第142話 前略、魔物と炭水化物と
「おーらい、おーらい……」
前略、お父様 お母様。あと妹。
春の爽やかさもとうになりを潜め、夏の風が吹き始めた頃。いかがお過ごしでしょうか。
私は元気にしています。
どうにも勝手の違う異世界ではありますが、優しさや温かさに溢れた人が多く、今日も生きています。
今は、こちらでできた友達の為に演劇をすることになりました。
なんとも不思議な話ですが、事実は小説よりも奇なりとは良く言ったもので、全てが真実です。
その一環としまして、私は今───
「せぇ──のっ!」
魔物を蹴り飛ばしています。
「セツナ!そっち行ったぞ!」
「りょーかい、任せて!」
今日も私のハイキックは冴え渡り、異常発生した魔物を蹴散らします。
「セツナ!セツナ!」
「コッチも!コッチも!」
さて、まだまだ伝えたい事はありますが、出会って数時間の冒険者達が私を呼ぶので、このあたりで締めようと思います。
近く帰ることになるので、その時は沢山の土産話を持っていきます。
それまでどうかお身体に気をつけてお過ごし下さい。
草々
弓を手にした、双子の女の子が大きなニワトリのような魔物を追いかけてる。
飛びかかり、頭に回し蹴りを叩き込む。よろめくニワトリに矢が突き刺さる。
「んで、ドロリと」
絶命と同時にニワトリの身体は溶ける。
ニワトリだったそれは、今やグロテスクな粘性のなにかに変わる。
久しぶりに、ドラゴンを除けば本当に久しぶりの魔物退治。その死体が溶ける事に驚いたけど──
「うわぁっ!っと……」
離れた所で別の冒険者の声。
少し……いや、かなり気になるけど、それは後で聞けばいい。
「今行くよ!」
呼ばれてないけどね!
呼ばれてないけど助けに行く。今は仲間だし、こうゆうのは助け合いだよね。
「んー……まぁ、こんなもんかな?」
目視できる最後の一匹が溶ける。
特に討伐数の決まってない依頼だったし、もういい時間だ。
「討伐!終了!」
「セツナ!ありがと!」
弓使いの双子……パンとナンが駆け寄ってくる。
昨日、酒場で出会った二人。ちょうど宣伝対象を冒険者に切り替えたあたしは、依頼に同行することにした。
この街で冒険者からなんの実績も信頼もあたしが、マトモに依頼を受けられるか心配だった。それが見れるらしいスキルボードもリリアンが持ってるから。
だけど、受付の人があたしの目を見たら、ドラゴンの討伐に参加してた事が見えたらしく、それなりの依頼を受けれた。
「二人もありがとうね。えっと……」
今のパーティーは双子たけじゃない。
少し明るい髪をした、テキトーそうな雰囲気の剣士と目の細い黒髪をもった棒?棍?使いの男達。
この二人とは依頼中に出会った。
最初は同じ依頼を受けたライバル同士で競っていたけど、そうも言えなくなって共闘してたのだ。
「おー、ま、気にすんな。ん、そいや名乗ってなかったな、俺はライスってんだ」
「…………」
「あ?どした」
おいおい、マジですか。
パンとライスが揃っちゃったよ。
あたしも人の名前にどうこう言える名前じゃないけどさ、パンとライスが揃うのは凄い。妹もナンだし。
あたしも一度名乗ったけど、チャパティとかで名乗り直すべきかな。
「パン!パン!」
双子の姉が自分を指差し。
「ライス!ライス!」
妹の方がライスを指差す。
分けて喋る必要はあるのだろうか。いや、あるな、見てて微笑ましい。
「はっはっはっ。そうですね、コイツとパンさんで炭水化物コンビですね」
黒髪の言葉に、意図が伝わったのか双子がキャッキャと喜ぶ。
妹もですよ、とか異世界人が炭水化物とか言うなとか、言いたいことはあるけど黙っておく。
「申し遅れました、私はミェンといいます」
うやうやしく頭を下げる黒髪……いや、ミェン。
ミェン?…………ミェンミェンミェン……麺か……
「お前もか……」
「「「…………?」」」
あたしのチャパティが確定した瞬間だった。
「それなに?」
ライスとミェンは溶けた魔物の残骸に、光る石のようなものを投げている。
「酒場の奴らに回収してくれって信号を出してる石だ。この溶けるやつら回収して、街の魔術師に焼いてもらわねぇとな」
そう言って慣れた手つきで石を投げていく。
あたしも手伝うとしよう。いくつか石を分けてもらう。
「助かる。セツナと双子は走り回るから、大変だったんだ」
「そりゃ申し訳ない」
悪戯っぽく笑うライス。遠慮のない言葉だけど、個人的にはこれくらいの方がやりやすい。
投げながら話を聞く。このおかしな魔物について。
そもそもあたしはマトモな魔物を、犬型のバクバクしか見たことがない。
コガラシで出会ったボス達も、道中でたまにでる魔物もリリアンが見たことないと言う、イレギュラーだけだ。
「そもそも俺達は別の大陸から来たんだよ、稼げるらしいからな」
ここ数年、見たことない魔物が異常な件数で発生しているらしい。
あたしが道中倒した魔物も溶けていたんだろう。
聞けば、この大陸はそもそもが平和なものでほとんど魔物なんて出ないらしい。
