第140話 前略、演劇と演目と、後略

「………………」


 …………………………。


「あー……その」


 その…………うん…………。


「結構間違えてましたね」  


「結構間違えてたね」


「結構間違えてましたぁーー!!!」


 あっれぇ!?おっかしいなぁ!

 いやいや全くひどいもんだ、指が動かないというかなんというか、少なくとも経験者のそれではない。

 しかもなまじ音がでてる分、それこそテキトーに鍵盤を叩くより気持ち悪い演奏だった。


 まいったなぁ、正直、あたしかリッカのどちらかが音楽を担当しようと思ってた。

 そのどちらもダメなら、他の人を探すか音楽の追加はなしになるんだけど…………


「あの…………」


 いや、それは難しい。

 曲が必要というより、効果音的な音やその場面に合う短い演奏がほしい。

 

「あの……」


 となるとやっぱりあたしがやるしかない。

 なんとか元々の腕前まで戻せば……一月もないけどなんとか……


「あの」


「んお」


 いつの間にかリリアンが目の前にいる。

 近い近い近い、怖い怖い怖い。


「どうしたの、リリアン」


「私も鍵盤なら心得があります」


「…………へぇ」


「信じてませんね」


「んーーー、まぁね」


「なぜ?」 


 なぜ、と申されますか。

 ならばお答えしましょう。ちょうどいい機会だしね。


「だってリリアン、不器用じゃん」


「……なるほど」


 有無を言わさない眼光に、あたしは椅子を譲る。

 壊れたらどうしよう、さすがに無関係とは言い張れないよねぇ。


 幸い、酒場は活気づいている。

 あたしのヒドイ演奏も、ほとんど人の耳に届かなかっただろう。つまり人目はこちらに向いてない、最悪逃げよう。


 うん、そうしよう。ほらもうすぐリリアン指が──


「…………わぉ」


「……すっごい」


 マジですか。

 リリアンが鍵盤に触れる寸前、逃げる準備をした。

 だけど次の瞬間には、振り返ってた。その次の瞬間にはもう聴き入ってた。


 理解が追いつかない、言葉も浮かばない。

 あたしが言葉を知らないってのもあるんだろうけど、それにしてもだ。


 音が伝播していく、まずは周りのあたし達。

 次に近い席の冒険者の耳に入り、隣の人にそれを伝えて、言葉を失っていく。

 静まる静まる静まる、響く響く、広がる。

 

 なるほど……月並みな言葉だけど、これが芸術か。

 

 まだ聴いていたかったけど、本当に名残惜しいけど。最後の一音が心に染み込むように、響く。


 無言のまま椅子から立ち上がり、お辞儀を一つ。

 それもまた美しい動きだった。リリアンが頭を上げると、酒場の至る所から拍手や賛辞の言葉がとぶ。

 その音にあたしも意識を正常に戻す。しまった出遅れた…………指笛でも吹くかな。誤魔化しとこう。


「いかがでしょうか?」


 あたしの隣に座ったリリアンが、悪戯っぽく聞いてくる。

 答えなんて分かってるくせに、表情が豊かになるのは歓迎だけど、ますます勝ち目がなくなってしまう。


「完敗だよ、まさかこんな凄い特技があったなんて」


「えぇ、これは出来る事ですから」


 つまりあたしはさっきまでこれ程の実力がある相手の前で、だからって弾けないとは言ってないよ。なんて得意げに言ってたことになる。

 普段の姿が……いや、普段から見た目は完璧なんだけど、いろいろアレなリリアンの前で。

 どちらにせよ恥ずかしすぎる。


「ん、おねーさん、テキトーに飲み物お願いしまーす。あ、一つはミルクで」


 恥ずかしすぎるので注文をして誤魔化す。

 リリアンの意外な好物を頼む。『これで勘弁して』というわけだ。


 飲み物が届き、サービスでおつまみのようなものも一皿もらう。芸は身を助けるとはこの事か。


「よっし、意外な所から音楽も確保できた。これで実行に移せるよ」


「実行?セツナ、そういえばなにやるのか聞かなかったけどさ。結局なにをやるつもりなの?実現不可なこと言わないでよね」


 リリアンを後ろから抱きかかえるリッカの質問。

 もちろん。しっかりと考えてるし、実現不可なんかじゃない。

 

