第147話 前略、クライマックスと本気と

 日が暮れていく。

 ゆっくりと色を変えていく。苦手な色に…………嫌いな色に。


「あぁ!なんてことを!私が最初にこの世界にくるハズだったのに!」


『突如現れた女は語ります、リッカがこの世界に来ることになったその原因を。どうやらこの女、この世界の異能をもって異世界を征服する為に、一度死のうとしたようです』


「そんのこと言われたって……」


『リッカの曖昧な記憶が蘇ります。そう、確かにリッカは落ちてくる星からこの女を庇い、死んだのでした』


「さぁ!あなたがコッチで得た力は返してもらおう!」


『リッカが得た力……人との繋がりや絆は失われ、人々の記憶から消えていきます』


「それでも……」


『それでもリッカは膝をつきません。この異世界は良いものだと知っているから、人々の記憶から消えるとしても征服などさせるのかと立ち上がります』


「なんにもなくたって!あたしはいつだって!この拳一つで解決してきたんだっ!」



 我ながら自分勝手な悪役だ。逆恨みにも程がある。

 それに引き替え、あたしの友達はなんて格好いい。

 お芝居で、作り話で、陳腐で、それでも格好いい。


 あたしもそうなりたい。でも……


「今はそんな事、どうでもいいや」


 自分にだけ聞こえるように呟く。

 うん、どうでもいい。楽しもう。




 グッと身を屈める、耳を済ませば声が聞こえる。


「いやー、面白かったけどもう終わりか」

「最後も一撃で終わりだろ」

「ナレーションの娘が……」

「ま、子供騙しだったな」



「せーーーー」


 屈めた身体。リッカの目が一瞬閉じる。


「のぉっ!!!」


 それを合図に飛びかかる。全力の……全速で!

 

「それで本気?」


「まさか、準備運動みたいなもんだよ」


 挑発するような口ぶり。

 渾身の蹴りは、腕を盾にして防がれている。まさかこんな普通に対応されるなんて。


「あっそ。じゃあ……コッチの番っ!!!」


 もう片方の手が拳として振り抜かれる。


「っ!って!」


 それを重ねた手の平で防ぐけど、衝撃を吸収しきれずに吹き飛ぶ。今度はお芝居じゃなくて本気で。


「「「うぉぉぉーーー!!!」」」


 おそらく観客も理解した。この戦いが本気だって。


「おいおい……演技じゃないのか?」

「いや、演技だろ……演技かなのか?」

「バカだな、これはマジだろ」

「どーでもいーけどよぉ!負けんなよセツナぁ!」

「リッカちゃんはか弱いんだ……!こんな野蛮なこと!」


 誰だあたしの応援してるの。

 いや、一応演技だよ?最後にはちゃんと負けるつもりたしね?


「でも、ちょっと勝ちたい気持ちもある」


 リリアンを除いて、素手で戦うなら一番強いんじゃないかな、多分。

 武器を投げ捨ててからの方が強いとか、もう意味が分からないけどさ。

 まぁ、それならそれで越えがいがあるというもんだ。


 吹っ飛んで、壊したセットから這い出る。

 多少痛むけど、問題なし。タフなのは異世界人だけの特権じゃない。

 

