第132話 前略、未完成とエモーショナルと

 音楽に本腰が入る。

 簡素なステージの上にいるあたしの友達も、覚悟を決めた表情をしている。


 歌は始まった。

 最前列のあたしに届けるように。

 後ろにいる誰かに届けるように。

 もっと後の誰かに届けるように。

 ここにいない人に届けるように。


「〜〜〜〜〜♪」


 あぁ……なんか。


「〜〜〜〜〜〜〜〜♪」


 好きだなぁ、こうゆうの。

 曲調からなんとなく分かっていたけど、異世界でこんな音楽を聞くとは思わなかった。


「悪くない、これには感謝しないとね」


 本当に、余計なものばかり持ってきた先代の来訪者の方々。

 うん、音楽は悪くない。いい気分だ。


「〜〜〜♪」


 シンプルな歌詞だな、と思う。

 言いたい事は単純で『諦めないで、まだ道はある』だ。


「きっとシンプルだから、響くものがある」


 この世の真理だと思う。

 ステージの上のリッカも、周りの観客も、どうしようもなく楽しそうだ。


「〜♪」


「「「オォー!!!」」」


 観客の声で少し飛び気味だった意識を戻す。

 もちろん歌は聞いてたんだけど、ほぼ棒立ちのままだった。

 いい歌だと浸るのは後にしよう。今は周りの同士達と、アイドルのリッカちゃん応援して、この空間を作る一人になろうじゃないか。


「んん?」


「どうぞ」


 リリアンから手渡される……うちわ?

 あぁ、文字書いてあるやつ。テレビとかで見たよ、表と裏で文字が違うんだよね。


「どこで買ったの?」


「非公式のファンクラブです。サビの終わりでひっくり返すと良いそうです」


 リリアンが向けた視線の先には怪しげな露店……もといファンクラブ。

 なるほどなるほど……法被、いいね。


「ありがとう、片方使う?」


「ぬかりはありません」


 スチャ、っと自分の分を取り出すリリアン。

 ならあたしはあたしでエキサイトするとしよう。


 誰かが言っていた。こうゆうのは自分の胸のあたりで、パタパタするのがマナーだと。

 まぁ、知り合いだし、嫌でも目に入るだろうしね。


「〜〜〜〜♪」


「「「イエーイ!!!」」」


 興奮冷めやらぬまま、2番に続く間奏にうちわをひっくり返す。

 あたしもルールみたいなものが分かってきた。


 一瞬、リッカの動きが止まった気がした。一体なんて書いてあるんだろ……?


「とっ……」


「と?」


 なんだなんだ、時間にして一秒にも満たない時間だけど、顔がひきつったように見えた。


「とってもエモーショナルだぞ♡」


「「「ふぅぅぅ〜~~~!!!」」」


 かっ、可愛いじゃないか!!!

 年の近い女の子が両手でハートを作ってる姿は、普段ならちょっとアレかもだけど。

 この空間の中においては、とってもエキサイトを煽って、とってもプレジャーをくれて、それこそとってもエモーショナルだ。

 

 あたしもリッカも何言ってるか分かんないけど、まぁ、いいか!


「ん?」


 ブツリ。

 音楽が止まる。まだまだ始まったばかりだというのに、今が最高潮だというのに、音楽が止まる。


「あ、あれ?」


 周りのみんなも満足そうに頷いてる。

 もうお開きだとでも言わんばかりに。


「ごめんね!今日はここまで!また明日ーー!」


 リッカもこれで終わりだと告げ、ステージから飛び降りる。

 そのままどこかに走り去り、ステージも、その器具達も散り散りに走り去る。


「……ん?……え!?」


 嘘でしょ!?だってまだ曲が始まって2分くらいしかたってないよ!?


「終わり!?」


「終わりのようですね」


 観客のみんなはもういない。解散の速度も半端じゃない、訓練が行き届いてらっしゃる。


「アイツ、アイドル舐めてるよ!一曲もマトモに歌ってないじゃん!」


 多分、全部で五分くらいしかないぞ、どういうことだ。

 しかも周りの反応を見るに、いつものことなんだろう。


「昨日も同じでしたね。いつもは終わりに時間を取っているみたいですが、今日はすぐ帰ったのはあなたがいたからでしょうか」


「コッチはこんなにも応援してたのに!アダで返しやがった!アンチになってやる!」


「この上なく面倒な人ですね、ファンうんぬんの前に人としてどうかと思います」


 もちろん冗談だよ、だからそんな呆れた眼で見ないでほしい。結構、くる。


「憶測になりますが、曲が未完成なんでしょう」


 完成してない……?昨日も見てたリリアンが言うならそうかもしれない。

 

