第155話 前略、相棒と覚悟と、後略
「毎回思うんだけどさ、偏屈な扉だよ。家主みたいだ」
正直な話、毎回毎回裏まで回るのが面倒だ。
今なら分かる、最初ここに来たときの行動の意味が。
「事態も事態です、蹴破りましょう。許可します」
さて、お許しもでたことだし。
多少は怒られるだろうけど確かに今は緊急事態だし、リリアンがいればすぐに怒りも収まるだろうし。
「よっし!捕まっててね!」
「あ、踏ん張りがきかないので、強めに押さえておいて下さい」
「りょーかい」
リリアンを背負ったまま、扉に向かって蹴りかかる。
通りに面した出口専用の扉。それを今、蹴り破る!
「よいしょぉ!」
蹴り破るといっても非常に理性的な蹴り破り方。
ノブを蹴り壊し、上下にあるカエシのようなものも蹴り壊す。後はもう一度真ん中のあたりを蹴ればいっちょ上がり。
「あぁーー!?なんだなんだ強盗か!?やめろ、コッチは非戦闘員だぞ!」
扉を蹴り壊した先には、なっさけない声をだして慌てる不審者にご……師匠の姿があった。
「師匠、ただいまです。さっそくなんですけどちょっとお願いがありまして……」
「おぉ、セツナか……まぁ、まずは言ってみろ……じゃねぇよ!!!」
なんだなんだ、愛弟子と義理?の妹が帰ってきたというのに。
それなりに怒られる理由はあるけど、コッチもコッチで大変なのだ、許してほしい。
「お前もか、お前もなのか?リリもお前もどうして扉を壊すんだ。しかもセツナ、お前は壊そうとして壊しただろ。あぁー、いやリリも壊そうとしてるんだが……」
ブツブツ、ブツブツとまだまだ愚痴が止まらない。
多分、工房内の感じからして座りながら寝てたんだろうし、起き抜けに扉が吹き飛んだらそりゃ驚く。
あと、この感じだとやっぱりリリアンは昔も毎回入口の扉を壊しながら入ってたらしい。
まぁ、だいたい分かってたので、この話にあまり意味はない。
「リリアン、降ろすよ?」
「はい。……一応言っておきますと、昔はもっと立て付けが悪く、扉を外さなければ中に入れなかったんです」
んーー……どっちもどっち。
分かりづらいし立て付けの悪い扉も悪いし、リリアンも結構そのあたり雑だし。
「師匠、朝断っておいてなんなんですけど、早急に剣が必要になりました」
「お、そうかそうか。よしよし、実戦の前に軽く振ってけ」
「んーー、そのぉ……今から即実戦といいますか……」
しまった、説明してたらまた時間がかかる。無駄にできる時間はない。
…………マズイな、焦ってきた。
「ノアさん」
「リリ?なんで寝てんだ」
ぐったりと、師匠の粗末な寝床に寝かせたリリアンがあたしの変わりに喋る。
「外で少し刺されました」
「セツナがか?」
「私がです」
「ほーん、どこ刺されたんだ?」
「心臓です」
「そうかそうか……心臓か。相手も無茶な事をするな、リリが相手じゃ今頃……あ?心……臓?」
納得納得、とでも言いたげに手を叩く師匠。
その手の動きは会話が進んでいくたびにゆっくりになる。
「その仕返しに行きたいそうですので、力を貸していただければと」
「お……?おぉ?」
……どうやらまだ理解が追いついてないみたい。
さすがに心臓を刺されて、あんな普通に話せるとは思わないよね。
あたしも目の前で見てなかったら信じてない。
だけど事実だ。早めに理解して渡してくれないと困る。
「お願いします。…………姐さん」
「お……おぉ!分かったすぐに持ってきてやる!」
……この人ちょれぇー!
