第148話 前略、本気と夕陽と終演と

 ……死んだか?…………生きてるな、良かった。


「丈夫に産んでくれた事を感謝しなきゃね……あぅっ!」


 瓦礫の中で両親への感謝を思っていると、小さな石が落ちてくる。ちょっと痛い。

 でもそれよりも普通に全身が痛い。疲れた、出し切った、眠い、寝たい。あとお腹も空いた。


「んー…………」


 這い出る気力もない。

 まぁ、あれだけやったし文句を言う人もいないだろう。

 

 本当はあと少しだけ出番があるんだけど、いないならいないでなんとでもなる。

 リリアンが気をきかせて、あたしの台詞をカットして進めてくれるだろうし。


「ん?」


 なんだろ、なんなんだろ。声が聞こえる、声というか歓声とかそうゆうの。


「リッカちゃんつぇぇーー!!!」

「あの拳……芸術だ……」

「俺も殴ってくれぇぇ!」

「リッカ様……尊い……」


 あぁ、良かった。どうやらあたしは目的をちゃんと果たせたみたい。

 もともとその為に始めた事だし、それが果たせたならあたしも心置きなく眠れる。


「セツナおねーちゃーん!」


 ん、女の子の声が聞こえる。

 いつだか宣伝ついでに助けた女の子の。その子と遊んだ他の子供の声も。


「おいおい!うちのパーティー候補なのに簡単に負けてんじゃねぇよ!」


 聞き覚えのある炭水化物の声が聞こえる。

 残念ながらパーティー候補じゃないけど。

 

