第141話 前略、ポスターと宣伝と
「───以上八本、確かに届けました」
街の中でもこじゃれた店の並ぶ区画。
大きなお菓子屋さんの裏口で、研磨の依頼を受けていた包丁を店長さんに渡す。
「ほぉ〜お弟子さん良い腕してるねぇ」
「どうもです」
比較的に平和……というかその平和に貢献する腕のいい冒険者が滞在してるからか、その人達の修理以外にもこの街の鍛冶屋には一般人からの依頼も多いみたい。
あたしも今は研ぎならそれなりのもんだ。
なかなか店を開けないノア工房に弟子がいる。ここ数日のうちにその噂が広がっていて、少しむず痒い。
まぁ、師匠が引きこもってなにかやってるから、名前を借りていろいろやってるだけなんだけどね。
そういえば師匠はなにを引きこもっているんだろ。なにかあたしにも関係があったような気がするけど…………
まぁ、いっか。いいけどそろそろただの不審者二号に降格しそう。
「本当にお代はいいのかい?」
ふくよかな店長さんは心配そうに聞いてくれる。
別にお金の為に働いてるわけじゃない、師匠からはもらうけど。お駄賃として。
でも今は基本的にお代よりも経験がほしいのだ。
「もちろんです。でも、その代わりといってはなんですが……」
一緒に来ているリリアンが持っている紙の束。
そこから一枚とり、店長さんに手渡す。
「これはなんだい?」
「ポスターです。今度演劇をやるんです、あたし達」
昨日、興が乗って台本を書き上げて、ついでに筆も乗って描いてしまった。
若干のデフォルメを入れたあたし達。会場と日時と煽り文句もバッチリ。
なかなかの出来だと思う、異世界産の絵の具は少し使いづらかったけど、まぁ良しだ。
その後、印刷所もあるなんていうから驚き。
まぁ、実際には印刷というか魔術で複写してくれたんだけど、なかなか新鮮な光景だったから良し。
ちなみにリリアンは絵が下手だった。一勝…………一敗だよ、うん。
「当日はかなりの観客が見込めます。そこでお菓子の販売をすれば、売り上げもそれなりのものかと」
リリアンからナイスな提案。その誘い方はこれからの宣伝でも使えそう。
観客の数はまだ分からないけど、そんなものはこれから本当にすればいいだけだ。
「なるほど、ならうちも一枚噛ませてもらおうかな」
交渉成立。
出店の許可のかわりにお菓子屋さんでも宣伝をお願いし、固い握手のあとポスターを何枚か置いていく。
「よしよし、順調順調」
この街の人を巻き込んでいく宣伝は悪くないと思う。
リッカのライブも他の人のライブも、周りに店とよべるものは無許可のグッズを売る人しかいなかった。
でもそれだけじゃ足りない、やっぱりもともと興味のなかった人も巻き込むくらいでなければ。
この調子でどんどん行こう。今日中に刷った分を配りきる。
「よろしくお願いしまーす!」
服屋にハサミを届ける。宣伝。
「出店可です。よろしくお願いします」
通りかかった雑貨屋。宣伝。
「ん、つまりあたしが勝ったら見に来てくれるんだね?」
通りすがりの格闘家。宣伝。
「えぇ、はい」
宣伝宣伝宣伝宣伝宣伝宣伝宣伝。
西に空いたスペースがあればポスターを貼り。
東に悪漢がいればこれを成敗、ポスターを貼る。
北に依頼品を届けて交渉、ポスターを貼る。
南に困っている人がいたら助ける、ポスターを貼る。
貼る貼る貼る貼る貼る貼る貼る…………
「ん〜〜〜〜っ!終わったぁ!」
ググーっ!と身体を伸ばす。深呼吸と一緒に行うと、身体の中のいろんなものが巡る感覚がして気持ちいい。
用意していたポスターも、昨日と今日の朝受けた依頼品も届け終わった。
「リリアンもお疲れ様、ありがとね」
結局最後まで手伝ってもらっちゃった。
おかげでこの後の予定まで時間ができた、ちょっとゆっくりしようかな。
「上手くいくでしょうか」
「んー……どうだろうね」
「意外ですね、いつものように大丈夫と言い切るものだと」
「まぁ、こればっかりはね」
適当な場所に座りながら、ポツポツと話し始める。
いつものように断言できないのは理由がある。
「演劇は上手くいくと思うよ、愉快で痛快で、それでバカらしくて。でもその後は分かんないや」
「それはリッカさんの問題ですか?」
「んー、まぁそんな感じ。なにを良いと思うかは人によって違うからね。あたしやリリアンが良いと思っても他の人はどうだろう」
あたし達にできるのは舞台を整えて、人を呼ぶまで。