それなのに、だ。倒しても溶ける。おかしな魔物が大量発生している。
「んー……確かにおかしい」
「ま、俺等は食いっぱぐれないですむけどな」
それもそうか、平和だと仕事も減るからね。
ならあたしが無理に首を突っ込む事もないか、やる事が増えると帰りにくくなるし。
「セツナ!ライス!」
「コッチも!終わったよ!」
「ん、お疲れ様」
「報酬!五等分!」
「それでも!大金!」
冒険者と言えど、まだあたしよりも小さな双子がはしゃぐ。本当に微笑ましい。
あと、あたしの分はいらないって言ったんだけどな。
「おいおーい。俺の名義で酒場の奴らを呼んでるんだから俺の一人占めだろ?」
「ズルいぞ!ズルいぞ!」
「独占!反対!」
ひとしきりみんなで笑った後、街に帰りながら話をする。あたしの報酬の話を。
「セツナ!セツナ!」
「遠慮は!良くない!」
喋る言葉が少ないので、バランスの悪い話し方の双子。
「別に遠慮してるわけじゃないよ、最初に言ったでしょ?」
優しい双子をなんとか納得させる。
異世界人は優しくて困る。良い事なんだけど、なかなか分ってくれない。
「セツナが剣士なら俺の技を教えてやりたかったんだけど、拳士じゃなぁ」
「…………」
いや、最初双子と会った時は剣士って言ったんだけど、今剣なかったわ。
「んじゃ、セツナの分は俺がもらうと「黙ってろ、ライス」
調子に乗るライスを食い気味に抑えるミェン。
……なんか、この二人の関係っていいな。
「セツナさんの力がなければ、これほどスムーズにはいきませんでした。ですのでぜひ、共に報酬を」
「固い、固いよミェン。仲間だしもっと気楽にいこう。それに報酬ならもらった。いいものを見せてもらったよ」
他の冒険者の技術は大変勉強になる。
ライスやミェンの武器捌きも、双子の奇襲性のある動きは取り入れられそう。
まぁ、それにこれから頼みたい事もある。お金よりも大事な事がね。
「なるほど……では、セツナ。遠慮なく」
「ん、それでよし」
さて、本題に入るか。
「演劇?」
「うん、やるんだよね」
「劇!劇!」
「見たい!見たい!」
「で、報酬の変わりといっちゃなんだけどさ……」
「宣伝を頼みたい、と」
話が早くて助かる。
ついでに見に来てくれると嬉しい。
「最近、酒場で演奏してる娘を知ってる?あの娘も出るんだよ」
「ほーう」
分かりやすくライスの鼻の下が伸びる。
凄いぞ、こんなの漫画でしか見たことない。分かりやすい男だ。
リリアンは予定のない時は酒場にいる。これも宣伝の一環という奴だ。
「その……セツナもでる……のですか?」
「あたし?うん、出るよ。そもそも三人しかいないからね」
リリアンの容姿で釣ろうとしてたあたしに、ミェンが変な事を聞いてくる。
「ミェンも!ミェンも!」
「鼻の下!鼻の下!」
「いやっ!ちがっ……」
さっきと違い双子を追いかけるミェンと、ゲラゲラ笑うライス。なんだこれ。
「なんか良い感じだね、どうせなら四人でパーティーでも組んだら?」
「「パーティー!!良いね!!」」
双子の言葉が完全に重なる。
「だとよ、ミェン、どうするよ」
「どうもこうも、女の子を危険に……」
危険に、そこまで言ってライスがなにか耳打ちする。
「そ、そうだな、うん。パンさん……いや、パン、ナンよろしく頼もう」
と、なぜかあたしの方を見ながらミェンが言う。
なにがあっても君を守ろう。格好いいけど、それは双子を向かって言ってやれ。
「セツナ、どこ行くんだ?」
もう街の入口、あたしは酒場に用はないので工房に帰るのだ。
「セツナ!セツナ!」
「一緒に!行こ!」
その一緒には同じパーティーに、という意味かな。
だとしたらそれはできない。
「ごめんね、大事な相方が待ってるからさ」
「……残念だったな」
ポン、とミェンの肩に置かれるライスの手。
あたしも残念だ、もっと話していたかった。
「セツナ!あげる!」
「干し肉!干し肉!」
双子から袋をもらう。
中を見てみると中には乾燥した肉。これが干し肉か、なんだかんだ実物を見る初めてかも。
「どうしたのこれ?」
「「趣味!!」」
変わった趣味だな、干し肉づくり。パンづくりじゃないのか。
「ありがとう、二人で食べることにするよ」
「それ食って、もっと肉つけねーとな」
「お?セクハラかぁ?」
バシバシ、と背中を叩かれる。あたしも胸のあたりに拳を返す。
もちろん当てるだけ。もし余計な事を言ったらこめかみに全力の蹴りを入れるけど。
名残惜しいけど、炭水化物カルテットに別れを告げ、工房へ向かう。
「ただいま」
「おかえりなさ……なんですか、それは」
「干し肉」
軽く事情を説明して、二人で齧る。
やっぱり日持ちするように作られてるからか、しょっぱい。
「うん、美味しい」
しょっぱいの好きだから問題ない。
飲み込む前に、今日を振り返りながらもう少し噛むことにした。
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