第131話 前略、催し物と喜ぶと

「いやー!わりぃわりぃ、鍛錬中に飛んでいっちまってよぉ!」


 ……子供だ。あたしよりも小さい子供。

 目につくのは服装。コッチでは少し珍しい、紺色とも藍色ともいえない、その中間の色をした着物だった。


「怪我はないか……って大丈夫そうだな!」


 朗らかに笑う男の子。

 目に慣れた黒い髪、口元から覗く八重歯が眩しい。

 

 …………ふむ、グーでいくか。


「ねぇちゃん達、なんで手を上げてんだ?」


 振り下ろすためだよ、ガツンとね。

 視界の端のリリアンも、拳を振り上げて……ないな。

 リリアン、刀は下ろそうか、錆びてても両断できそうだから。


「ねぇ……ヒョウ君、まずはちゃんと謝るべきじゃない?」


「「??」」


 はて、どこから声が?

 拳を下げて、キョロキョロと周りを見渡す。

 ここにはあたしとリリアンと、この男の子しかいないはずなんだけど。


「……そうだったな。ねぇちゃん達、迷惑かけた。許してくれ」


 …………いた。ペコリと90度近く頭を下げた後ろに、白い着物の女の子が。

 真っ白だ、着物も肌も髪も何もかも。普段から黒い物を見慣れてるせいか、より驚きを感じる。

 透明感があるせいか、本当にさっきまで気づけなかった。


「……ヒョウ君がバカでごめんなさい」


 続いて頭を下げる女の子。

 ちょっとシトリーに似てるかも。だけどそれよりも落ち着きを感じる声、不思議な感覚。


「んーー……まぁ、気をつけてね。ホント、普通に危ないから」


 怒る気をなくしてしまった。

 本当はもっとしっかり言ったほうがいいんだろうけど、素直に謝られたのと、それを促せる娘が一緒にいるならあたしが言うこともない。


「あぁ!気をつける、もう街中では振らない!」


「ならよし。リリアン、刀を……どしたの?」


「…………」 


 リリアンは刀をジッと見ている。その次に白い女の子、交互に見ている。


「……なにか?」


「いえ、以後気をつけていただければ」


 右手と左手で、刃の真ん中あたりと柄を持ちながら、男の子に刀を返す。

 

「ありがとよ!じゃあな、ねぇちゃん達!」


「うん、バイバイ」


 錆びた刀をしまい、元気に駆け出していく男の子。日の光の関係か、少し離れただけで女の子は見えなくなってしまう。白さのせいだろうか。


「……リリアン、大丈夫?」


 気になることでもあったのか、さっきからなんとも……そわそわ?


