第152話 前略、勧誘と刃と

「待てぇっ!そこのメガネぇ!!!」


「!?なんだセツナか、驚かせるんじゃない!」


 この野郎、なに走ってやがる。

 おかげ少し前に別れたハズなのに、街の人に聞きまわるハメになった。


「今は君に構ってる場合じゃない!」


「あたしだってお前に用があるわけじゃないんだよ!」


 結構速いな。だけど現役を舐めるな。

 すぐさま追いつき、併走する形になる。


「あのクソガキあたしの財布スッてきやがった!殴る!二、三回殴る!」


「…………」

 

 なんだその顔は、仲間を疑うなとでも言いたいのか。

 お生憎様、犯人はヤツしかいない。最悪殺す。いろいろあってすでにキレている。


「…………俺もだ」


「躾が足りてないっ!」


 だいたいさっき……財布出してないな!

 まぁ、いい。てか、これどこに向かって走ってるんだ。


「場所分かってんの?」


「分からん、だが走らざるをえないだろう」


 確かに……ただ立ち止まってるよりは……


「「……っていたぁ!!!」」


「あ?」


 あの野郎普通に飯食ってやがる!

 人の金でなに呑気にしてんだこの野郎!


「どうゆう教育してんだよっ!もういいしばく!ってか外す!」


「外す?セツナ、大分口が悪いぞ」


「口が悪い分にはまだ余裕があるんだよ!」


 まずは縛り上げる、そこから始めよう。

 あのクソガキも速い。だけどちょっとづつ距離は縮んでる。


「よしよし……そっちは行き止まり!」


 この街にも結構慣れた。

 あの道もこの道も知っている。逃げ場はない。


「アイツは登るぞ」

 

「……マジですか」


 あたしも壁とか登れるけど、垂直に走るとしたらそんなにいけない。

 時間をかけて、普通に登るならそこそこなんだけど。


「仕方がない。回り道をするとしよう」


 ……いや、その選択肢はない。今、ここで奴は捕まえる。

 一人で届かないならいつものヤツだ。それなら飛べる。


「その槍……って槍じゃない!?」


 よく見たら、ケイが持ってるのは槍じゃない。棒だ。

 なんで棒?ちょっと豪華な棒?武器が木刀だと本気で言うヤツと同じくらい意味が分からない。

 

 なに?金髪はネタに走らないと死ぬの?難儀な生き物だなぁ……


「街中で刃物を振るうわけにもいかんだろ」


 正論だけども!いや、むしろいいのか。


「あたし跳ぶからさ、その棒で押し上げられない?一息に捕まえるっ!」


「ふむ……もしかしたら、勢い余って足裏から脳天まで貫くかもしれないが。それでもいいか?」


「いいわけないでしょ!?加減しろバカ!」

 

 ちなみにいい加減にしろと手加減しろをかけた高度なギャグ……いや、かかってないか。ごめんなさい。


「マジで登ってる……!」


 登るというか、なんというか。

 建物と建物の間を跳ねるように駆け上がってる。


 今がいろいろと全盛期ならあたしもできるかな?……ちょっと難しそう。

 

「よっし!行くよケイ!」


「了解した」


 先行してもらったケイに奥の建物の下に待機してもらう。

 後はあたしが跳ぶだけ。さて、行こうか。


「せーーーっ!」


「のっ!」


 掛け声が合わさる。踏み込む力と、押し出す力が交差する感覚。

 ギュン、と世界が加速する。知っている感覚、まだこれが使えたなら一人で捕まえる事もできただろう。そんな感覚を思い出す。


「あと……ちょっとぉぉ!」


 あとちょっと、足りない。まぁ、足りないなら増やせばいい、足せばいい。

 やれやれだよ、あたしもなかなか人外じみてきた。今更か。


 足りない数歩分、駆け上がる。

 壁も見方を変えれば、案外坂道と変わらないかもしれない。


「捕まえたぁ!!!」


「はぁ!?」


 油断していたクソガキに、正義の裁きがくだった。




「解けよ!陰険メガネと乳なし!」


「やれやれ……セツナ、コイツを黙らせる方法はないか?」


 捕まえて縛り上げたクソガキは、まだまだ吠え続ける。

 ちなみにもう二回分くらいの殺すポイントが溜まってる。


「どこまでやっていいの?」


「やんちゃが収まるように強く、だ」


「んー、強くだとトラウマちっくなものが残っちゃうかも」


「あぁ、それでいこう」


 ふむ、なら保護者から許可もでたし。


「ちょっと失礼」


「触んじゃねぇよ、このあ゛!?」


 確か上腕三頭筋……だったかな?その内側と外側を持つ。後は捻るようにねじ上げるように。


「て……!めっえぇ……!」


 おぉ、めちゃくちゃ殺意のある目でみられてる。


「ふむ、外すとはこの事か」


「うん、ちょっと前に教わってさ。でもさすがに外れたままだとあれだから、戻しておくよ」 


「ぐっ!?あ……」


 外した肩をやや無理矢理元に戻す。

 なかなかアレな声を上げてクソガキは気を失う。


「やっぱりやりすぎた?」


「いや、これくらいでちょうど良い」


 まぁ、保護者が言うならいいか。

 