それをものにできるかどうかはリッカ次第。
「でもあたし個人の意見なら心配いらないと思うよ」
「それはなにを見て判断すればいいのでしょうか」
ん、なかなか難しい事を聞くね。
なら良い言葉を教えてあげよう。
「見てじゃないよ、信じればいい。椎名先輩曰く、誰かが信じてやんないと咲けない花もある、ってさ。良い言葉だよ」
いつかの言葉が蘇る。
付き合いこそ短かったけど、残してくれた言葉は消えやしない。
「あたしはリリアンやリッカが手伝ってくれるなら、演劇が上手くいくって信じてるし。完成した歌は人の心に響くと信じてるよ」
あたしは別に自分を信じてないけど、誰かのことは信じられる。
椎名先輩の言葉を借りるなら、あたしは一人で咲けない花ではないということだ。
「あなたは……」
懐かしい言葉に浸っていると、リリアンがなんだか悲しそうな顔をしている。
「あたしは自分を信じてますか」
…………読んでないだろうな、心。
随分とピンポイントな質問をぶつけてきたな、さてどうしたもんか。
話の振りかたが悪かったのか都合の悪いというかなんというか、ついさっき心の中で信じてないと言った手前、どうにも答えづらい。
そんな質問とは無縁な振る舞いを心がけてはきたけど、何度か涙を見られたからかな、不甲斐なし。
誤魔化すか、今日も。
追求されることもないだろうし、優しさに付け込むとしよう。
「んー…………あたしよりも信じてあげなきゃいけない人が多くてね、手が回らないんだよ」
そろそろ行こうか、軽く埃を払って歩き出す。
「前回の演劇について聞きたいです」
特に会話がないまま歩き続けて数分。
リリアンに言われて、そういえば話してなかった事を思い出す。
別に今回の演劇と関係のあるものじゃないけど、聞きたいなら話そうかな。
「その時も台本を書いたとか」
「うん、結構頑張って書いたんだよね」
少女のお話。
少女は善行を積む。それが正しいと言われてきたから。
せっせとせっせと、それが正しいと言われてきたから。
だけどある日、悪い神様がわざわざ出てきて言うんだ。
『そんなに善人になりたいならしてやろう』
悪い神様は頼んでもないのに呪いをかける。
誰かが困っていたら、心が痛む呪いを。
その誰かを助けたら、心が痛む呪いを。
それでもあんまりにも少女がそれまでも変わらなかったので、呪いをそのまま悪い神様はどこかに行ってしまった。
それでも少女はいい事を、良い事を、善い事を。
そのせいで死んでしまうまで、いつまでも。
「…………」
おしまい。
うん、まぁ反応に困るよね。
「……悪い神様は何がしたかったのでしょう。なぜおとな……いえ、少女にそんなおかしな呪いを?」
昔話もしたし、そりゃ分かっちゃうよね。
去年、まだバリバリ引きづってた頃に書いたから。
「さぁ?分かんない。なんか善行とか偽善とか、そんな事を言いたかったんじゃない?」
まぁ、改善の余地ありだ。
ちょっと暗すぎる、次回作……というかはもっと明るくいく。
「今、書くならラストを変えるね。悪い神様ぶん殴って言ってやる『人を助けんのに善行も偽善もあるもんか』ってね」
この演劇で、あたしは結局最後まで少女の心情をかけなかった。
少女は一言も喋らず、周りとナレーションだけが喋った。
「その時は少女役を?」
リリアンも同じ意見なのか、さっきよりは良い表情。
そして残念ながら、あたしは主役じゃない。
「あたしは悪い神様役とちょいちょい。少女役は一つ下の後輩がやったんだよ、予想外の名演技で、主演女優賞ものだったよ」
懐かしい、あの時も今日みたいに宣伝しまくったなぁ……部の存続もかかってたし。
まぁ結局、演劇の場で大量に作ったポップコーンと飲み物の売り上げも込みで、あたし達の勝ちになったんだけど。
クラスの出し物とは別にみんなで集まるのは楽しかった。
…………ふむ。
「あたし達も売ろうか、ポップコーンとか」
「ぽっぷこーん?」
おや、知らないのか。じゃあコッチにはないんだね、トウモロコシはあるのに。
演劇にポップコーン?と思われても仕方がない、みんな何やれば良いか分かんなかったしね。それに意外と評判が良かった。
「さて、あたしはここで。あらためて行ってきまーす」
リリアンと別れ、次の目的地へ向かった。
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