第137話 前略、一人目と殺陣と
「リリアンは映画……はないか、舞台とか見るの?」
残念ながらモニター関連のない異世界で、関わりの深い現地人と情報の共有。
「この街で演劇を見たことがあります、大分昔の話ですが」
「劇ねぇ……他に娯楽みたいなのってあるかな?」
「そうですね……」
んー……やっぱり。
いくつか例をあげてくれるけど、暇を親の仇のように潰す現代の若者としてはちょっと種類と決めてにかける。
「あとは、特定の植物を燃やし、その煙を吸ったり……」
…………それはいかん。いや、合法の植物なんだろうけどさ、イメージ的にNGだ。
「なんかないかなぁ…………ん?」
さっきから……いや、ここ何日か気になってたけどやっぱり勘違いじゃないよね?
「ねぇ、リリアン。ここ最近人が多いよね?」
単純に人が多い。来たときから、今までの街より栄えてるのは分かってたけど、それにしても最近はさらに賑やか。
「今が一番、人の集まる時期です。それを踏まえると、再会になって活動を開始したのは戦略的に正しいですね」
なるほどね、考えなしってわけじゃなさそうだ。
人の集まる時期ってのは前も言ってた気がする、お祭りでもやるのかな?
「ねぇ……リリアン」
ピタリ、足が止まる。リリアンも止まる。
「どうかしましたか?少し、顔色が悪いようですが……」
振り返ったリリアンの心配そうな声。
体調は大丈夫なんだけど、なんとも気が重い。
単純な話、人混みが少し苦手。
最初、リッカが作った人混みに戸惑いがあったのも、面倒だからじゃなくて苦手だからだ。
慣れればそうでもないんだけど……ねぇ?
まぁ、言ったらリリアンがまた遠慮しだすから言わないけど。
「いや、やっぱりいいや。ちょっと黄色い声に警戒しちゃってね」
うん、黄色い。語源は知らないけど、もはやそれで伝わるくらいに黄色い声が聞こえる。
やっぱり気が重い。声量が比較にならない。
「まぁ、いつまでもうだうだ言うのもダサい、か」
それに友達の為だ、覚悟の一つも決めないと。
個人的にそこそこの覚悟をもって、角を曲がった。
「「「きゃあぁぁぁぁーーーー!!!!!」」」
「んおっ」
変な声が漏れた。なんだこれ、声量だけで軽く吹っ飛んでいきそう。
リッカのステージの何倍もの人と、何倍もの熱量がそこにあった。
こっからじゃステージもろくに見えやしない。
軽くジャンプ……にしては飛びすぎたけど、ふむ……
「んー、勝手に女の子だと思ってたけど、男の人なんだね」
着地、どうやら割り込む事はできなそう。
それこそ面倒だし、なによりその度胸はない。無理に突入したら最悪死にそう。
「「「天子様ぁーーー!!!」」」
ステージで何かしらの動きがあったのか、周りのファンたちが吠える。
てんしさま?随分とアレな名前だ、胡散臭そう。
「通称ですね、どうやら一言も名乗っていないので、周りがそう呼び始めたとか」
「なるほ、ど!」
言ってもう一度ジャンプ。
長くは見れないけど、できるだけ。
んん、確かに良い顔をしてる。
これまでそれなりに沢山の顔を見てきたけど、中でもかなりの美形じゃないだろうか?
イケメン、とかの横文字よりも美形、といった言葉の方が似合う着物風の衣装を纏った男だった。
「あの人も最近になって活動を始め、女性を中心にその人気は留まるところを知らないとか」
「確かに凄いね、こりゃ」
この街の賑やかさの原因はこれもあるのかな。
遊びに行った時に、リッカがこっちの方に来たがらなかったのはこういうことだったのか。
「でも、それにしては男のファンもいる」
女性を中心に、というには男性ファンも目につく。
彼らもまたこのステージを盛り上げ、熱狂の空間を作り上げてる。
「んーー、まぁ、良いものの前で性別なんて大した問題じゃないか」
しばらく、歌を聞く。
悪くない。少し古風な言い回しが目立つ歌詞も、リズムも、それを伝える低い声も。
ここが異世界だということを忘れるくらいには、悪くない。
「んん、なんだろ」
歓声がやまない。
曲が終わってしばらくしても、やまない。それどころかさっきよりも大きい気がする。
「リリアン、何やってるか見える?」
さすがに気になる。
またジャンプしてもいいんだけど、見逃したら大変だからお願いする事にした。
「あれは…………殺陣、ですかね」
「たて……?盾?」
「殺陣、です。刀を使った演技や催し物ですね」
ふむ、聞いたことのない言葉。興味がでてきた。
そういう曲以外の部分が見たかったんだ。なにかヒントがあるかもしれないからね。
にしても刀か、あたしも一時期憧れたもんだ。
格好いいよね、あと強そう。
「ちょっと見てくるよ」
家や壁の出っ張りを足場に、比較的に低い屋根の上に立つ。
これは多少目立っても見る価値のあるものだろうし。
「へぇ」
不思議な感覚。
アイドルと殺陣。なんともミスマッチでアンバランスでアシンメトリーだ。
でもその不釣り合いな光景がなんとも目をひく。
「あぁ、なるほどね」
また一つ、歓声。今は何も斬ってないのに。
その歓声で、男性の多さに納得できた。
「んん、美人」
たおやかな、とでもいおうか。
白い着物の女性が手を掲げる、刀を持った男性の周りに氷の柱が四本現れる。
そしてそれを斬る、それらの動作全てが美しい。
斬る斬る斬る斬る作る斬る斬る斬る斬る作る斬る斬る……
凄いな、いつまでも見てられる。無駄な言葉の一切ない、シンプルで神秘的なステージは美しい。
そして女性の歓声の理由も分かった。
氷の柱を斬ると、その欠片が飛び散ってる。
それはぱっと見危ないけど、人に降り注ぎ、当たる直前で砕けてとても綺麗だ。
ファンのみんなは、それが自分に降り注ぐのを待っている。
なるほど、悪くない、良いサービスだ。
「これは……ちょっと無理か──」
な。あたしもリリアンもこれはできない。
そう言いたかった。でも、ふと目があった、ステージの男と。
ゾクリ。嫌な予感がする、それに対する反応が言葉を止めた。
斬る。氷の柱が砕け、欠片が飛ぶ。
ただ一つ、さっきと違うのはその欠片の一つがあたしに向かって飛んできた事だ。
「っ!」
これは砕けない、直感がそう告げる。
幸い、反応できない速度じゃない。殺気のあまり大げさに避けてしまったけど、欠片はあたしの後ろの屋根に突き刺さる。勿論砕けてない。
ステージを向く、すでにあたしを見ていない。
何食わぬ顔で続きを行っている。
「宣戦布告、かな」
そんな喧嘩をふっかけられる因縁はないけど、文句があるなら買ってやる。言い値で買い叩いてやる。
「ん」
しらばっくれさせやしない。
証拠を突きつけるよう、氷の欠片を拾おうとしたら、砕けた。
「……証拠不十分」
もしかしたら、生体に近づくと砕ける仕組みだったのかもしれない。
疑わしきは罰せず。いい言葉だ。
「お待たせ、次行こうか」
屋根から降りて、リリアンと合流。
ちょっと引っかかるけど、勉強になった。
これを超えるものを考えなくちゃ。
そのヒントの為に、二人で次の場所に向かった。
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