第146話 前略、演劇とクライマックスと
「あっれぇ〜〜おっかしいなぁ。さっきお星様が落ちてきて、あたしにぶつかって……」
『見慣れない景色。少女は周囲を窺いながら立ち上がります』
「もしかして……死んじゃったのかな?天国にしてはつまんない景色。ここは……別の世界なのかな?」
『どうやら少女は死んでしまったようです。ですが驚異的な理解力を発揮し、ここが元の世界とは違う……いわゆる異世界だと気づきました』
「ま!なんとかなるか!」
『そして持ち前の前向きさで、とりあえず異世界を歩くことにしました。このお話は、よくある異世界転移に巻き込まれてしまった少女、リッカが拳一つで全てを解決する。そんなよくあるお話です』
いや、ねぇよ。
書いといてなんだけど、あたし以外にあってたまるか。
「わーっ!なんか変なものばっかり!」
『見慣れない景色にリッカの心は踊り、その足取りをより軽くします』
リリアンのナレーションに合わせて楽しそうに、踊るように舞台を歩く。
「わざわざ機械なんかで持ち上げちゃって、魔術で持ち上げればいいのに!あっ!アッチの建物もおもしろーい!どうやって建ってるんだろ?」
さて、そろそろあたしの出番だ。これから忙しくなる。
着替える、そして明るい色のウィッグをかぶる。ありきたりだけど、不良的なイメージならこれだ。
「だからよぉ!金あんだろちょっと飛んでみろやぁ!」
舞台の端で一人、壁に向かって手をつきながら叫ぶ。
一応、男役。あたしはもともと声が高いわけでもないし、ギリギリ許容範囲だと思いたい。
「なーにしてるんだろ?」
『散策を続けるリッカは恫喝の現場を目にしました、同時に声を荒げる不愉快な男の声が耳に入ります』
「ねーねー、なにしてるの?」
「あぁん!?俺の縄張りに入った奴から通行料取ってんだよぉ!」
当たり前だけど、こんな不良はいない。
なんかコイツが悪いやつだと分かってくれればいい。
この後の流れは簡単。あたしがリッカに襲いかかり、返り討ちにあえばいい。
「おめぇも見ねぇ顔だな、なら通行りょ「ドーーンっ!」
「ああぁぁーーーーっ!?」
早い!早いよ!台本では言い終わってからなのに!
あたしの渾身の不良は台詞を言い終わる前に、掌底により吹き飛ばされる。
「ぐふぅ……」
完全に警戒してないタイミングで吹き飛ばされたので、大分足にキテる。マズいな、まだ一発目なんだけど……?
観客は、あたしがあまりに素っ頓狂な声をだしながら飛んでいったからか、笑ってくれている。
そう考えると、あのアドリブはありだったかもしれない。テンポも良くなるし。
でも、次からは警戒しなきゃ。そして──
『男を一撃で吹き飛ばしたリッカは、そのまま絡まれていた女の子を助けます』
そしてリリアンは台本に忠実すぎる!
派手に飛んだんだからもう少し余裕を……って、言ってる場合じゃないか!
「た、助けてくれてありがとうございましたぁ……」
急いで反対側に周り、ウィッグを変えて着替える。
あたしの力が速さに依っていて本当に良かった。
「いいっていいって!当たり前の事しただけだし!」
『リッカは奴隷の少女に、ここに来た経緯を話します』
…………ん?今更ながら、なんであたしの世界がモチーフなのに奴隷なんているんだろ?
そしてなんで不良は、奴隷からカツアゲしてたんだろ?
女の子を助ける。ってうシチュエーションを作りたいが為に、ちょっとおかしな事になってる。行きあたりばったりすぎる。
「おい、異世界にはまだ奴隷制度があるらしいな」
「野蛮な世界だな、だけどスカッとしたぜ!」
「リッカちゃん……あんなに輝いて……」
「見たか聞いたか?セツナの奴派手に飛んで行ったぜ」
「ナレーションの娘が可愛いぃ……」
「話が無理矢理すぎる……」
「あの子さっき飛んでった子だよな?」
なんか知り合いが、あたしが飛んでった事を楽しんでたような気がするけど。まぁ良しだろう。
あたしもこのあたりはまだマトモな台詞がある。まずはそれを言い切ろう。
「まぁ!別の世界から来ただなんて!リッカさん……いえ、リッカ様は神の使いに違いありません!」
「う〜ん……そう言われてみればそんな気も……」
いや、ねぇよ。
もうちょっと疑問に思え、この軽さ、異世界人かな?異世界人だった。
とりあえず、いつものように自分が台本を書いた事を棚に上げて劇を続ける。
「その素晴らしいお力!世のため人のために使うべきです!さぁ、世直しに旅に出掛けましょう!」
「よぉーーーしっ!いっちょやったるかぁ!」
旅立ちの理由かっるいなぁ!?
いやさ!書いたのはあたしなんだけどさぁ!大丈夫かな……今更ながら脚本的な意味でみんな離れていっちゃうんじゃ……
「「「まぁ、力があるなら世直しするよな」」」
良かった異世界で!
ちょっとアレな理由付けも受け入れてくれる!