「セツナちゃん!」

「お弟子さーん!」

「セツナっ!」


 リッカに対する声援と同じくらい、声が聞こえる。

 あたしに向けられた声がたくさん。


「まいったなぁ……そうゆう物語じゃないんだけど」


 あぁ、でもあれか。演劇とかのそうゆう枠組みを超えて、単純にあたしを応援してくれてるのか。

 瓦礫が崩れ、若干できたスペースで胡座をかきながら、ぼんやりと隙間から入る光を見る。


「……ん。そうだね、悪くないよ。良い気分だ」


 今更ながら、いつの間にかまた言ってた。無意識に『悪くない』って。


「そんじゃあ、いっちょいきますか」


 アンコールみたいなもんだ。

 良い気分だし、もう一度立ち上がるとしよう。




「うぇぇ!?」


 瓦礫を蹴り上げ、出てきたあたしに歓声とリッカの驚いた声。


「あたしの勝ちで終わりじゃないのっ!?」


「そうしようと思ったんだけどね、まだ必殺技とやらを拝んでないなってね」


 軽口を叩きながら、観客に向かって宣言する。


「もうみんなのせいだからね。この勝負、あたしが勝つ!エンディングは変更!あたしの物語に塗り替えるから!」


「そうはさせないよっ!せっかくセツナが書いた台本なんだから、このままハッピーエンドで終わらせるっ!」


 これで本当に良かったのかな、分からない。

 分からないけど、この声が。あたし達を望むこの声が、こんなにも心地良いから仕方ない。


「ありゃ」


 なんか違和感があると思ったら、ブーツが片方ない。

 吹っ飛んだ際に脱げちゃったのかな、後で探さなきゃ。


「リリアン!ごめん、持ってて!」


  踵を上げ、足首を捻りながらブーツを脱ぐ。そのままリリアンの方へ蹴り飛ばす。


「いいの?それ脱いじゃって」


「いいんだよ、片方だけなんてバランスが悪くて仕方ない」


 そもそも今、アレはただの履物だしね。

 立ち上がっても限界なのは変わらないし、ならほんの少しでも軽い方がいい。


「それじゃあ、いく「よっ!」


 仕切り直した途端、またピタリと張り付くように距離を詰められる。


「コッチもボロボロだからね……こっからは本気の本気でいくよ」


「本気で勝てなかったから本気の本気?ちょっとダサいよっ!」


「なんとでも!」


 やってみるか、それっぽいこと。


「はえっ!?」


 一瞬、止まれ。

 ほんの一瞬でいいから、動きよ止まれ。


「浮いたね」


 蹴りは囮で、本命の左手を打ち込む。

 ふわり、というほどでもない。リッカの身体はほんの一瞬、浮く。

 浮くというのは踏ん張りも、移動もできない無防備そのもの。


 助走はない。つまり一撃で決める威力がない…………ならその限界を決めつけを今、超えていけ──


「助走なんてっ……!なくたってぇぇえ!!!」


 打ち込んだ左手、それと同時に踏み込んだ左足。

 これを軸に回り、跳ぶ──いや、飛ぶ。


 余力全てを込めて振り上げた右足。

 形としては歪で、変則的だけど踵落としの形になる。

 

 さて、なにか叫んでおこう。

 …………そうだ、アレがいい。リリアンの……かどうかは分からないけど、あの最高に格好いい必殺技を目指して。

 

 たしか名前は……


「月欠総転っ!」


 リッカの両手が間に合う。

 あたしの足を抑え、脳天への直撃を防ぐ。


「!!っぐ!」


 声にならない、痛みの音が聞こえる。

 防いだだけじゃ止まらない、あたしが着地してから、もう一度!衝撃を!


「と!ど!けぇぇ!!!」


 飛んだ足が地面について、もう一度力を込める。

 …………込めた、んだけどね。


「やれやれだよ。改良の余地あり、だね」


「今度は……!コッチの番だよっ!」


 まだ、まだ諦めるにはちょっと早い。

 …………早いんだけど。


 そこからは本当に、本当に一瞬の出来事だった。


 なんとか防ごうとした右手は拳で潰され、左は手刀で落とされる。

 

「セツナ、浮いたね?」


 ニヤリと、一瞬で二撃……三撃目の掌底を打ち込みながらリッカが笑う。

 身体を無理矢理に捻りなんとか動かした足、戻した腕もほんの一瞬でまた弾かれる。


「いくよ……!必殺のぉ!」


 やれやれだよ。空中で完全に無防備な状態。


「リッカリョウラン!!!」


 ………………ん?

 今なんて言った?リッカリョウラン?


 …………あぁ!百花繚乱をもじったのか。

 いや、待てよ。リッカはあたしの世界には良い言葉がいっぱいあると言ってた。

 つまり……勘違いをしてるのかな?もとからそんな言葉だと。


 なるほどなるほど、なるほどね。

 沢山の花が咲いてるかのような言葉をイメージした六連撃。

 その昔、アニキさんにしばかれたことはあるけど、ほんの一息に放たれるそれは、瞬間的にそれより数段速い。

 ふむふむ、本当に勉強になる。でも……ちょっとこれはマネできないかな?ちょっと腕の回転率というかなんというかなんにせよ速すぎる。いや、上手い、のかな?


 おそらく、最後の掌底がまた打ち込まれて完成するのだろう。

 いやはや見事、呆れもするよ。なんで銃とか使ってたときより速くて強いのか。これが分からない。


 さて、一瞬の出来事なのにあたしの脳が体感四百文字ぐらいの文を綴っているのは、おそらく本能的に負けを確信して、走馬灯のような事を行っているからだとして。

 この感じなら吹き飛ばされるにしても、最後の言葉くらいは選べそうだ。


 よし、なら言おうか。言ったら大人しく吹っ飛ぼう。


「あたしと同じレベルだよっ!バカぁぁあああっ!!!」


「大気圏まで飛んでけぇぇぇ!!!」


 嫌だぁ!!!大気圏まで飛ばされるのは嫌だっ!!!

 大人しく吹っ飛ぼうとはいったけどさぁ!?その踏み込み方はマズいよ!?ホントに大気圏まで飛ばされるって!冗談じゃない!

