第149話 前略、打ち上げと明日の約束と、後略

「えぇ〜それでは本日の素晴らしい演劇と、楽しい音楽。そしてなによりそのステージをつくった皆様と……」


「「「かんぱ〜〜いっ!!!」」」


 知らない人の長ったらしい挨拶を遮り、乾杯の音頭がとられる。

 ぶつかるグラスが子気味のいい音をたてる。


「きっとこの一杯の為に生きている……!」


 喉を突き刺すような痛みの感覚が、脳を貫くような冷たさが、その後に流れる果実の甘みが。

 その全てが今日の苦労が報われた事を教えてくれる。


「さぁて、何から食べようかな」


 ホント、いや本当にお腹が空いてた。

 リリアンもリッカも酒場の真ん中で囲まれてる、あたしは端で一人。


 別にハブられてるわけじゃない、ただ邪魔されずに食べたいだけ。

 ただ一人で食べるのも味気ないし、雰囲気は味わいたいのだ。


 んー、やっぱりお肉だよね。

 美味しそう、肉の脂が本当に宝石かなにかのように見える日がくるなんて。


「いっただっきまーす!」


 手が汚れるのも気にせずに、丸焼きにされた子豚のような物を、フェーク片手にかぶりつくことにした。




「…………最近はいつもなにか食べてますね」


「ん?ん、ん、ん……んっく。そうかな?」


  口の中に放り込んだ赤身の肉を呑み込む。もうテーブルには殆ど料理は残ってない。


「まぁ、育ち盛りだからね、お腹が空くんだよ。それよりアッチはいいの?」


「えぇ、もう一生分撫でられました」


 揉まれ撫でられで乱れた髪を直しながら、リリアンは言う。

 不快そうな顔をしてないということは、そうゆうことなんだろうな。


「これもどうぞ」


 リリアンが差し出す皿には揚げ物。

 …………エビ、かな?エビかぁ……この世界のエビってなんかアレのイメージがあるんだけど。

 ひたすらにカロリーを欲しているあたしの身体は、理性の静止を振り切り、その皿を空にする。


「全然足りない……」


 リリアン……というか異世界人はよく食べるけど、今のあたしはそれより食べれそうな気がする。

 今もこんなに食べたのに、飢えて倒れそう。


「あたしの勝ちぃ!」


「「女王!女王!」」


「んん?」


 酒場の真ん中で、大きな歓声が上がる。

 リッカだ。テーブルの上に立って勝ち誇った表情で笑っている。


「そんなに空腹なら、参加してきたらどうですか?」


「なにしてんの?あれ」


「どちらが指定の料理を早く完食できるか、それを競っているみたいですね」


 まさかのフードファイトである。

 やれやれだよ。本来ならあたしがリリアンをこうゆう場に連れ出すハズなのに、今回はこうなるのか。


 人混みは苦手なんだけど、たまには悪くないか。空腹を満たすためには仕方ない。

 つまらない言い訳をしながら、酒場の中心に歩く。


「さぁ!もう挑戦者はいないのかな?」


「いや、いるよ」


 じゃあ、競技を変えてリベンジといこうか。


「おぉっ!セツナいたのか!」

「こんなにも早くこの二人の戦いがみれるなんてな!」


 歓迎されてる。

 悪くない、期待に応えるとしよう。


「2連勝、いただくよっ!」


「悪いけど、負ける気がしないね」


 


「んー……腹八分目、かな」


 これから数十分後。あたしに破れ、折り重なった約十人分の屍をみながら呟く。

 初めて異世界人にこんな圧倒的な勝利をしたかもしれない。

 

「ささっ!新女王、コチラをどうぞ!」


「ん、ありがと」


 酒場のお姉さんから、飲み物を受け取る。

 ちょうど喉も乾いていたので、それを一息に飲み干して…………




「楽しい、ですね」


 屋根の上。

 ここには私しかいない、だけどそれを口に出して伝える。自分の胸の内ににいる人に。


『リリの口からそんな言葉が聞けるなんて、死んでからも生きてみるもんだ』

 感謝しています。台本外の状況で助言をくれたり、他にも。

『やだなぁ、あーしとリリは一心同体。そんで妹みたいに思ってる、手伝うのは当たり前でしょ?』


 姿も形も見えないけど、きっと笑っている。得意げな表情がありありと浮かぶ。 


『こっからどーすんの?』

 ふむ……リンゴ狩り、でしょうか。

『そーゆーこと聞きたいんじゃないよ、セツナンの事だよ。そろそろ告っとく?イヒヒっ!』

 ……残念ながら、そんな大胆さは持ち合わせていないので。


「それにまだ「お〜〜い、リリア〜ン」


 …………なんでしょう。とても、とても間抜けといいますか、緊張感のない声色で名前を呼ばれた気がします。


『お、セツナン』


「とっ、とっ、とっ」


 おぼつかない足取りで、屋根へとかかる梯子を手も使わずに登るセツナが。

 