「しかし……ふむ、なるほど。団長が気に入るだけはある」


「気に入る?あたしを?」


 そんな気に入られるような事はやってない。

 やった事といえば、目の前のコイツと小競り合っただけ。なにを気に入るというのか。


「ふむ……セツナ、出身はどこだ?」


 異世界です。とは答えられないか。

 最初はベラベラと喋ってたけど、あまり公言しない方が良い事にやっと気付いた。


「んー……コガラシって村だよ。この大陸のハズれにある」


「あぁ、コガラシか。素朴ながらいい村だ」


 うんうん、と頷く。

 大分遠くだけど、行ったことがあるんだろうか。


「今更だが剣はどうした、前は持っていただろう」


「ん……ちょっと壊れちゃってね」


 そうかそうか、と。あたしのプロフィールを聞いてくる。

 そしてあらためてこんな事を聞いてきた。


「どうだ?セツナさえよければ我がギルドへ、歓迎しよう」


「わぁーお」


 さっきまでの質問は、これを言うためか。

 なんかアレだね。元の世界で卒業したらどうしようとか、進学か就職かなんて考えてたのがバカらしくなるくらい就職先に恵まれてる。

 

「せっかくだけどね。ちょっと行かなきゃいけないところがあってさ」


 だけど帰らなきゃ。異世界に逃げる気はない、いろんな意味で。


「そうか、気が変わったらいつでも来い」


 気が変わったらね。

 まぁ、その時はあたしはこの世界にいないだろうけど。


「そうだ、セツナ。武器がないなら槍だ、槍はいいぞ」


「どしたの急に」


 唐突に自分の武器のプレゼンを始めるケイ。

 なんとなくだけど、武器好きだよね。この世界の人。


「セツナはあまり上背のある方ではないだろう。だが目が良い、反応も良いし、速さもある。ならリーチを補える槍はいいぞ」


「んー、悪くないかも、考えとくよ」


「あぁ、この街の端に変わり者だが腕の良い鍛冶師がいる。表に見える扉ではなく、裏口から入らなければならないし、本人の口も悪いが、頼むならその人に頼むといい」


 …………どうしよ。多分、知り合い。


「それと……サインの件だが」

 

「あぁ、うん。明日あたりにね」


まぁ、リッカがサインとか持ってないって言ったらどうしよう

 ………………その場合はあたしが書くか、うん。


「いや、今からしばらくこの街をでるんだ」


「ん?任務的な?」


「そうゆう事だ、かなり大規模な任務でな。もし今日も騒ぎがおきるなら明日出るつもりだったが、ないなら早めに団長に追いつくとしよう」


 なら帰ってきてから……て、その時にはもうあたしはいないか。

 リッカに頼んでおくとしよう。


「そっか、なら健闘を祈るよ」


「あぁ、そちらも暑くはなってきたが、腹をだして寝るなよ」


 余計なお世話だよ。

 別れを告げて、時間を確認。そろそろ急ぐとしよう。



「良かった、間に合いそう」


 かなり余裕がある時間にでたのに、結構ギリギリ。

 急いで時間通りって感じ。本当は十分前くらいに着きたかったけど。


「んん?」


 また知ってる姿。

 なんだっけ、確かヒョウって呼ばれてたか。白い女の子は見えないけど、一人で刀を抜いている。

 

 手にした刀は錆びていない。なにをしてるか気にはなるけど……知り合いだし心配する事もないか、約束もしてくれたしね。

 

「急げ急げ」


 不意に寒気。暖かいを通り越して少し暑いくらいなのに、ゾクリと震えた。

 あれかな、やっぱり遅れたら遅れたでリリアンが怖いからね。




「リリアーン!」


 間に合った間に合った。時間ピッタリ。


「ごめん、待った?」


「いえ、今来たことで……」


 止まる固まる、だってさ。

 理解が追いつかなかった。多分、リリアンも。


 だって、だってさ。普通ない、ありえない。


 だって人間の胸から刃は伸びてこないのだから。

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