 だいたいあたしの必殺技をバカにしたやつがつける名前じゃないんだよ!

 あれか!造語じゃないからオッケー!みたいな?そんな言葉はないんだよっ!だから同じレベル!ばーーか!


 いやむしろあたしの方な格好いいぶ「ああぁぁぁあーーーーーっ!!!」


 思考は遮られ、あたしの身体は宙に浮く。いや、飛ぶ。

 いや、死んだな今度こそ。




「んぁ!?」


 本当に大気圏まで飛ばされるかと思った…………


「いっ……つぅ……!」


 頭が何かにぶつかって、鐘の音が響く。どうやら時計塔の上までぶっ飛ばされたみたい。

 痛みの元を擦りながら、フラフラと立ち上がる。あぁ、もう、コブになってる。


「んーー」


 時計塔の上までは聞こえないか、さすがに。

 一応、演劇だし。最後のシーンは必要だろう。本当に今更だけど。


「『あたしの勝ち!じゃあ……一緒に帰ろっか!あたしの世界に!』リッカは朗らかに微笑みながら手を差し伸べます。もうこの世界の誰もリッカの事を覚えていませんが、誰かから温かいものをもらった事は覚えているでしょう。そんな温かさをまた誰かに伝え、広がっていく。これはそんな幸せな物語の始まり始まり」


「ん、ありがと」

 

 今更驚かないよ。

 リリアンは下で読み終えたであろう台詞を、もう一度あたしに聞かせてくれる。


「頭は大丈夫ですか?」


「その聞き方はなかなか傷つくからやめようね」


 痛みはあるかとか、気分は悪くないか?を聞きたいんだろうけど、それだとあたしがヤバいやつみたいだ。


「見てよ、ちょっとコブできた。明日には引っ込むだろうけど、ジンジンするよ」


「……相変わらず、変なところで頑丈といいますかなんといいますか」


「両親に感謝しないとね」


 まぁ、女の子的にはアレだけど。おかげで今の気分は悪くない。やっぱり感謝だ。


「なんかお腹空いちゃったよ。なんか食べるものある?」


 なんてとぼけて聞いてみる。

 美味しそうな匂いのする何かが入った袋を持ってるのも知ってる、なんなら手に飲み物の入った紙コップを持ってるのも分かってる。


「ちょっと早いけど、乾杯」

 

「はい、お疲れ様でした」


 柵の上に座りながら、食べて飲んで、眺める。

 一緒に頑張った友達を、夕陽は気にならない。

 

「だから……みんなにいっぱいいっぱい……いっぱいありがとうだよぉーーっ!!!」


 みんなに手を振って、ボロッボロのステージの上でボロボロの服のまま輝いている。

 そんな姿がなんだかとっても誇らしい。


「あぁ、やっぱり……」


 良い歌だ。

 完成した曲はやっぱり、どうしょうもなくシンプルでそれゆえに美しい。


「『頑張ってね、応援してるよ』、か」


 そして完膚なきまでに綺麗で、この上ないほどの応援歌だった。


 この世の全てに対する応援歌。


 曲は終わる。祭りは終わらない。

 アンコール。曲はまた始まり、熱気は冷めない。


「……帰りましょうか」


 リリアンがそんな事を言う。

 あたしの昔話を知ってるから、この景色が嫌いだって知ってるから。


「もう少しだけ見ていかない?夕陽をさ」


「……この景色が嫌いなんだと思ってました」


「うん、そうだね。嫌いだよ、逆恨みみたいなもんだけどね」


 どうしても思い出してしまう。

 勝手に諦めて、勝手に立ち止まった自分を。


「でも今はそんな気分なんだよ、下の賑やかさをBGMにでもしてさ」


 ありきたりな言葉だけど、陽はまた昇るのだ。

 あたしも応援してみよう。それは沈む太陽がまた明日も登れるように、今日も月が輝けるように───もう少し。

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