第138話 前略、二人目と殴り込みと
「んー……やっぱりあたしもステージに上がるべきかなぁ……」
二人目のステージまで、ちょっと距離がある。
ちょうどいいというやつだ、適度な運動は頭を冴えさせてくれる。
アシスタントみたいなのが許されるなら、あたしも場をつなぐ為になんか披露しようかな。
「歌うんですか?」
随分と興味深そうに聞いてくるじゃないか。
あれか、似合わないと笑いたいのか、残念だったね。
「歌わないよ、別に上手くないからね」
音痴なわけじゃないけど、普通。
後輩曰く。普通ー、感情とかないんですか?だそうだ。
思い出してちょっと傷ついた。戻ったらリベンジといこう。
「残念です。なら、なぜステージに?」
「ん、手品の一つでも披露しようかな、って」
手品?本当に残念そうなリリアンの疑問、ニヤリと答える。
3、2、1。パチン、と指を鳴らす。
必要ないけど演出だ。あたしの着ていたちょっとボロい冒険服は、真新しい制服へと姿を変える。
服を含む所有しているあらゆる装備を、すぐに変えられるのが、今現在、あたし固有のスキル。
……こういう時便利だな、朝の時間が浮きそう。
「どう?」
「ふむ」
ジロジロと、上から下、下から上。右見て左、左から右、また上から下。
ジロジロジロジロ、擬音がそのまま出てきそうなくらいに見られる。
「……ちょっと照れる」
あたしも自分の姿を軽く見直す。
少し明るい色のブレザー、真っ白いシャツ、それらと統一感のあるスカートに硬めのローファー。
何度も袖を通してたハズなのに、今はどことなく他人の物のように感じてしまうのは、異世界生活が長いからかな。
やっぱりちょっとだけ寂しい。また帰ったら着てやるとしよう。
…………んん?というかこれ、あたしの制服じゃないな。
他人の物のように、というか他人のだ、これ。
いくらなんでも綺麗すぎる。制服のどこにもシワ一つないし、ローファーはいくらなんでも硬すぎる。
あらためて見ると、その全てが新品だ。さすがに不自然。
…………奴か。あれだな、あたしをここに連れてくる際に消し飛ばしてしまったんだろう。
そんなとこに気を回さなくていいから、もっとアフターケアを充実させてくれ。
いや、制服なくなってたらなくなってたらで怒るけど。
「似合ってますね、新鮮で。えぇ、良いものです」
「いや、手品的な部分に対しての、どう?だったんだけど……」
普通です。残念、これもダメか。
あまり長く着てると、懐かしくなっていけない。着替えよう、今はこれの方がしっくりくる。
「ん」
なんだなんだ、いつの間にか目的地だったらしい。
ここにも熱がある、人が作り出す活気というか、生命力が燃えてできるエネルギーみたいなものが。
でも……
「人、少ない……よね?」
少ない、といっても勿論リッカよりは多いし、催し物としては十分なくらいに人は集まってる。
でも、さっきまで見ていたステージと比べたら少ない、半分もいないんじゃないだろうか?
前のステージはこれからも燃えていく勢いがあったけど、ここはもうなんだろう……鎮火寸前というか……
「そうです。少ないんです」
なんでもないようにリリアンは言う。
ふむ……つまり……どういうこと?
「下火、というものです。一番最初に活動を始め、最初は女性をターゲットにそれはもう盛況だったそうですよ」
この人が最初なのか、ステージに目を向ける。
あたしと同じくらいの男の子。一言でいうならきらびやか、かな。
バッチリと決まった髪もその高そうな燕尾服も、歌って踊るには合わないきもするけど、それを物ともせずに歌う、踊る。
「……でも、なんか違う気がする」
そりゃ歌は上手い、踊りもキレがある。音楽も力が入ってるのは分かるし、笑顔も本物だ。
だけど……だけどなんか違う。これまでとはなんか違うんだ。
つまらない。そんな感情だ、これ。
「本来、ここを見る必要はないんです。もう、今の一番に負けてるので。その一番に勝てば、自ずと追い越しているんですから」
「詳しいね、リリアン」
本当に、随分と詳しい。
実はアイドル好きだったりするんだろうか。
あたしの疑問に、なんて事もなさそうに答える。
「ここを出発する際にノアさんに言われたんです」
「師匠に?なんて?」
「『最近うっせぇ奴らがいてマトモに寝れねぇ。リリ、ちょっとぶった斬ってこい』と」
似てねぇ。あたしもか。
にしても雑なオーダー。もしリリアンが、なら通るついでに……なんて言ったらどうするつもりだったんだ。
「ただ、進行の邪魔にならなかったので未遂です」
「なら良かったよ」
いや、ホント、良かった。
血なまぐさい事にならなくて本当に良かった。
「アーハッハッ!今日もこのKAGAYAのステージに集まってくれて感謝してるよぉー!」
殺人未遂に安堵していると、きらびやかな優男のトークが始まる。
なんだコイツ、ちょっと尊大だけど、だいたい見た目通りの発言しやがって。あとバカみたいな名乗りかたしなかった?
