第135話 前略、嵐と鍛冶仕事と

「は〜い、またのお越しを〜」


 ひらひらと手を振りながら、出口としてしか機能しない扉からお客さんを見送る。

 悪くない気分。あの満足げな表情はあたしの心にグッとくるものがある。


「うん?誰かきてたのか?」


 反対の扉が開く。寝起きで微妙に機嫌の悪い師匠が、のそのそと出てくる。

 髪もぼっさぼさ。いつもキッチリしてるリリアンを、少しは見習うべきだと思う。


「お客様さんです」


「客ぅ?昨日も言ったろ、追い返しとけ。今は別の仕事中だって……いや、いないじゃねぇか」


「そりゃそうです。依頼、終わりましたから」


「おいおい、勘弁してくれ。依頼を先延ばしたり、受けなかったりはよくあるが。素人の仕事を提供するわけにはいかねーんだよ」


「師匠の客じゃないです」


 ビッと親指を自分に向け、自信ありげに言ってやる。


「あ た し のお客さんです!」


 遡ること約一時間。


 早朝の工房で雑用中のあたしのもとに訪れたお客さん。

 裏口(入口)を知ってるし、聞けばたびたび訪ねてくる上客さんらしい。


 断われとは言われてるものの、手ぶらで返すのも悪い。

 それに依頼も、難しい素材も使われてない、単純な形状をした何本かの剣の折れや欠けの修理だった。


 あたしだってただ雑用をしてたわけじゃない。

 手伝いもしてるし、作業を見て、教わって、あまりの材料で実践している。

 

 ゆえに交渉してみた。

 自分がちゃんとした弟子であると伝えて、無報酬でいいのであたしにやらせてくれませんか?と。

 そして失敗してもお咎めなし。その条件で初仕事に挑むことになった。


「結果は成功ってかんじです、満足してもらいましたよ。あっ、お礼にお菓子もらいました。食べます?」


 脇に置いておいた、キレイにラッピングされた手作り感溢れるクッキーを見せる。

 二枚ほど食べたけど、あたしは甘い物が得意じゃないので、このままだと食べきるのに時間がかかる。


 いらねぇよ。ぶっきらぼうに言い捨てて、自分の定位置に向かう師匠。

 

 素直じゃないなぁ。ほんの少し頬が緩んでる。

 最初会ったときはシスコン気味の不審者二号だったけど、付き合ってみるとなかなか良い師匠である。テキトーなところもあるけど、教え方は上手いと思う。

 最初にそれを自称した、現相方と比べてまぁまぁ呼ぶ気になれる。


「将来は鍛冶師もありかな……」


「十年はえーよ」


 言いながら、師匠はあたしが使っていた炉を覗き込む。

 中の火をまじまじと見ながら一言。


「…………良い火だな」


 火?見てた通りにやっただけなんだけど、どうやら上手くいってたみたい。

 やはり模倣はいろいろと勉強になる。


「ふむ……就職先が見つかった」


 借りてた予備のハンマーを拭きながら、将来の選択肢について考える。

 受験だの就職だのをこんなあっさりに解決できるなんて、もしかしたら異世界とは理想郷なのでは?


「よし」


 拭き終わり、軽く掲げる。んーん、悪くない。


「あ、リリアンいたんだ、おはよう」


 ヒョイっとハンマーを取り上げられる。

 いつの間にか後ろに立っていたリリアンは、ハンマー物珍しそうに、いろんな角度で見ている。


「はい、おはようございます」


 軽く挨拶をすませて、ハンマーを持ったまま今度は炉の方に歩いていく。

 ピタリと立ち止まって一言。

 

「私も試してみ「ダメだ」


 それは許されなかった。

 リリアンの挑戦は食い気味に否定された。


「……ノアさん、人には無限の可能性が「リリが使うとハンマーが砕けるからダメだ」


 ハンマーの方が砕けるの?

 あとやっぱりというかなんというか、前科があった。


「……私も昔とは違うのです。もう一度「炉を爆発させた事があるからダメだ」


 …………え、爆発すんの?

 しないよね、リリアンが特別不器用なだけだよね。

 ただ普通に怖いので、将来の選択肢からはそっと外すことにした。こうゆうのはバイトに限る。


 んー、リリアンがなにやらフォローしろ、という旨の視線を送ってくるけど気づかないふり。

 残念ながら、今回は師匠の味方なあたしだった。

 師匠も師匠で、いつもは大分リリアンに甘いのに、今回は譲る気はないらしい。


 さて、あっちは放っておいて、今日はなにしようかな。

 どっかに行く予定もないし、手伝い兼、さっきのお客さんみたいなパターンを待つのもいいかも。

 

「んん?」


 ドンドンドンドン!

 出口から必死に扉を叩く音。必死過ぎてぶち抜かれそう、扉も悲鳴を上げている。


「あ─!こっちじゃ──った!」


 んー、微妙に聞き取れない。

 ただ音が離れるように消えたから、こちらからは開かないことに気づいたんだろうね。


「!!おいおい、なにが起きてんだ?」


 入口から爆音。

 反射的に身体がビクリと震える。


 多分、外れたね。もしくは吹き飛んだ。


「ーーーーーーナぁーー!!!」


 嵐のように激しく、おそらく廊下の物を吹き飛ばしながら、なにかがこちらに向かってきている。


「なぁ、今、セツナって言ってなかったか?」


「気の所為じゃ……」


 またも爆音。あたし達のいる工房の扉が勢いよく開かれる。


「セツナ!」


 んー、嵐じゃなくて人だったか。

 まぁ、扉越しの声でなんとなく分かってたけど。


「実はセツナにお願いがあるの!」


「ん、よし、引き受けた」


 鍛冶仕事じゃないけどお客さんだろうし、特にこの後の予定もない。

 あたしは突如工房に乗り込んできた、リッカのお願いを聞くことにした。

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