第154話 前略、呪いと説明と生きたいと

「まず最初に言っておきたいのがこれが外傷による死ではなく、呪い……呪術により死であることです」


「外傷じゃないって……リリアン、その前に胸の刺し傷は大丈夫なの?」


「大丈夫なものですか」


 やっぱり……当たり前だ。

 胸の中心からやや左。心臓を貫かれて大丈夫な生き物なんているはずが……


「服に穴が空きました。大事な一張羅だというのに」


「…………」


 最近は減ってきたんだけど、未だにリリアンとは別の生き物の気がしてならない時がある。

 おっかしいな、人種と生まれ方が違うだけだと思ってたんだけど。


「自慢にはなりませんが、数センチ穴が空いただけで活動を止めるような、貧弱な心臓は持ち合わせてないので」


「十分自慢になると思うよ……?」


 おそらく別の生き物であることが確定した。

 もしかしたら、あたしの心臓もそのくらいのガッツを見せてくれたりするのだろうか?…………ないな。


「私を殺す。その為の特別な呪い、といったところでしょうか。呪いが完成すれば心臓が凍りますね」


「なんでリリアンが……」


「これも自慢ではありませんが、買った恨みの数ならなかなかのものですよ」


「どうしよ、今度は本当に自慢にならない……!」


 死にかけてるハズなのに、むしろいつもより口がまわってる気がする。


「あの錆びた刀とは別の、私を刺した氷でできた刀。あれが呪いの核でしょう」


「呪いの核……」


 それはよく分からないけど、アレを壊せばその呪いも解ける。って事でいいのかな。


「全く、因果応報とはよく言ったものですね」


 呆れたように言う。

 諦めてしまったかのようにリリアンは言う。


「リリアンはさ……死んじゃってもいいの?」


 なんとなく、なんとなくだけどそんな気がしてしまった。

 明日世界が滅ぶとしても、今日自分が終わってしまっても。

 それなら仕方ない。そう言って受け入れてしまいそうな、そんな雰囲気だった。

 

