第133話 前略、アイツと良い石と
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ。
「そういえば、師匠」
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ。
「あぁ?」
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ。
「これってどんな石なんです?」
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ。
さっきからひたすらに磨き続けてる石。あたしが背負ってきた大量の石。
今日は特に予定もないので、バイト兼お手伝い中。
少し前まで別の石を磨いてたんだけど、あたしは意外と手先が器用らしいので、本命の石を磨いている。
「良い石だよ」
随分と雑な答えだな、ゴシゴシゴシゴシ。
磨く……というか、汚れを落とすと言ったほうが近いかな。
磨く前はただの石にしか見えないけど、磨くうちに白……いや、銀?というか鋼色?
まぁ、何にせよ、色が変わるのである。
「リリアンのよりも?」
磨き終わった石は別のカゴへ、カゴに入れたらまた別の石を磨く。ゴシゴシゴシゴシ。
別に単純作業は嫌いじゃない。だけどせっかく二人いることだし、会話は眠気や飽きを遠ざける。
なにやらずっと炉をイジる師匠と、親交を深める意味も込めて、会話をするのも悪くない。
「んなわけがない」
「じゃあアレ以上の剣は作れるんです?」
「そりゃ無理だな。何度も言ってるが、アレは最高傑作だ。今、セツナが磨いてるのとは素材も加工の仕方もちげぇ」
最初はリリアンの事か、リリアンの剣についてか、どっちかの話題を振る気だった。
雑談程度の気分だったけど、少しだけ興味が湧いてきた。
前者は面倒な事になりそうだし、剣についてを掘り下げてみるか。
「素材?言っても分かんねぇだろ」
「雑談ですよ雑談。親交、深めていきましょう」
今のところ、弟子というより小間使いみたいなもんだけど。
……そういえばリリアンも、一時期そんな風に呼べと言ってたな。
思い返せばこの人の影響だろうか?それともこの世界の人がその呼ばれ方を好むのか。
「四つの大陸でそれぞれ少量しかとれない超希少鉱石、数千年を生きる古龍のたった一枚の逆鱗、十年に一輪しか咲かない花のエキス、それから……」
つらつらつらつら、ゲームのやり込み要素かなんかだろうか、まさに異世界というような素材がこれでもかと流れ込んでくる。
正直、聞いといてなんだけど、あまり詳しくないし上手い返しも思いつかない。
「師匠が取りに行ったんですか?」
「まさか、こちとら非戦闘員だ。お前に襲いかかるのでさえ、命がけだ」
しかも返り討ちだしな。自分で自分の頬に拳を当てるジェスチャー。
あたしが初対面の時に、ぶん殴った場所だった。その節はお互い様ということで、一つ。
「アイツが持ってきたんだよ、化け物だな」
リリアンの中の人か。話を聞く限り、相当不思議な力を持ってたみたいだけど。
そんな人でも、もう亡くなっているなんて。ホント、変な世界だよ。
「で、これはどんな石なんです?」
炉の調整を終えた師匠に、磨き終えた石と一緒にさっきと同じ質問を投げる。
炉が温まっていく。それなりに近い場所にいるからか、熱が伝わってくる。
「だから言ってんだろ、良い石だ……ん」
放り投げた石を掴み、ジッと見つめる師匠。
磨き残しがあったのだろうか、丁寧に磨いたつもりだったんだけど。
「セツナ、お前本当に器用なんだな、よく出来てる」
シンプルに褒められた、むず痒い。あまり褒められなれてないのだ。
「教わった通りにやっただけですよ」
「それができない奴もいんだよ、お前も最初の一個ダメにしただろ」
一個目は……まぁ、アレだ、仕方もない。
ちょっと粉々になっただけ、粉々になって、周りの汚れと混ざってしまった。
「リリから聞いてたけど、物覚えがいいんだな。見かけによらず」
「よく言われます」
コッチにきてからね。
元の世界でも、これくらいの要領の良さが欲しかった。上手く持ち帰れたらいいけど。
「石の話だったな。一言で言うと……良い石だ」
「良い石、とは?」
「良い石は良い石だ。どこにでもある、だけどなんにでもなる。加工しやすいし、こだわりやすい」
ふむ、面倒だからそう答えてたわけじゃなくて、本当に良い石だったのか。
「どこにでもある?にしてはリリアンが持ってきた時、めちゃくちゃ喜んでましたけど」
「どこにでもあるけど、どこにあるか分かんねぇんだよ。ここでこれが取れる。って決まってないんだ、取りやすい場所ってのはあるけどよ。適当に掘ってもでてくるし、どんなに頑張っても見つからなかったりな」
んー、つまりこの大陸を端から歩いてきたから、カゴいっぱいまで見つけられたってことかな?
なるほどなるほど、鉱山とかで取れるんじゃなくて、取れたり取れなかったりするのか。
「そうだな……マツタケみたいなもんかな」
「……マツタケ」
「知らないのか?マツタケ」
いや、知ってるけどさ、マツタケ。
なに、生えてるの?アカマツとか見かけなかったけど?