『なんか持ってるね』

 本当に、危なっかしい人ですね。


「ほっ!っと……おわぁ!?」


 登りきったのは良いものの、今度は私の前でバランスを崩すセツナ。

 グラス?でしょうか、中に液体が入ってるのが分かる。


 さて、どこを掴みましょう。

『胸ぐらでいいんじゃん?下手に手をとって服にかかったらやだし』

 それもそうですね。


「えへへ、溢れなかった」


『セツナン、なんか可愛い顔してる』


 やや乱暴な手付きになってしまったが、結果的にはセツナは落下せずにすんだので良しとしてもらいましょう。


 しかし、なんでしょう。やや突飛な行動が目立つ人ではあったのですが。今はなんといいますか、ふわふわしてますね。

 頬も赤みがかっていて、力の入ってない……いいえ、だらしない笑顔を浮かべている。


『……酔ってるね、セツナン』


 なるほど、慣れないアルコールで思考が正常な状態ではないというわけですね。


「なんかさぁー、すっごく美味しいのもらってさぁー、リリアンにもわけてあげよーってさぁー」


「……えぇ、ありがとうございます」


 普段とは違うケラケラとした笑い声をあげながら、片方のグラスを差し出してくる。

 それを受け取りながら、まずは感謝を伝える事にしましょう。


「あ゛ぁー!負けるつもりなかったのにぃ!……特訓しなきゃ!」


『急に叫ぶな、セツナン。情緒がおかしいのはいつもか』


「げっかそーてんっ!」


『それやめっ!あっ!』


 飛び上がり、そのまま着地……はできませんでした。

 セツナは屋根を突き破り、酒場の中へ落ちていきます。


「おい!セツナ降ってきたぞ!?」


『いい気味!人の黒歴史をほじくりやがって、許さん』

 黒歴史?

『あれはあたしがリアルでマジな中学生の時に考えたんだよ、コッチにきてなんか叫んじゃってぇ……それがリリを通じてセツナにまで!』

 落ち着いて下さい、メッキが剥がれてますよ。

『落ち着いてられるかぁ゛ーー!』


 自分の内側から溢れる、とても汚い叫び声を無視するために、グラスを傾ける。


「……やはり酔ったりはできませんね」


 この身体はアルコールも毒と分類するのか、いくら飲んでもあんな酔い方はできない。

 

「それでも」


 きっとこのグラスには、液体と優しさが入ってる。

 なら残すわけにもいかない。もう一度ゆっくりとグラスを傾けた。




「……まだちょっとふらつくかも」


「もう休みますか?」


「さっきまで寝てたから大丈夫」


 一時間ほどたって、もう一度屋根の上に登ってきたセツナ。まだ少し顔が赤い。


「??」


 空になったグラスを渡し自分の手を沈める。ここではない、別の空間に。


「どうぞ」


 水差しを引き抜き、中身をグラスに注ぐ。

 この空間も引き継いだものですが、不思議な空間。中に入れたものは劣化しないし、おそらく無限にものが入る。


「あぁ、お水。ありがとね」

 

『おぉ……間接的なチッス……!』

 …………そんな言葉で揺らぐ私ではありません。


「なんていうかさ、ありがとね。今回も助けてもらっちゃったよ」


 セツナはよく『ありがとう』と言う。

 人に感謝することに躊躇いがないのでしょう。


『人間は大人になると『ありがとう』と『ごめんなさい』が言えなくなるのさ……』

 そういった経験が?

『享年十代だからないけどね!いひひ!』


「リリアンも楽しかった?」


「えぇ、もちろんです」


 簡単に謝って、簡単に感謝して、簡単に人に弱さを見せるクセに、どうしょうもなく誰かの為に一生懸命で。

 あんなにも不安定で、私を苛立たせたこの心から目が逸らせない。


 セツナ、きっとあなたとなら私は変われるんです。

 そしてあなたを変えたい、あの人よりもあなたを理解して、あの人よりも永く、近くそばにいたい。


「明日二人でどっか行こうか、打合せ二日目みたいなさ。お礼も込めて、なんでもやるよ」


 人を好きになるには理由が必要です。

 だから分かりやすいものが欲しかった、昔読んだ物語のように、劇的に命を救われるような。


『リリ!渡りに船ってヤツきた!慎重に、慎重にいこう』

 えぇ、慎重にですね。


「なんでも?」


「うん、あたしにできる事ならね」


「そうですか」


『確か……お菓子屋が新作をだすとかなんとか……ってセツナンなんか甘いもん食べれなくなってんじゃん!』

 ……お静かに。

 

 心の奥に封をする感覚。

 ほんの少しの間、静かにしてもらいましょう。


「なら……デートをしましょう」


「デート?明日?」


「はい、明日」


「んー…………りょーかい。何時に出ようか」


「待ち合わせをしましょう。そうですね……正午前、十一時に時計塔で」


「おぉ、デートっぽい」


「私は三十分前にいるので、ピッタリに来てください」


「なんで!?」


「今来たところ、と言ってみたいんです」


「おぉ……デートっぽい?」


 

 それから少し話して、セツナはさっきの穴から酒場に降りていく。


『随分シンプルに誘ったね。でも多分、アレは普通のお出かけと変わんない感じだよ』

 回りくどく言っても、それこそ伝わらないと経験で知っているので。単純に、分かりやすく、本気でいきます。

『ラブコメの波動を感じる』

 鈍感系主人公なんて、今更認めません。

『でもセツナン曰く、みんな、みんなの物語の主人公らしいよ?』

 

 もちろんその考えを否定する気はない。

 だけど、私は私の物語になんか興味はないんです。


 私はどうせなら、セツナの物語のヒロインになりたいです。

『なるほどね、でも人を好きになるには理由がいるんじゃなかった?』

 えぇ、でも、そんな事言ってたらいつまでもこのままですから。

『リリもあーしも強いからね』


 えぇ、だから、一歩踏み出すことにします。もし足らなければもう一歩。

 

 厚意を受け取れても、好意を受け取れないあなたへ。

 人のそういった感情から目を逸らし続けるあなたへ。


「セツナ、今からあなたに恋をします」


 本当の恋は、ここから始めましょう。

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