『かくして、リッカの世直しの旅は始まったのでした』
リリアンのナレーションで、あたしとリッカは別々の方向にはける。
そしてリリアンが演奏を始める。台本を読むすぐ隣に運んでおいたピアノで。タイトルは『異世界演劇のテーマ』。
さて、オープニングはこんな感じ。後はあたしの身体が最後までもつかなんだよなぁ。
「やーーっ!」
「へぶっ!」
「凄いですリッカ様!」
『東に盗賊がいればこれを成敗し』
「せいっ!」
「ぎゃーーっ!」
「さすがですリッカ様!」
『西に山賊がいればそれも成敗し』
「えーいっ!」
「リッカ様!リッカ様!」
『北も南もこれこのように。リッカの快進撃は止まりません』
「いやぁー、にしても助けた女の子が王様の娘で、そのお礼にいっぱいお金とかもらっちゃうなんて!」
「さすがですリッカ様!道中でついでにドラゴンを倒したせいで、どの街でも崇められてますし、無敵ですね!」
その背景で何度もあたしが吹き飛んでること、そして女の子役でリッカを持ち上げに帰ってきてるのは言うまでもない。
そしてまた場面が変われば吹き飛ばされるのだ。あぁ、無情。
でも観客も楽しんでくれてるみたい。
さっきから笑い声が止まらないし、いろいろと盛り上がるってる。あたしも飛びがいがあるというもんだ。
「んん?」
リッカとナレーションだけの時間。あたしにも少しだけ余裕ができた時間。
なんだか……なんだか随分と懐かしい奴らがいる。
「なにしてんの?悪巧み?」
「「「あぁ!お前は!?」」」
なんとも懐かしい、二度ほどしばき倒した山賊達じゃないか。
最後にあったのはあの遺跡か。そんなに昔ってわけじゃないけど懐かしく感じる。
…………ふむ。
「今暇?」
「暇じゃねぇよ!友達感覚で聞くんじゃねぇ!」
「もう友達みたいなもんでしょ、暇なら演劇に出てかない?舞台上であの娘に襲いかかってくれればいいからさ」
「アイツにもボッコボコにされてんだよ!俺達は!」
あぁ……そういえばそうだったね。そんな事もあった。
しかし意外と拒否されるな。スキルをくれたり、そこそこ分かり合えたと思ったのに。
「だいたいなんでお前らの……ひぃ!?」
ん……?何に驚いてるんだろ?
山賊達の視線の先には、舞台……もといリリアンぐらいしかいないけど?
「頼むよ、ちょっと変化がほしいところなんだよ」
「「「…………」」」
三人揃って黙り込む山賊。
別にそれがなくても問題はないけど、まだまだ楽しんでもらうため、マンネリを解消したい。
「ちっ!分かったよ!」
「めんどくせぇ~なぁ!」
「なんだってこんな名前も覚えらんねぇ奴に協力なんて……」
口々にグチグチと言いながら、舞台に歩く山賊達。
やっぱりこの世界の住人、いい奴らである。
「じゃあ頼んだよ。マンティッロ、ディーボ、プリモン」
あたしもあたしで次の準備をすることにした。
「えっ誰?」
「「「んだとぉ!忘れたとは言わせねぇぞ!」」」
『…………なんということでしょう。突然あらわれた山賊達がリッカに襲いかかります。山賊達の口ぶりから、出会った事があるのでしょうが、リッカは面識がないようです。きっと取るに足らない出来事だったのでしょう』
おぉ!特になんも言わなかったけど、リリアンが若干トゲのあるアドリブを入れてる。
中の人のおかげだろうか、何にせよグッジョブだ。
『さぁ、山賊達、リベンジの時です。今こそあの連携合体奥義を……』
「「「ねぇよ!んなもん!!!」」」
ギャァァァーーー!!!!!
言い終わるやいなや、山賊達は星になる。その勇姿をあたしは一生忘れないだろう……
「おいおい……これもしかして自由参加形か?なら俺らも行かねぇか?」
「そんなわけないだろ、セツナが書いた脚本だぞ。そんな行きあたりばったりなわけが……」
「演劇!出たい!」
「わたし達!アッチ!」
「ちょっと待て!二人とも!」
「おっしゃ行くぜぇ、本物の悪役って奴をみせたらぁ」
会場の盛り上がりに紛れて、なんとも見覚えのある炭水化物達がステージに上がる。
突然の乱入に混乱する舞台上。さらに盛り上がる観客達。
「……なんか、楽しくなってきた!」
そうだよね。うん、これくらい滅茶苦茶な方が楽しいに決まってる。
あたしも着替えてリッカ達の方へ、パンとナンもコッチ側らしい。
「おうおう道行くねーちゃん達よぉ!金目のもんを置いとけやぁ!」
「お前チンピラ上手いな」
ライスのあまりにも自然なチンピラに、つい台本外の事を喋ってしまった。
ミェンの申し訳無さそうな顔に、気にするなと手を振る。
その後二人は吹き飛ぶ。本当にぶっ飛ばしてると思わなかったのか、最初のあたしのような声をだしながらぶっ飛ぶ。
そんなこんなで、イレギュラーと若干のトラブルをのせた舞台は、ちゃくちゃくとクライマックスに向かう。
「さて、名残惜しいけどそろそろだね」
「うん、セツナ。身体は大丈夫?手加減はしたんだけど……」
「問題ないよ。結構頑丈だからね、あたしは」
「そっか!なら、最後はホントーの本気でいくからねっ!」
「とーぜん。手加減なんかしたら、勢い余ってあたしが勝っちゃうから」
一度、軽く拳を合わせて、別々の方向へ。
どんな物語にも終わりがあるように、この物語も終わる。
この愛とか勇気とかが入ってるかは分からないけど、いろんな人の協力は確かに入ってる物語は終わる。
なら、せめて。終わるならせめて、派手にいこう。
精一杯、最後に最高だって言えるように。
『この戦いをもって物語は終わります。リッカの最後の戦いを、皆様どうか見守って下さい』
もう、着替える必要はない。
あたしこそ、手加減したら一瞬だからね。一番動きやすい格好でいこう。
最後のシーンの演出は簡単。
それではどうか、ご覧あれ。
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