第153話 前略、問答と落ち着いてと

「リリアンっ!」


 何が起こった。

 分からない、分からないけど。今、ここで目の前で、あたしの恩人が害されているのは分かる。


 刃、刃物、なんだ、刀か。

 待つな止まるな、思考を回せ動け動け動け動け。


「っ!」


 とにかく、今リリアンの胸に刺さっている刀を動かされたら終わりだ。引き抜かれても出血する、良くない。

 どんな生き物でもさすがにそれは死ぬ。

 

 掴め!掴めっ!大丈夫大丈夫、刃物は握っただけじゃ斬れない。

 仮に斬れたって構わない──間に合えっ!


「っ……!っと!」


 リリアンがこちらに倒れ込む。

 違う、蹴り飛ばされたんだ。勢いを支えきれず、あたしも一緒に倒れ込む


「大丈夫!?…………じゃないよね……」


 血は……でてない。少なくとも見える範囲では。

 傷は……見えない、見えないけど大丈夫なわけがない。


「あれ?どうやって脱がすんだ……?」


 今更だけどメイド服の構造なんて分からない。

 とりあえず今できる事をやらなきゃ……!


「…………いえ、そうではなくて。後ろの襟のあたりにファスナーがあるので、それをおろさなければ脱げません。エプロンは普通に結び目を解いてくれれば」


「ファスナー……?あった!…………あれ?普通に喋ってる!大丈夫なの!?」


 ぐったりというか、なんというか。とにかく力なく倒れたままだけどリリアンは喋ってる。


「大丈夫です。今のところは、ですが」


 大丈夫なのか、今のところとはいえ大丈夫なのか。

 刺さってたぞ、確実に。…………刺さってたよね?


「それよりも、目の前の敵をどうするか考えるべきかと」


 目の前の敵……知り合いってわけじゃないけど。

 知らない顔ってわけでもない。因縁もなくもない。


「……今回は宣戦布告と受け取っていいんだよね」


 疑わしきは罰せず。良い言葉なんだけど。

 残念ながら現行犯だ、悪いけど容赦はしない。


「…………」


 何か言ったらどうなんだ。相手は答えない。

 アイドル騒ぎの時、一人目として視察に行った着物姿の男は答えない。


「……ちっ、時間切れか」


 吐き捨てるような言葉。

 安っぽい煙があがり、姿が変わる。


「久しぶり……じゃねーな」


 シトリーと同じタイプか、大きくなるのはこの世界では珍しい魔術じゃないのかもしれない。

 いや……そんな事はどうでもいい。


「よぅ、セツナのねぇちゃん」


 道すがら、友達にでもあったかのように片手をあげて。

 ヒョウと呼ばれた男の子は屈託ない笑顔を浮かべる。


 本当に……本当に気に食わない顔だ。イライラする。


「なんだ、驚かねーのな」


「同じ魔術を見たことがあるからね」


「なんだ、そーなのか」

 

「…………一応さ、聞いておくよ。言い訳は?」


「ん?ねぇよ、んなもん。オレは頼まれただけだ、道具は用意するから白黒のねぇちゃんを刺せ、ってな」


「誰に」


「そいつは言えねぇ」


「あっそ」


 もういい。問答は終わり。

 言う気がないならそれでいい。しこたまぶん殴って、縛り上げてから吐かせる事にする。

 

 さっきもクソガキには会ったけど。今度は外すじゃすまさない。

 このぐらいクソ野郎な方がコッチも容赦なしでいける。

 

「おぉ、間近で見るとさらに速いんだな」


 顔面を殴打する為に繰り出した右の拳。それはスルリと躱される。


「ならコッチも……抜くかな」


 ギリギリザラザラと嫌な音をたてて刀が抜かれる。

 リリアンを刺した方じゃない、前に見た錆びた刀だ。


「おらっ!」


 錆びた刀が大雑把に振り回される。

 刀のクセに雑な振り方だ。悪いけど……もらうよ。


「……っ!せいっ!」


 突き出される刀が頬を紙一重に通り抜ける。

 それを前に踏み込み、身体を沈めながら躱す。勢いを殺さず後ろ回し蹴りを叩き込む。


「おっ」


 手加減はない。こめかみを打ち抜き、一撃で確実に意識を刈り取るっ!