「まぁ、終わりなら仕方ない。帰ろうか、リリアン」


 エキサイ……興奮がまだ身体に、心に残ってる、なんとなく不完全燃焼だ。

 リリアンも、特に用もないみたいなので二人で帰ることにした。

 

 残念なのもあるけど、それ以上に不思議だ。

 なんであんな事をしてるのかは別にいいけど、なんで一曲も完成してないのにやってるのとか。

 それなのになんで毎日のようにそれを繰り返してるのかとか。


「うーーん、わから……んん!?」


 薄暗い小道を通る際、何か……いや、腕が伸びてくる。

 反応してそっちを向いたのはいいけど、首根っこを捕まれ、小道に引っ張り込まれる。


 グワリ、と宙に浮くあたしの身体。

 そのまま体感、意外にゆっくりと空中で一回転しながら放り投げられる。


「なにすんのさ」


 投げ方がキレイだったからか、問題なく着地したあたしは、その主に不満を向ける。


「なにすんのさじゃないよ!セツナこそなにしてんの!」


 さっきまでの舞台衣装のまま、リッカはあたしを責め立てる。あの恥じらった笑顔はどこにいってしまったのか。


「いや、観光だよ観光」


「にしたってさぁ……」


 ブツブツと、あたしへだったりタイミングの悪さにだったり不満を漏らす。


「ねぇねぇ」


「なに?」


 スッ、ともらったうちわを取り出す。


『リッカ』『ちゃん』


 クルリとひっくり返して。


『エモいの』『やって』


「やらないよ!」


 今はプライベートだからか、仕方ないね。

 このままだと、さらに怒られそうだからうちわはしまう事にした。


「まぁ、なんにせよ。久しぶりだね、リッカ」


「うぅ……久しぶり、セツナ」


 まだちゃんと再会の挨拶をしてなかった。

 上手く次の言葉が見つからなかったので、軽く手を上げてみる。


「……もうっ」


 パンっ!と小気味のいい音がなる。

 それから二人、せきを切ったように笑い出す。これでようやく再会できた気分。


「いろいろあったみたいだね」


「うん、いろいろあった。セツナはどうしてここに?」


「だから観光だよ、もうすぐ帰るんだ。今日ここに来たのはリリアンに連れられてね、昨日も見てたらしいよ」


「昨日もいたんだ、リリアンちゃんも言ってくれればいいのに」


 あたしの時とは随分と反応が違う、なんかみんなリリアンに甘い気がする。あたしにも優しくしてほしい。


「今はいないの?さっきまでいたよね?」


 言われて気づく。すぐ後ろをついてきてたリリアンがいない。


「んー、気を使ってるのかな?次は連れてくるよ」


 気にすることないのに。

 いないものは仕方ない。近況報告もかねて、そのまましばらく話す事にした。


「ねぇ、リッカ」


「なぁに?」


 あらかた話を終えたので、本題というか気になってた事を聞くとしよう。


「んー、アイドル……みたいな事やってるのはいいんだけどさ。もしかして曲が完成してなかったりする?」


 ギクリと、擬音がそのまま聞こえてきそうなほどに、リッカは固まる。

 どうやらリリアンの憶測は合っていたみたい。


「やっぱり分かっちゃうよね……」


 本人からの同意も取れた、となると。


「なにか手伝える事ある?いや、音楽には疎いんだけどさ、なにかできる事があれば手伝おうかなぁーって」


 問題に首を突っ込む時間だ。

 なんにせよ、友達が困ってるなら助けるのに理由はいらない。


「えぇー……うーーーん……あ、うーーーーん…………」


 すっごい迷ってる!

 残念ながら、勝手に手伝うにしてもやり方が分からない。

 なぜなら元の世界でも、アイドルに関わる事がなかったからだ、宣伝だけとかならできるかもだけど。


「いや!うん、大丈夫!これはあたしの問題だから!」


 んー、強がり、ってわけじゃなさそう。

 いつもの大丈夫!って感じの良い笑顔だ。


「分ったよ。あたしも後、一月くらいはこの街にいるからさ、予定が合えば遊ぼう」


 無理に手伝うよりも、本人が必要とした時に助けるとしよう。

 遊んで、接触して、そのついでにでも頼ってくれればいい。


「うん。あ、リリアンちゃんも呼んでね!」


「りょーかい」


 さ、あたしも帰ろう。リリアンもどっかで待たせてるだろうし。


 …………あ、そうだ。


「ねぇ、リッカ」


「?」


 小道から通りまであと一歩の場所。

 振り返り、両手を胸のあたりまで持ってくる。


「とってもエモーショナルだぞ♡」


「…………セツナ、殺す!」


 命の危機を感じたので全身全霊で走り出す。

 分かっていたけど、リッカも体力には自信があるみたいで、まくのにかなりの時間がかかった。


 やはり、飛べないのは不便である。

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