「……私はいつ自分が死んでも、いつ壊れてしまっても構わない、仕方ないと思っていました。実際にその前提で動いてました」


「…………」


 壊れてしまっても。

 悲しい響きだと思う。だってそれじゃあ本当に人形みたいじゃないか。


「世界は退屈で、人は煩わしくて、空の色に海の色に人の声に苛立ちながら。言葉を借りるなら……そうですね、ダサい生き方をしてきました」


「…………」 


「ですが、どうやら私が思っていたよりも世界は広いようで」


 声色が変わる。あたしの顔も、それに合わせるように上を向く。


「世界は広くて、人は優しくて、空も海も色鮮やかで。人の声は綺麗で、笑顔は柔らかくて、誰かに触れられた肌は温かかった。死んでもいいか、そう聞きましたね?」


「う、うん……」


 力強い言葉だった。

 優しくて綺麗で柔らかくて温かい言葉だった。


「いいわけがありません。私は……私はもっと生きたい。いえ、生きます」


 それは多分、あの時聞けなかった言葉だ。

 あの時、あたしの大事な人から聞けなかった言葉だ。


「まだまだ見たいものがあるんです。聞きたい事もやりたい事も、知りたい事も欲しい物も。たくさん、たくさん」


「でもさ……でもさ……!」


「はぁ……さっきからなんなんですか、そんな悲しそうな顔をされても困ります」


「だって……さ、やっと聞けたのに、それなのに……!」


 もう一度、ため息をついて。

 やれやれ、仕方ありませんね。そんな意味の、優しいため息をついて。


「だって、あなたが助けてくれるんでしょう?それなのになぜそんな顔をされるのか、それが分かりません」


「えっ……」


 本当に、本当に本当に本当に、それが当たり前のように言われた。

 きょとんとしてしまう。どうやら、また勝手に諦めたのはあたしの方らしい。


「私の為に、私を助けてくれるなら。……嬉しいです、心から」


「…………できるかな。ちょっと自信ないよ」


 ぼそりと、弱気が口から溢れる。

 それを聞いたリリアンが、またもやれやれと言葉を紡ぐ。


「いつもの強気はどこへやら。自信がないなら励ましましょう、今日は私がありふれた無責任な言葉を送りましょう。少し癪ですが」


 ありふれた、無責任な。

 あぁ、そうだった。あたしはいつもそれを口にしてた。


「たまには自分を信じてあげたらどうでしょう。大丈夫、大した事じゃないんです」


 自分を信じる、か。

 難しいな、こんな不安定で揺れてばっかの奴を信じるなんて。


「私が贔屓にしている物語の主人公が、世界一格好いい事を証明してくれるなら。……そうですね、推しがいがある……でしょうか?」


 それでも、それでもこれで奮い立たないなんて間違ってる。

 人に言ってきた事だ、たまには自分でそうだと証明してみせろ。


「世界一は言い過ぎだよ、それになんだか俗っぽい?感じ」


「ふむ、難しいですね」


「大丈夫、元気でたよ」  


 元気はでた、でたんだけど。


「で、あたしはなにをしたらいいの?」


 やるとは決めた。でも具体的に何をしたらいいのかが分からない。


「正午までに、あの氷の刀を破壊してくれればいいんです」


「正午まで……」


 チラリと時計を見る。

 あらためて言われると迷っちゃうけど、正午は十二時ちょうどだよね?

 

 本来ならあと、五十分ってところか。 

 正直、リリアンのこの元気さなら一日くらい持つ気はするけど。早いに越したことはない。


「この街、この場所。鐘が鳴り終わるまでがタイムリミットですね」


「……んん?」


 確かにこの街の時計塔は十二時ちょうどに鳴り終わる。

 でもそれだと本当に五十分しかないことになる。


「……言い忘れてましたが、呪いは時間をかければかけただけ、形式通りならそれだけ。そしてそれらしければ、それだけ強力になります」


「…………んー……?えっと、どゆこと?」


「つまり、呪い用の精巧な氷の刀を用意し、長い時間をかけて呪いを込め。街の中心で、鐘の音に連動した時間で縁起良く」


 んー……?

 あれ、それって……


「つまりそれより長くも短くもなく、ちょうど鐘の音が終わる頃呪いは完成する、というわけです」


「なんで先に言わないの!?」


 あっれ!?すっごく大事な話なのに今!?

 

「どうすんの!ちょっと時間無駄にしちゃったよ!?」


「おや、確かにそうですね。つい会話が楽しくて」


 ん、いや……言ってたな!最初から正午って!


「とりあえず、一度工房に戻らなきゃ!リリアン、背負うから苦しかったら言ってね」


「いえ、私は事はそのへんに放り投げておいていただければ……」


「なにいってんのさ」


 いつもなら抵抗されるだろうけど、今のリリアンはぐったりだ。なんの抵抗もなく……


「……ん?……んん!?」


 あれ…………重くない?いや、重い。確実に。

 背負えないほど重いわけじゃないけど、見た目の倍くらい重い。


 中身の入ってないヤカンの反対だ。軽いと思ってたからさらに重く感じる。

 まさか前に言ってた重さが二人分って本当なの……?


「……一応言っておきますが、重いは禁止ですよ」


 大丈夫、分かってるよ、任せといて。

 あたしも乙女の端くれだ、そのへんは心得てる。


「大丈夫、羽のように軽いよ」


 軽口を叩きながら走り出す。 

 たかが二人分だ、大したもんじゃない。


「……一つか二つ、言いそびれたことが」


「ん?なにかな?」


 急いで走れば十分もかからない。それでも急げ急げ。

 会話は万が一の事もある、リリアンの意識をハッキリさせる為にした方がいい。


「あまり怒ってはいけませんよ」


 叱られる……というかたしなめるように言われる。

 この年になっておそらく年下の女の子に、いけませんよ。なんて言われるのはなかなか情けない。


「分かってるよ……多分」


「多分じゃダメです。私は死にません、なら軽く小突くくらいですませるべきです」


 本当に、優しいな。

 出会った時、あたしに甘いといったリリアンと同一人物とは思えないくらいに。


 今はあたしが、随分と甘いなと思う。

 でも本人が望むならできる限りそうしよう。 

 

「……分かったよ」


「はい、それと……」


 それと……?


「いつから誰彼信じるバカになったと言ってましたが」


 ……言った。

 あたしはいつの間にか腑抜けた奴になってた。


「最初からです」


「…………そうかも」


 あぁ……うん、いつからじゃない、確かに最初からだ。

 ちょっとどうかな、って思うけど。


 誰かが……リリアンがそう望むなら、それでいいや。

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