第143話 前略、ご機嫌と失恋と
「ふんふ〜ん♪」
今日のあたしは上機嫌だった。
なぜならいろんな事が順調だから。最初にこうなる、と思ったことが本当にそうなると気分がいい。
「とってもエモーショナルだぞっ!っと」
鼻歌まじりに街を歩く。
そして意味もなく一回転してみたりする。縦に。
「おー!セツナ、ご機嫌だねぇ」
「ご機嫌ですよー!」
道すがら、前に鍛冶依頼を受けたお兄さんに声をかけられる。
周りからもハッキリと分かるくらいには、あたしのご機嫌は漏れ出しているみたい。
「せつなー、明日観に行くよー!」
「もう明日か、楽しみにしてるぞ!」
「なぁ、酒場にいるあの娘とお近づきに……」
「うぉぉっー!!リッカちゃぁーーん!!」
「昨日はサンキューな!明日は良い席頼むぜぇー!」
「おら、持ってきな」
歩くたび、歩くたび、歩くたび。
小さな子供から大人まで、期待してくれてる応援してくれてる。
あたしもこの街に馴染んできた。
リッカの顔を売るのが演劇の目的だけど、それとは別に楽しんでくれたら嬉しいな。
「ん?」
歩いて、話して、笑って。
目的地に向かっていく……んだけど、奥の暗がりに誰かいる?
「んん?」
ただいるだけなら問題ないけど、うずくまって…………ないな。
「なにしてんの?」
「…………」
うずくまってるんじゃない。
道の奥、そして端。そんなきらびやかとは正反対の場所で、カガヤと名乗った優男はよつん這いでいた。
「おーーーい」
「…………」
ダメだ、返事がない。ただの屍のようだ、ってのが冗談にならないくらい顔も青白い。
ぶっ倒れてないし、一応だけど身体も支えられてるから死にやしないと思うけど。
「おーーい、死んでんなら返事しろー、バカヤー」
「…………あぁ……」
お、返事……というには弱々しいけど、反応は返ってきた。生きてるな。
「君は……」
おいおい、覚えてないとは言わせないぞ。
「何日か前にステージに乱入して、自分を殴ったやつの顔を忘れるとは、随分と危機感のないやつ」
「殴……られたか?僕……」
「まさか本当に覚えてないの?よし、もう一発いっとくかぁ」
「あぁ……好きに殴ってくれ……」
…………これはこれで気持ち悪いな。
せっかくコッチが事実を捻じ曲げてまで、元気づけようとしたのに。
どうせ気持ち悪いなら、もっと前向きに気持ち悪くあれ。
「おーい、バカヤー」
「……好きに呼んでくれ……」
ふむ、大分まいってるみたいだね。
「んで、どーしたの。あたしの友達を悪く言ったのはこの前シバいたのでチャラにしたし、困ってんなら話しを聞くよ」
「シバ……かれたのか?」
そこを拾うな、話がまるで進まない。
自分が脱線させたのは棚に上げ、やがてポツポツと話し出すまで待つことにした。
「んー……まぁ、要約すると女の子にフラれた、と」
「まぁ……そうなる、かな……」
んー…………これは……専門外ですな。
いやいやいやいや、これはどうにもならないでしょ。
アタシ、デキルコト、ナイ。
「なんでフラれたの?」
まぁ、それでも話しを聞くといったからには、専門外とは口に出せない。
ならテキトーにアドバイスして、誤魔化……
「うっ!……っ……っ……」
泣くなよぉ!
どうしよう、対応に困る!いざ目の前で泣かれるとホント困る!
ごめんねリリアン!どれだけ迷惑かけたか今分ったよ!