「……あれ?」


 当たった瞬間、違和感が駆け抜ける。……硬い。

 違和感の正体はすぐに分かる。蹴りが当たった頭に亀裂がはしり、すぐに砕け散る。

 

「冷たっ……氷、か」


 忍者かなんかなのかコイツは。

 いつの間にか、首を失った氷人形の手から刀が消えている。


「いーのかよ、オレに構ってて。コイツは呪いだ。白黒のねぇちゃん、死ぬぜ?挨拶くらいしとけよ」


「……うるっさいんだよっ!」


 イライラする、誰のせいだ。

 苛立ちをぶつけるように、首をない人形を蹴り飛ばす。

 どこから音がでてるかも分からないし、そもそも音も声も不快だ。


 ……んなことしてる場合じゃないっ!


「リリアンっ!」


 急げ。死ぬ……わけない。リリアンが死ぬなんてありえない、分かってるんだけど。


「ねぇリリアン!大丈夫!?大丈夫じゃないよね、どうすればいい!?あたしはなにをすればいいの!?」


 こうゆう時、あまり身体を揺するのは良くないと聞いたことがある。

 近くまで駆け寄り、声をかけて意識を確かめる。


「…………その、えぇ、少しうるさいです。外も内も」


 やっぱり倒れたままだけど、リリアンの意識はしっかりとしてるように見える。

 中の人も焦ってるみたい。そりゃそうだ、刺されてる。


「いいですか?落ち着いて聴いて下さい」


 面倒な事を告げる。そんな面持ちでリリアンは言う。


「私は死にます。このまま何もしなければあと一時間ほどで」


「……え」


 本人の口から伝えられる言葉。リリアンが死ぬ。


「あっ…………あぁっ!」


 言葉にできなかった。言葉にできなかった。

 だってそれなら、死んでしまうならどうしようもない。


「落ち着いて下さい」


「っ!落ち着いてらんないよ!」


 逆になんでリリアンが落ち着いてるんだ。

 だって……だって死ぬんだよ!?


「なんだってそんないつもどおりなのさ!?もう……もうあたしは使い切っちゃったんだよ!?」


 死だってなんとかできた。少し前までは。

 失われた命もなんとかできる、そんな奇跡のような力。


 この異世界に来た時にもらったそれは使い切ってしまった。

 一度目は自分。二度目は友達によって失われた大勢の命。

 その為に使ってしまった。もう、そんな力はない。


「だからもう死んだら終わりなのに……」 


 誰がどう考えたってこの事態はあたしが招いた。

 いつからこんな甘っちょろい奴になったんだ、あたしは。


「ごめん……!本当にごめん……!あたしは分かってたんだ……」


 ここに来るまでにアイツは見てた、怪しい動きをしてたのを見てた。知り合いだからって見逃した。

 いつからこんな生ぬるい奴になったんだ、いつからあたしは人の作り笑顔に気づかないフリを始めたんだ。


 最初から、薄気味悪い笑顔だった。

 気づかないフリをして、そうゆうもんだと思い込んだ。


「いつからいつからいつからいつからっ!いったいいつからあたしは誰彼構わず信じるバカになったんだよっ!!!」


 本当に嫌になる。信じるという言葉で思考を放棄した自分をブッ殺してやりたい。

 美徳があるとして、それのせいで人が死んだらなんの意味もない。


 まだ、あたしは死ねない。死ぬにしてもやる事がある。


 せめて、せめてさ、アイツは殺すよ。

 できるだけ痛い目にあわせてから、殺すよ。


「んん、あ……?」


 スルリと、白い手が頬に当てられる。

 ひんやりとした感触がスーッと染み入る感覚。


「あにしへんの?」


「……笑顔の練習です」


 いつぞやのように、あたしの頬が持ち上げられる。


「落ち着いて聴いて下さい、最初にそう言いましたよ」


「でもさ……でもさ!手だってこんなに冷たくて……死ぬなんて言われたらさっ!」


「体温が低いのは最初からです」


「そうなんだけどさ!」


 冗談を言ってる場合じゃないのに。

 あまりにもいつもどおりなリリアンに、荒れた心が落ち着いていく。


「あまり人に見せれる顔ではなかったですよ」


「……ごめん」


「実際に何人か殺ってる私から見ても、それはもう」


「…………」


「失礼、あまり笑えませんね」


「ホントだよ!?」


 まるで、まるで笑えないリリアンの冗談。……冗談か?


「それではとりあえず、今私が置かれてる状況の説明をしましょう。今度こそ落ち着いて聴いて下さい」


「……うん」

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