「演劇をやろう!」


「……演劇?」


「うん、演劇」


「三人で?」


 もちろん、三人で。そりゃ人数は多い方がいいけど、三人でだってなんとかなる。


「まぁ、脚本は任せといてよ。大丈夫、これでも書いたことあるんだよね」


「えぇ〜〜さっきみたいにならない?」


 ならないよ。今回のはそこそこ覚えてる。

 懐かしいな、アレがソレでああなって……そんでいろいろあって部の存続の為に文化祭の演劇で勝負したんだよなぁ……。

 おっと、あたしの元の世界トークは置いといて、ちゃんと説明しなきゃね。


「リリアン、この世界にも本はあるよね?」


「えぇ、それなりに。あなたの世界の本も何冊かありますよ」


「それって一番新しいので、どのくらい前のやつ?」


「ふむ……十年ほど前のものでしょうか」


「よしよし」


 ん、やっぱりいけそう。

 十年前の本が最新なら、やろうとしてる演目は大分目新しく映るだろう。


「でもさ、演劇だと途中から来た人が分かりづらくない?」


 リッカの質問はもっとも。だけど今回の演目は一味も二味も違う。

 途中から来たら、前後の繋がりが分からないから楽しみづらい。そんな問題もある程度解決できる。


「大丈夫!演目は『異世界ファンタジー』だからね!」


「異世界……」


「ファンタジー?」


 お、やっぱり聞き慣れない単語みたい。

 異世界ファンタジー。甘美な響き、未知と冒険に溢れてる。


「セツナの世界が舞台ってこと?」


 あたしがこの世界の住人じゃないことから連想したのか、リッカがいい質問をしてくる。

 おつまみを二つ、口に放り込みながら答える。

 

「大体はそーゆーこと。不幸にも死んでしまった主人公はここからあたしのいた世界に、まぁこっから見た異世界に転生する。そこであらゆる問題は一瞬で解決していく痛快ストーリーってわけ!」


「おぉ……」


 あたしの世界ではもはや定番なストーリーだけど、コッチでならまだ新しいものになるのでは?と考えた。

 途中から見たら分からないなら、どこをみても見せ場にしてしまえば良い、というわけだ。


「うーん……面白そうだけど、やっぱり三人じゃ足りなくない?」


 それが足りるんだなぁ、これが。

 疑問に答えるように配役をつげる。


「まずリッカ、主人公!もちろんいけるよね?」


「え、うん、大丈夫!」


「リリアン、ナレーションと音楽をお願い!」


「はい」


「それであたしは……」


「セツナは……?」


 バッと自分を指差し、あたしの役を伝える。


「それ以外全部!」


「えぇー!!」


 いいリアクション、悪くない。

 普通にやるなら難易度高いだろうけど、ここは異世界、演じるはあたし。なんとでもなる。


 その場でクルリ、服はなんと清楚なワンピースに。

 その場でクルリ、ワンピースは懐かしの制服姿に。

 その場でクルリ、制服はいつもの服装に早変わり。


「どや!」


「「「おぉ!!!」」」


 ちょっとビックリ。ポーズを決めたあたしにリッカと周りの冒険者から驚きの声。 

 リリアンには普通。と言われたけど、やっぱり手品として通用するんじゃない?


「まぁ、当日はもっと着込んで幅を増やすよ。これで突っかかるチンピラ、崇める信者、やられ役もライバルもその他のモブも演じきるよ」


「服装はなんとでもなりますが、演技の方は大丈夫ですか?」


 リリアンの指摘。

 いやいや、いやいやいやいやいやいや。舐めてもらっては困りますよ。


「任せといてよ。実は昔、演劇をやった事があってね。男役もやったくらい演技の幅があるんだよ」


「心強いですね」


 リリアンを納得させられたみたい。

 まぁ、ちょっと記憶があやふやだけど、人数の関係であたししか空いてなかったんだっけ?

 なんにせよ、劇は好評だったから問題はなかっただろうし。


「よーし!明日までに台本書いてくるよ!そんで開演は一週間後!それまでに死ぬ気で宣伝しよう!」


 こういうのは決まったなら即実行。

 悩む時間があるなら宣伝と練習あるのみだ。


「あたしはライブの後で宣伝すればいいの?」


「うん、でもリッカにはもう一つ頼みたい」


「なに?」


 まぁ、簡単な事だ。

 簡単で、これまで避けてたこと。


「曲、完成させといてね、やっぱりアイドルなら歌でしょ!」


 演劇は結局のところ、リッカを人目に触れさせる為のきっかけにすぎない。

 そしてどれだけ人を集めても、曲ないなら意味がない。


「なんか楽しくなってきた!台本書いてくる!」


 残った飲み物を飲み干し、財布……というかお金の入った布を放り投げる。支払いはこれでよろしくだ。


 台本書いて、明日からは宣伝活動。なんか元の世界に帰ったみたい。

 

 足も気持ちもはやって仕方がない。ホント、悪くない。いや、良い気分!





「…………いっちゃったね」


 私の首に回していた腕をとき、リッカさんは隣に腰を下ろす。


「セツナ、いつもあんな感じだよね。リリアンちゃんも大変でしょ」


『セツナン、めっちゃテンション高かったなー。ビミョーに掴みどころがない』


「えぇ、でもそれがあの人のいい所です」 


「だねー」

『だねー』


 心の同居人とリッカさん声が重なる。


「ねぇねぇ!そういえばリリアンちゃんとセツナってどんな仲なの!さっきもあの人なんて言ってたし、距離感分かんないよ!」


 …………マズイ事を聞かれました。

『いひひ!答えは恥ずかしいから!』

 引っ込めますよ。

『そりゃ勘弁』


「それは……その……」


『別に言ってもいいと思うけど、リッカちゃん良い娘だし』

 それとこれとは……

『リリもこの機会に友達作ってみれば?セツナンも喜ぶよ。多分』

 ………………。


「……そうですね。私は───」


 それなりに長い沈黙の末、私は言葉を紡ぐ。

 ほんの少しの期待と勇気をもって。 

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