「問題なしです、珍しいものだったので」


「あぁ、なるほどね。刀、珍しいもんね」


「刀……?えぇ、はい、珍しいですね」


 あんなに錆びてても刀は刀。コッチではあまり好まれてないのか、目にする機会はあまりない。


「別の大陸の方ではよく作られてるとは聞きますね」


「別の大陸?もうネオスティアは歩き尽くしたんだよね?」


 この異世界の始まり……というか最果てというか。端っこからここまで、結構な期間をかけて歩いて来たんだと思ったんだけど。


「あなたの世界と比べてどうかは分かりませんが、仮にも世界です。歩き尽くすなんてまだまだです」


「はぇー」


 なんとも言えない声が出る。

 荷物も下ろして軽くなったし、もう少し歩いても良いかなって気分。


 あまりに突発的に起きた命の危機を終え、再びあたし達は歩き出す。


「そういえばどこに向かってるの?」


 今更ながら、目的地を聞きそびれていた。別に聞かなきゃいけないわけじゃないけど、どうせなら知っておきたい。


「昨日、面白い催し物を見たので、今日は一緒に見に行こうかと」


「ほーう?催し物、ね」


 なるほどなるほど、観光の一環としてか。

 なかなかサービス精神に溢れる相方である。どっかのエセ天使よりもよっぽど頼りになるし、教えてくれる。

 ナビゲーター?成り行きでそうなってるけど、助けられてるのは事実。


 あと、なにより嬉しいね。友達?として、自分の楽しかった事をシェアしてくれるのは。


「きっと喜ぶかと」


「ん……?喜ぶ?楽しむじゃなくて?」


「はい、喜ぶ」


 ふむ、喜ぶのか。……どっちでもいいか、気楽にいこう。


「人、増えてきたかも」


「もうすぐです」


 この街は賑やかだ。人は多いし、リリアンの目的のものとは違うんだろうけど、なにかしらの催し物も多い。

 だけどさっきから少しづつ声というか、活気というか、とにかくそんなものが増している気がする。

 

「時計塔だ」


 それと人だかり、どうやら街の中心にまで来ていたようだ。

 お城も気になるけど、ここも気になっていた。見上げて、思わず見入る。


「時計塔ですね、珍しいですか?」


「うん、実際に見たのは初めてかも」


 リリアンの質問に正直に答える。

 映像でしか見たことのない、立派な時計塔。古臭さよりも、圧倒的な存在感を感じる。


 時刻は……読めないけど針で分かる。十一時五十八分……いや、五十九分。

 鐘の音が聞こえる、昨日も聞いた気がする。おそらく、あと一分で十二時だと伝える鐘なんだろう、珍しい。


 ゴーンゴーン、と。厳かな。とでも言おうかな、近いからなのか胸の奥まで響く鐘の音。悪くない、いいもんだ。


「始まりますね、行きましょう」


「行きましょうって……どこに?」


 スッ、とリリアンが視線を向けた先には……


「「「ワァァァァァアアーーーーー!!!!」」」


 興奮に沸く観客……だろうか。

 この場所は、遠くから見てくとそれほど多くはないことは分かるんだけど、明らかに何もない場所よりは人が集まっている。

 

 ふむ……つまりリリアンがあたしに見せたい催し物は、それなりに人気があり、あの興奮の先にあることが分かる。

 そして今からその中に行かなければならないらしい、マジですか。


「……行きますかぁー!」


「はい、行きましょう」


 頬を張り、気合を入れる。よし!行くぞー!


「なんだお前、初めてか?」


「え、あ、はい、初めてです」


 気合は空振った、1番後ろから突撃しようとしたら、その人に場所を譲られてしまった。


「…………その、初めてです」


「…………」


 スッ、と道が開ける、開ける開ける開ける開ける…………

 良く出来たファンである。一緒にリリアンもついてきてる抜け目ない。




「みんなぁー!今日も来てくれてー!あーりーがーとーーー!!!」


 人混みを抜けて最前列。

 簡素なステージだ、飾り気はあまりない。

 人形……顔のない人型の機械が何体か存在し、楽器の演奏を始める。


 行ったことはないんだけど、そうだな例えるなら……


「アイドルのステージ、かな」


 アップテンポな音楽、観客を煽るステージの女の子。

 心が波立つ感覚、ドキドキしてきた、ワクワクしてきた。


 確かに人数こそ多くないけど、熱狂的なファンが作る雰囲気に高揚感。


「あたしも楽しー!じゃあさっそ……え……?」


 なるほど、確かにこれはあたしが喜ぶ。

 ステージの女の子と目が合う。ほんのりと赤い髪、勝ち気な瞳と楽しそうでよく通る声。

 

 あたしを確認した途端、ピタリと止まる。そんなに気にしないでほしいんだけど。

 

「な、なんで、セツナがここにいるのぉ……」


 女の子はステージの上で、おそらく最前列にだけに聞こえるか聞こえないかの声でつぶやく。


 あたしも周りの邪魔にならない程度に、ひらひらと手を振りながら返す。


「久しぶりだね、リッカ」


 いつかの日に、いつかの街で、短いながら冒険をした仲間。

 新しく夢を、やりたい事を探すと言った仲間は、ミナトマチのステージの上で輝いていた。

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