「まだまだこれからっ!」


 自分の成長を確かめる為、また踏み込んだ。




「せっ!っと!」


 足刀は躱され、そのまま逆の足で放つ蹴りはいなされる。

 こちらも拳を捌き、手刀や掌底を止める。


「あぁ、もう!速いなぁ!」


「セツナは大振りすぎるんだ!よ!」


 そりゃそうだ、リッカと違ってあたしは蹴りが主体だから。

 理由としては、スキルの問題もあるけど一番は威力。手っ取り早く武器とよべるものにするには、拳よりも蹴りだ。


 速さにはちょっと自信のあるあたしだけど、リッカの腕や足を掴めない。

 突きも振りも速いけど、それを手繰る……というか、元の位置に戻すのが速い。


「ホントに、勉強になる、よっ!」


 お互い素手。ヌルい攻撃はその部位を掴まれる事になる。攻めも守りも気は抜けない。


「がんばれー!セツナおねーちゃん!」


 誰だ演劇中だというのにあたしを応援するのは。

 一瞬振り返る。幼い声の正体は、いつだかの宣伝中に助けた女の子。


 あんまり良い事をじゃないけど、身体の向きは変えずに手を振る。

 応援されるのは悪くない。もっと盛り上げないとね。


「……って、マズイね」


 踏み込むのをやめて、後ろに飛ぶ。嫌な予感がする。


「へぇ、やるねっ!」


 着地して、お腹をさする。

 得意げな顔。あのまま踏み込んでたらトラウマが再現されてたみたい。


「可愛くて強いなんて……リッカちゃん……いや、リッカ様……」

「推せる……」

「俺もぶん殴ってほしい……」

「ピアノを弾く姿も美しい……」

「なぁ、セツナの奴あんな強かったのか?お前より強くね?」

「……ぬぅ」


 もはや本当にお祭りといえるまでに温まる会場。あたしもその熱にやられそうになる。

 あたしにいろいろ言ってる炭水化物共はいいとして。

 誰だ、さっきからリリアンにラブコールを送ってるやつ。もし近づきたいなら、まずはあたしを通してからにしてもらおうか。

 

「アレやんないの?あのヒドイ名前のやつ!」


「…………?……あぁ、セツナドライブのこと?まぁ、リッカには、あたしの世界の言葉は難しいかな」


「セツナの世界には良い言葉がいっぱいあるのに、あんなになるなんて不思議っ!あたしの必殺技は格好いいもんっ!」


 久しぶりにネーミングセンスについてダメ出しされた。一応言っておくと、それなりに傷ついたりする。

 セツナドライブは使えないけど、あたしには鍛えてもらった速さがあるし、それ以外にもいろんな人にいろんなものを教わった。


「期待しとくよ!」


 振る振る振る。いなされ、弾かれ、躱される。

 破損するほど強く踏み込んで、しっかりと固定した軸足と折りたたみ、解き放つ渾身の回し蹴りも当たらなければ意味がない。


「使うまでもないかなっ!」


 コッチもただやられる気はない。

 多少の被弾は仕方ない。致命傷を避けながら、攻撃のチャンスを待つ。


 もし身体を掴めれば、ポムポム式の関節技を使えるけど、相手はそんな間抜けじゃない。

 ならもう一つの方を試そうにも、アレは武器を持った前提でしか練習をしてない。


「なら……コレで!」


 距離。とりあえずなんにせよ一時的でもつなぎとしてでも距離をとれ。

 セツナドライブは使えない。だけど、そうじゃなくたって───


「速さには自信があるんだよ!!!」


 もう全身に疲労が溜まってきてる。そう何回もできないけど、全力全速で。

 走り、直前の一歩を渾身の……刹那の踏み込み。そこから繰り出す、必殺の回し蹴り。


「いっ……つぅ……!」


 反応された、でもガードの上からでも十分にダメージは入ってる。

 なら!後はそれを繰り返すだけ!


「……って対応早くない?」


「当たり前でしょ!痛いんだからっ!」


 距離を取りたいのに、リッカがピタリとついてくる。

 後ろに跳べば跳んだ分だけ、ピッタリと。


「マズイね……」


 この距離はダメだ。

 近すぎる、蹴りの間合いじゃない。


「もう助走はとらせないからっ!」


 助走封じはあたし封じと同じ。あらゆる動作が封じられる。


「なら覚悟、決めますかぁ!」


 避けられないなら、前に。

 どの道、もう後退の選択肢はない。なら、行け。


 打つ。何度もくらって分かりかけてきた。

 この腕をひく速さ、打ち込む時の回転。また一つ前に進んだ。


「あっ……と」


 一歩。距離ができた。

 これで最後にしよう。コレが防がれたら、あたしの負けで演劇を終わろう。


「いくよ」


 一歩下がったその身体を追うようにうつ掌底。

 これは躱される。そのままもう一歩引かれて。


 打ち込みと同時に踏み込んだ足を軸に回し蹴り。

 これも躱される。上半身の動きだけで、巧みに。


「───せいっ!」


 そして本命。まだふわりと浮いた身体。

 足の着地と共に身体全体を捻り、後ろ回し蹴りの要領で最後の一撃を。


「あぁ……もう。届かないかぁ……」


 リッカがいない。でもすぐに理解する。


「いっけぇぇぇっ!!!」


 屈んだ体勢から繰り出された正拳によって。


 それももう、本当に美しい一撃だった。

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