「分からないんだ……少し前から彼女の心が僕から離れていって……!」
「おーおー、落ち着け、落ち着け……そうだ!深呼吸しよう。はい、吸ってぇー…………吐いてぇー…………」
とりあえず、落ち着かせないとどうにもならん。深呼吸、深呼吸。新鮮な空気を取り込み、心肺を安定させなくては。
「……彼女は女神なんだ」
「…………は?」
コイツ、落ち着いた瞬間に何言ってやがる。
あたしの前で天使とか女神とかの名前をだすんじゃない。
「あぁ、はいはい、女神なのね」
まぁ、比喩だろう。
女神のように優しかったり美しかったり。
コッチにきて大分そのイメージからは外れたけど、比喩としてなら分からなくもない。恋は盲目らしいしね。
「彼女は一人だった僕を見つけてくれて……」
ふむ、そういった馴れ初めか。
なんか勝手にファンに手を出す的なアレかと思ってたけど、真っ当な方の恋愛か。
「なのに……僕じゃ彼女の輝きに釣り合わなかった……!」
「ん、うん……」
相当本気だったんだね。
輝きとか言っちゃったよ。愛、怖いね。
「だから、彼の元に…………」
んーーー…………そっちかぁ…………
フラれた。の中でも一番のやつじゃない?これ。
マズいな、ますます専門外。
大体、彼女にフラれたっていうか捨てられた男にかける言葉なんてあるのかな。
いくら椎名先輩語録でも、こんな状況で使える言葉なんてないよ。
「……元気だそーぜ!聞いた話では、女なんて星の数だけいるらしいしさ!」
「……本当に掴みたい星は彼女だけさぁ……」
お手本みたいな返し方しやがって。
しかし本当にまいった。マトモに恋愛してこなかったツケが回ってきた気分だ。
いや、マトモに恋愛しててもこれは難しいよね?
「……ついに今日の朝、彼女の姿が見えなくて、そしたら彼と……」
マトモに恋愛してこなかったから、マトモなアドバイスはできない。
ならあたしの言葉を伝えるか。参考にはならないだろうけど、何も言わないよりはマシだと思いたい。
「なーに諦めてんだよ。今日?なら取り返しに行けばいい、自分の方が魅力的だと伝えてやればいい」
「……そんなのどうやっ「まずはそこ!」
あたしの言葉にビクリと身体を震わせるカガヤ。
一番大事なものが欠けてるんだ、モテるはずもない。
「多分、一般論だけどね。自分に自信のない奴が、誰かの目に魅力的に映ると思う?」
「自分に自信……」
「少なくとも、あたしにはそう見えない。褒められたもんじゃないけど、ステージの上ではそこそこだったよ」
行為は褒められたもんじゃない。だけど確かに輝いてた。今はさすがにくすみすぎだ。
「でも、もう僕には女神の加護も……」
女神の加護?さっきからいろいろと格好良く言い直しすぎだ。ただの好意を加護だなんて。
「んじゃ、加護ってのがあったとして。それがないカガヤをその人は見つけてくれたんじゃないの?」
「…………っ」
「そりゃ、フラれたのは自分がつまんない輝き方したからじゃん?なら、まだやり直せるでしょ」
知らないけど。
カガヤの事も、その人の事も知らないけど。
愛だの恋だのはきっと良いものだ、綺麗なものだ。なら諦めるなと伝えて、応援するのが正しいと信じたい。
「まぁ、安心しな。それでも自信が持てないならあたしが信じてやろう。愛だの恋だのが上手くいくように、今度は真っ当に輝けるように応援してやるよ」
だから、とりあえず立ち上がったら?
差し出す手、もちろん取ってもいいし、取らなくてもいい。自分で立てるならそれが一番だ。そんで──
「立てないなら手くらい何度でも貸すよ、友達でしょ?」
「友達……」
しばらくその言葉を噛みしめるように、そして一つなにかを決めたような表情で。
「……ありがとう。まだ、僕は一人で立てるよ」
そう言って、弱々しくも、ふらつきながらも立ち上がった。自分の力で。
「ありがとう……えっと……」
「セツナだよ。ちなみにカガヤが散々ステージでバカにしてたのもあたしの友達、リッカだよ」
「……すまなかった、今度謝りに行くよ」
「うん、なら良し」
あ、そうだ。
「明日、演劇やるんだよね。良かったら観にきてね」
宣伝を忘れてた。後、これも。
「もごぁっ!?」
呆けた口に干し肉をねじ込む。服の隙間にはポスターも。
なんかモゴモゴしながら倒れてるけど、きっと言葉に出きないくらい美味しいんだろう。
おっと、時計塔が鳴る。つまりそろそろ約束の時間だ。
優男を放置して、目的地に急いだ。
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