どうやって持ってきたんだ、先代。身体に菌でも染み込ませて来たのか。もっと他に持ってくるものあっただろ。
「アイツもそんな顔してたな」
アイツ……アイツねぇ。
師匠がよく言う、アイツ。今もリリアンの中にいて、その身体の元になった、あたしと同じ世界からきた人。
「リリアンの中の人ってどんな人だったんです?」
あたしの質問に、どーすっかな。そんな顔をしている。
なんでか分かんないけど、あまり話したくなさそう。
本来なら聞き出すべきじゃないんだけど、どうやら本人から口止めされてるらしい。気になる。
「せめて名前くらいは教えてくれないと、不便で仕方ない」
「名前か……」
詳細は聞き出せなくても、名前は知りたい。
まぁ、ぶっちゃけると名前を知られたくないのは、あたしの知ってる人なんじゃないか、という事だ。
「名前は……知らん」
「なんですと」
まさかの答えだ。もしかして、本当に名前を知らないから、アイツと呼んでいるとか?
「名前は知らん、名乗らなかったからな。だから名字しか知らん」
「名字……なんて言うんです?」
「そりゃ教えられん、約束だからな」
残念。でも、あたしも聞きたいことがある、もう少し粘ろう。
「ヒントがほしいです」
「ヒントか、珍しい名字だったな」
「珍しい?」
「あぁ、なんと四文字だ。普通は三文字だろ?お前らの世界では」
…………別に珍しくなくない?
いや、確かに名字も名前も三文字が多いんだろうけどさ。
「あたしも四文字ですよ」
「……おぉ、珍しいな」
確かに珍しいんだけどさ、時浦。家族以外では会ったことないし。
「……そういえば、なんで名字のある人とない人がいるんです?」
このごちゃまぜた異世界は、名前もなんか良く分からない。
正式な表記として、漢字で名字と名前がある人もいる。カタカナとか英語とかの人もいる。だけど大半は正式な書き方だと、ネオスティア文字で名前だけ、だ。
「知らん、親が持ってたら持ってるもんだろ。ないやつと結婚したらなくなるしな」
私もない。興味なさそうに答える師匠。
ホント、過ごすたびにこの異世界のテキトーさが身に染みる。
「ねぇ、師匠」
このままだと、また脱線してしまう。
いい加減、覚悟を決めるか。
「今までどのくらいの来訪者に会いましたか?」
「どうした、急に。ま、二人……いや、三人だな」
三人か、ならやっぱり聞く価値がある。
「その中に……その中に椎名、って人はいませんでしたか?」
もし、リリアンの中にいるのが……もしも椎名先輩だったら。そんなことを考えてしまう。
もし名前を知らなくても、それらしい反応をするなら知っているっていう事になる。
「シイナ……シイナ……」
二度、三度呟いて、あたしと眼が合う。
「悪い、知らない名前だ」
………………嘘、じゃないね。
あたしにはそれが見えたりしないけど、その表情は何かを隠してるようには見えない。
つまり、空振りだ。そう上手くいかない。
「探し人か?なら知り合いに当たってやる」
あたしのガッカリとした顔を見て、心配そうに提案してくれる。
「いえ、大丈夫です。できればその名前を忘れてほしいです、他言無用で」
「……分かった」
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ。
バツが悪い、空気も悪い。あたしが悪いんだけど。
振り切るように、石を磨く。
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ、ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ……………………
「精が出ますね」
「んぇ!?」
ぬるり。本当にぬるりと、横からリリアンが顔を出す。
心臓に悪い、変な声が出た、心臓も出そうになった、口から。
「おかえり、リリ」
「はい、ただいまです」
いつの間にか、買い出しに行ったリリアンが帰ってくる時間だったみたい。
気づかなかった、すっごい怖かった、というか驚いた。
「おかえり、リリアン」
「ただいまです。私も手伝います」
帰ってきたばっかりなんだから休んでればいいのに。
あたしが言うより早く、リリアンは隣に座る。
「じゃあお願いしようかな」
カゴから、まだ磨いてない石を渡そうとすると、リリアンは首を横に振る。
「そういった作業とは相性が悪いんです。ですから、あなたの作業をサポートする形で手伝おうかと」
「んん?」
リリアン、不器用だからね。確かに砕けちゃうかも。
にしてもあたしのサポート?なんだろ、石を取ってくれるとか?
「どうぞ」
「……なにこれ」
「うさぎ……です」
うさぎ。正確にはうさぎ?の形をしたリンゴ。
大分……いや、かなりいびつだけど、うさぎに見えなくもない。
フォークに刺さったそれを、あたしの口に差し出す。
なるほどなるほど、悪くない。
中の人も、たまにはいいアイデアをだすものだ。
「ありがと、ちょうど小腹も空いたし、喉も乾いてたんだ」
一口。うん、美味しい。優しさの味がする。
師匠のとんでもなく羨ましそうな視線は気になるけど、作業に戻ることにした。
ここからの作業はなかなか捗りそう。差し出されるリンゴを齧りつつ、次の石を手に取った。
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