いや別に渋られてたわけじゃないけど、余計な事を言わずに一言で終わった。
「ほら、コイツだ」
「おぉ……」
壊れたまんまの地下への入口。
師匠はそこから剣を持ってきた、あたしの剣を。
この世界のルールもそこそこ理解したつもり、つまりこれはあたしだけの武器だ。
「なんというか……派手?威圧感?」
「派手じゃねぇし、威圧感もねぇよ」
いや、少なくとも威圧感はある。
鞘が真っ黒な剣は、ちょっとあたしが持つには不相応な気がする。
だけど……あぁ、多分これを、こうゆうのを芸術って呼ぶんだろう。
余計な時間なんてないのに、見入ってしまう。
あたしが最初に持っていた片手剣。
より少し細く、少し長い。持たなくても分かる、これは振りやすい。
あとはなんといっても真っ黒な鞘が目を引く。
威圧的だけど同時に美しい。どうしょうもなく美しい、あの黒い瞳を連想させる。
「ありがとうございま、す?」
いつまでも眺めていたいけど、時間がない。
反転し、駆け出すと同時に師匠から剣を受け取ろうとしたけど、スカる感覚。
「師匠?」
あまりふざけてる時間もない。
……んだけど、真剣な眼はあたしの足を止める。
「セツナ、一応言っておくぞ。これは武器だ、刃物で刃だ。お前が振ってた鉄の棒とは違う」
そう忠告しながら、剣をあたしに差し出す。
鉄の棒も武器だと思うけど、言いたいのはそこじゃないんだろうな。
「それでも受け取るなら覚悟を決めろ。どんな覚悟でもいいコイツを使うに値する覚悟を」
漫画の主人公にでもなった気分。
覚悟。よく漫画の主人公は誰かを傷つけても大事なものを守るとか、逆に誰も傷つけさせないとか。
そんな格好いい台詞を言うもんだ。
「覚悟、か」
あたしもまぁ、そうゆう事を言いたい。
実際、そんな覚悟ならとっくに決まってる。
だけど───
「覚悟なら……さっき決まりました」
「よし、なら行け。コイツでその覚悟を貫いてこい」
「はいっ!」
もう一つ、決めたんだ。
そしてこの新しい相棒はそれを叶えてくれる。そんな確信がある。
受け取り、振り返る。一足で壊した玄関まで。
───不意に名前を呼ばれた気がして首だけ振り返る。誰も声なんてだしてないのに。
「──────、────」
パクパクと、リリアンが何かを言っている。
もう声もでないのか、それでも何か。
「うん、頑張るよ」
伝わるよ。
『信じてますよ、頑張って』って伝わったよ。
なんだか顔をみてられない、気恥ずかしくて。
だから握った拳を軽くあげて応える事にする。
諦めるのも、立ち止まるのも飽きた。終わりにしよう。
世界は救えなくたって、今度こそ一人の女の子くらい救ってやるさ。
さてさて、そんな物語を始めよう。
「おいっリリ!黙っちまって大丈夫なのかよ」
「…………」
もう、ほとんど身体は動かない。
ですが、なんとか意識の無事を伝える為にせめて頷くだけでも。
「喋れねーけど、無事……って事でいいんだな?」
もう一度、頷く。
「ならいい、よくねーけど。ったく、お前が中にいてなんでこんな事になんだよ」
言われてますよ。
『リリを怒れないからってあーしに言うんだよ。ノアちゃんは昔から愚痴が多いんだよねぇ』
…………すみません、浮かれてました。
『しゃーなし。セツナンがあんまりに想定通りの登場をしたからね』
愚痴を続けるノアさんの声を聞き流しながら、しばらく心の中で会話をする。
口や喉を使わなくても、会話ができる事がこんな利点も持っていたとは。
『あーあ、リリが死んじゃったら今度こそあーしも終わりかぁー。いひひ!まぁそれなりに生きたしいーか』
その場合、また別のものに作り直されるかと。
『ありそー、でもさすがにこれ以上生きるのもあれだよなー……死んでるけど』
大丈夫です。まだ私は死なないので、もうしばらく生きてもらう事になります。
『そだね、頑張れセツナン!』
軽い口調。この人からしたら第二の人生。
だから生きるも死ぬも、そこまで執着がないのでしょう。
万が一、億が一、死んでしまう可能性のあるので聞いておきたい事があります。
『んー?』
あなたは音無椎名なのですか?
初めてその名前を聞いたとき、確かに反応をしていた。
頑なに名前を明かさないのもその為では?
年齢こそあわないが、セツナの世界とこの世界が同じ時間の流れとは限らない。
死ぬ気はないけど、どさくさ紛れに聞いてみる。
『違う』
ふむ、ミスリード、というものですか?
『違う違う、全然違う。引っ掛けでもミスリードでも誤解でも誤認でもなく全然全然全然違う』
そこまで否定されると、逆に気になってしまいます。
『あたしは音無椎名じゃない。隠し事ばっかりだけど、これだけは断言するよ』
……そうですか。
やはり、同居人の謎は謎のまま。上手くいきませんね。
『……ん?あれ、これ思ったんだけどさ。犯人、ここにきたらマズイよね?』
…………えぇ、マズイですね。
確かに、犯人にここを襲われたらそれこそ確実に死ぬ。
失念していました。あの時セツナの頬を持ち上げるので、余力をほとんど使い切ってしまいました。
『なんか聞こえない!?足音!』
えぇ、同じものを聞いてるので大丈夫ですよ。
『大丈夫じゃない!犯人だ!』
いえ、違います。
犯人ならこんな慌ただしい足音ではない。ならば……
おそらく私の……
『リリの?』
…………えぇ、私の友人かと。
『リリ、友達いたんだ』
はい、実は最近になって。
答えと同時に轟音が響く。
「なんなんだよもう!!」
ノアさんの悲痛な叫び。
再び蹴り破られるドア。
光景こそ悲惨ですが、きっと良いことなんだと思います。
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