンの事を知らないハズなのに、本気で応援してくれてるのが分かる。

 温かい異世界だ。救えない奴がいても、まだ差し引き温かい。


「──任せとけ、って感じかな」


 出っ張り、一階の屋根、そして二階の屋根。

 一歩、二歩、三歩と駆け上がる。


「ちょっと遠いな……」


 五、六軒といったところか。

 でも思ってたより距離はとられてない。追いつく、絶対に。


「っ!っとぉ!」


 一足に跳んで、二歩目には真ん中、三歩目でまた新しく踏み切る。

 足取りは快調。相手も遅くはないけど、一歩一歩確実に距離は縮まっている。


「うぉ!?やっぱセツナのねぇちゃんはえーなぁ!」


「そりゃどーーも!」


 あと五……いや、四軒。

 まだ距離はあるけど叫べば聞こえる。このままなら、あと何分も走れば捕まえられる。


「って、んん!?」


 ズルリ、足が滑る。

 比喩ではなく、本当に滑る。……凍ってやがる。


「あぁ……もうっ!」


 走るたびに、適当なところを凍らせてるのか。

 注意して走れば問題ないけど、コッチは急いでる。速度を落とすわけにはいかない。


「わりーな、セツナのねぇちゃん。時間切れ、手遅れってやつだ!」


 鐘が、鳴る。

 つまるところ、あと一分だ。この鐘が鳴り止んだら、そこにあるのは死だ。


「人生、諦めってやつも大事だぜっ!」


 勝ち誇った表情。

 あぁ、確かに。そうだ、そうだね。余裕をもった逃げ切り、ってやつだ。


 ───相手があたしじゃなかったらの話だけどね。


「もう、勝手に諦めて勝手に立ち止まるのは……やめたんだよっ!!!」

 

 叫べ、頬を叩け、気合を入れろ。

 もう二度とあんな思いをしたくないなら、今度は『生きたい』と聞けたなら。


 そんな小さな願いくらい、叶えてみせろってんだ!


「やるよ、やってやるよ」


 昨日も今日も今だって、きっと明日も思い出す。


 あの日も諦めずに走れば結果は変わったかもしれない。

 今も諦めずに挑戦すれば結果を変えれるかもしれない。


 あの日をやり直そう。その為の力はみんなにもらった。


「吹け、吹け!」


 思いを言葉に、柔らかくて暖かい風が吹く。

 …………もし、この風があたしの心から生まれたものなら───


「悪くない、最高だ」


 風に背中を押される感覚。

 追い風。吹け……もっと!


 何度練習しても、何度やり方を変えても上手くいかなかった。

 だからどうした、何回失敗してもこれから成功させればいいんだろ。


 ありがとう、ありがとう。

 

 ナナさん、最初のきっかけをくれて。

 アニキさん、励ましてくれて。

 ポムポム、また飛ぶ選択肢をくれて。

 みんな、ありがとう。お陰であたしはあたしを……セツナを嫌いにならないですんだよ。


 改じゃない。これはまた新たな始まりだから。

 またここから一歩づつ始めよう。

 

 一歩、二歩──まだちょっと!

 三歩、四歩──もうちょっと!!

 五歩!!!ここで───行こうか!!!


 あぁ、今からあたしの力で。大丈夫、怖くない。


 だって───


 ありがとう、リリアン。あたしを信じてくれて。

 また一つ、埋めてくれた。

 

「あたしはあたしを信じてる!!!」


 だから跳ぶ──いや、飛ぶ。

 きっとこれは翼だ。この歪な翼で飛ぶんだ。


 いつだって、どこまでだって、何度だって。

 ダサいダサいって言われるけど、あたしは気に入ってる。ほら、聞き慣れれば格好いいでしょ?

 

「セツナドライブ!」


 世界は加速する。時間を置き去りにする感覚。


 刹那の時間を、あたしの時間を超えていく。

 

 もう、手遅れなんてどこにもない。

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