100%の女性ファンがその声に応える。
たとえ人が少なくなっても、まだそれなりのファンが残り、支えている。その関係は悪くない。
「……ファンが減っている二つ目の原因です」
二つ目?一つ目は同業者にファンを取られた事、トークが二つ目の原因?
「僕の価値を分かってくれる君達はサイコーさ!あんなつまらない奴について行った奴らと違ってさぁ!」
……随分と過激な事を言い出したな、優男なのは見た目だけなのかな。
随分と……まぁ、期待はずれ?いや、最初から別に期待はしてないけど、ガッカリだ。
「あの人もまた、残った人の心を繋ぎ止めるために必死なんでしょう」
「にしても、だよ」
ちょっと分からない。誰かの悪口で人の心をどうこうできるとは思えないけどなぁ。
まぁ、過激な発言が注目されるのは分かるけどね。
「最近は変な女も僕の真似を始めたみたいだけど、言わせて貰えばあんなの不遜で無礼!承認欲求にまみれた下らない行動さぁ!」
……………………ん?
なんだ今、めちゃくちゃイラッときたぞ。誰のこと言ってやがる。
まだ、続く。ただの悪口じゃない、こき下ろすというのがぴったりなほどにあたしの友達が悪く言われる。
「ごめん、ちょっとどいて」
一番後ろの女の人、目でしっかりと伝える。どけ。
「ちょっと、あんたなによ」
何人か掻き分けたところで、熱心なファン達にぶつかる。
「アイツにちょっと言いたい事があるんだよ、どいて」
グワリ、と振り上げられる腕、または剣、その他武器。
悪いけど、ちょっと苛立ってる。
「邪魔だ、よ!」
一人の足を払い、別の足元にぶつける。
ドミノか将棋倒しのように人が倒れる、どうせ4、5人だ。どうでも…………
「ふぁにしふぇんの?ふぃふぃあん」
何かにグイっと口元を持ち上げられる。
後ろから、リリアンがあたしの口角を無理矢理上げている。
おかげで大分おかしな表情になってる。決まらない。
「友人をバカにされて腹が立つ気持ちは分かります。ですが、あまり怒るのは良くないです」
グイっグイっ。
…………ちょっと、バカらしくなってきた。いや、今も苛立ってはいるんだけど。
「冷静に、一発殴りましょう」
やめろ、とは言われなかった。
なんか不自然、悪くない感覚。
「うん、行ってくるよ。ありがと」
軽く助走をいれて、ステージまで一足に跳んだ。
「ん?なんだい君は、僕に近づきたい気持ちは痛いほど分かるけど。ステージは僕のものさぁ!」
…………やっぱイラッとくるなぁ!ウインクとかするな気持ち悪い!
「いやいや、ステージを盛り上げようかと思ってね。単刀直入に……一発殴らせろぉぉ!!!」
よく見ると、なかなか殴りやすそうな顔をしてるじゃないか。
一足に目の前に。見た感じ、戦いなれてる感じはしない。
この拳は当たる。その大事な商売道具、ぶっ壊す!
「!ん、えっ!」
半歩、ひかれる。完璧な回避だ、芸術的ともいえる。
足刀、これも当たらない。反応、って感じじゃない、見えてるって感じだ。
「やれやれ……お転婆さんだ☆」
ゾワゾワゾワゾワっ!!!
痒い!背中とか首筋が痒い!なんか物理的に発光していて発言の全てが苛つくかゾワっとする!無理!
「り、リリアン!」
怖くなってリリアンの方を見る。た、助けて!
「よそ見厳禁です」
リリアンは指差す、その方向はさっきの優男で──
「んん!?」
いつの間にか剣を抜いてる、細身……細身すぎる。レイピア、というやつか。
いや、抜いてるというか、こちらに向けて……もうなんかが…………
「うっ…………そぉぉーーー!!!」
その先端から放たれた光線があたしの胸にあたり、吹き飛ぶ。
見た目ほどじゃないけど……痛い。普通に痛い。
「……しまらない」
「ですね」
ちょっと深いところに入ったみたい。
なかなか情けないし、殴り込みに行ったくせにダサすぎる結末。
リリアンに背負われながら、リッカと合流する事にした。
………………いや、ホント。情けない……
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