第145話 前略、本番と開演と
「あわわわ……」
「──でさ、今朝古着屋のおばちゃんにいっぱいもらって着込んできたんだよ。そこでボロ布も用意してきた」
「ボロ布?何に使うつもりですか?」
「あわわわわ……」
「奴隷役かな」
「ふむ……台本を読んだ時に言おうと思ったのですが、未だに奴隷制度が残ってるだなんて、なんともおかしな世界ですね」
「あわわわわわわ…………」
「いやいや、少なくともあたしの国にはないよ。でも流行ってるんだよ、異世界と奴隷の親和性は抜群みたい」
「世も末ですね」
「だね」
「もうっ!なんで二人ともそんないつも通りなのっ!」
昼もとうに過ぎた微妙な時間。
ブオン、とリッカの両手が空を切る。
今更なんだって言うんだ、コッチは最後の衣装合わせ中だっていうのに。
「いやね、リッカ。さっきからどうにも、あわわ……って女の子の声みたいなのが聞こえるんだ。もしかしてここって霊とか……」
「でないよっ!それあたし!」
なんだ、良かった。
真っ昼間から堂々とでてくる霊とか、普通に怖すぎる。
「お客さんいっぱいだよっ!」
まぁ、そりゃ……呼んだからね。
「良かったじゃん」
「き、緊張するんだよっ!」
カミカミである。
んー、確かにさっき見た時はそうでもなかったけど、随分と賑やかになってきたしね。
「どれどれ…………おぉっ!」
隙間から広場を覗く。なんとそこには……
「リリアン、屋台みたいなのもでてるよ、なんか買って食べよ……」
「どうぞ」
相変わらず、仕事が早い。
リリアンの手には、爪楊枝に刺さった……たこ焼き?かな。まぁ、中身がタコかは分からないけど。
「ありがと」
爪楊枝を受け取るのも面倒だったので、そのまま口に入れる。
中身は……なんだろ?タコ……違うな、もっと弾力のある……まぁいいや、美味しいし。
たこ焼きにとって大事なものは中のトロみである、外側も具も大した問題じゃない。
「んー、ソースやマヨネーズっぽいものがある時点で、いい異世界だよね」
中身のなにかを噛み締めながら思う。
早く馴染めたのも、似たようなものが多いおかげだろう。今更ながら。
「布を増やしましょう」
「やっぱり?」
ギリギリを攻めて見たんだけど、不健全か。
なら急いで継ぎ足すか、幸い針も糸もあるし。
「リッカ、いつまであわわ……ってしてんのさ」
ペシッ、と後頭部のあたりを軽くはたく。
どんなにビビっても人は減らない、減らさせない。
屋台もでてるし、もはやちょっとしたお祭りみたいになってる。
しかし、我ながらよくここまで集めたもんだ。あたし一人の力じゃないけど、頑張って良かった。
「んじゃ、先に出て場でも繋いでるよ。震えが収まったらでてきなよ」
まぁ、気持ちが分からないでもないけどね。
あたしも本来はかなりの小心者だし。震える感覚は身に染みてる。
「んー……一応言っておくとさ」
ふと、思い出す。大体去年のこと。
主役を押し付けた後輩も似たような状況だった。
なら同じ言葉を送ろう。ありふれた、それっぽい言葉を。
「別に失敗したって死ぬわけじゃないし、もう少し気楽にやったら?ガッカリさせたなら、また明日から頑張ればいいし」
うん、言っちゃえばたかが演劇だ。
命の危機はないし、刺さるのは視線だけだ。
「それにここにいる大半の人は、凄い演技を期待してるわけでもない。あたしにも、リリアンにも、もちろんリッカにも、大した期待はしてないよ」
「それって!」
「まぁ、だけど……あたしは期待してるよ。あたしの友達は凄いんだぞってみんなに教えてあげたい」
後輩も友達も変わらない。
頑張ってもその芽がでないなら、機会をあげればいい。
それだけで、大体はどうにかなる。
「ん?もういいの?」
小粋なトークで場を温めるつもりだったのに、リッカが隣にいる。その手にも足にも震えはない。
「うんっ!あたしも友達にそう言われちゃったら黙ってらんないよ!」
「そっか、なら行こうか」
前に言った時は、『無責任な事言わないで下さいっ!』って怒られたもんだけど。
アイツも今のリッカもなかなか良い表情をしている。悪くない。
「ありがとね、セツナ」
「お礼は終わってからでいいよ」
「今言っとく!セツナを見てたり聞いてたりしたら大丈夫になった!やっぱり人の心は鏡だねっ!」
「人の心?鏡?」
んー、リッカにしては珍しい言い回しだね。
「うん、だって楽しい人といると楽しいし、慌ててる人といたら自分も慌てちゃうじゃん!」
あぁ、なるほど。
わかる気がする。あと、なんかに使えそう、覚えておこう。
「あれ、のわりには震えてるね」
「やだなぁ、セツナ。これは武者震い。さーて!ガンガン吹っ飛ばすぞーっ!っての!必殺技で!」
「…………お手柔らかにね?」
忘れてるのかもしれないけど、吹っ飛ばされるのはあたしである。最悪死ぬぞコレ。
あたしの心配をよそに、リッカはステージに走る。
上がる歓声、どうやら歓迎されてるみたいで良かった。
「では、行ってきます」
「うん、頑張ってね」
リッカが開演を告げ、もとから簡易で大して意味もなかったライトを切る。
『これは誰にでも起こりうる、ちょっと不思議な物語───』
場は静まりかえり、落ち着いた声が響く。
あたしたちの演劇が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます