第130話 前略、刀と散策と

「…………意外と悪くない」


 器具の片付けをしながら。だろ?ニヤリと釣り上がる口の端。

 なんでも作れる技術の賜物か、それともそこまでくる過程で培ったものか。

 どちらにせよ、その笑みには絶対的な自信が溢れている。見ていて羨ましい、あたしもそうありたいもんだ。


「お前は血の気が多いからな、定期的に抜いてやろうか?」


 余計なお世話……と言えないのがなんとも。

 体感で二十分くらい、かな。血を抜かれたという事実のせいか、なんだか落ち着いたような気がする。


「まぁ、そうなったら献血でも行きますよ」


「献血?」


「ん……ないんですか?献血。血が足りない人の為に提供する的な」


「さぁ、どーだろうな。あんま聞かねぇ」


 んー、確かにこっちでは医療というより魔術や不思議な薬で怪我を治すからかな。

 あたしの世界から見たら、それこそ魔術のように飲んだ瞬間血が増える増血剤みたいなものもあった。


 どちらにせよ残念。トラウマから一度も行ったことのなかった献血に、今なら行けそうな気がしたんだけど。

 まぁ、それは戻ってから行けばいいか。この勇気が持続してればの話だけどね。


「あんま急に立つなよ、倒れられても困る。適度に飲んで食って安静にしてろ」


「あぁ、クラっとくるんですね」


 クラっとくんだよ。肯定する言葉と一緒に、ドサリと机に置かれる……粉?


 んーーー、粉。透明な袋に入った白い粉。

 …………通報案件かな?短い付き合いだった。


「……なんですか、これ」


「プロテイン」


「プロテイン!?」


 あんの!?なんで!?…………なんで!?


「やはり筋肉か……」


「いるよな、プロテインに筋肉のイメージだけ持ってるやつ」


 異世界にあたしの世界のものがいくらあろうとも、今更ツッコまないと決めたけど、さすがにこれはおかしい。

 あとなんで異世界人の方が、プロテインに詳しいみたいな反応するのか。もうやだこの異世界。


「水とかミルクで割るのが普通だけど、ジュースなんかで割っても美味い」


 へぇ……。まるで興味のない知識を語りながら、コップになにかを注ぐノアさ……師匠。

 

 プロテインかぁ…………ちょっと舐めてみようかな。

 なんか怖い。得体のしれないもの……というにはちょっとあたしの世界に寄りすぎてるものだけど。


「んー……甘い」


 甘い、すんごく甘い。この香り…………バニラかな?

 なんだろ、例えるなら焼く前のお菓子の生地味とでもいうか、その粉バージョンというか。

 

 ダメだ……苦手な味。本来のプロテインの味は知らないけど、人工的な甘みというか、ただでさえ甘いものは苦手なのにこれはキツイ。

 何かで割っても飲めるイメージが湧かない。


「甘いのダメなんで、水だけもらいます」


「そうか、ならこっちを食え」


 本物かどうか分からないプロテインがしまわれ、水と…………豆?がでてくる。


「豆?」


「豆」


 ふむ、豆。炒ったような豆。

 ここにある食べ物がちゃんと食べれるものなのかとか、いろいろ言いたい事はあるんだけど。

 なんでこの人は、さっきから執拗にタンパク質を取らせようとしてくるんだ。 

 あれか、血を抜いた後はタンパク質が良い、とか?それとも師匠を名乗るゆえの気づかいか。

 まだなんにも教わってないけどね。

 

「ん、美味い」


 ポリポリポリポリポリポリポリポリ。別段、豆が好きなわけじゃないんだけど、なんか食べちゃうよね。

 

 …………なんか食べづらい、すっごい見てくる。

 ただ見られるだけならいいんだけど、なんというか哀れみというか、悲しみというか、それゆえの優しさというか。なかなかに被害妄想を煽る視線である。


「ごちそうさまでした」


 口内のパサつきを水で流し込み、立ち上がる。

 うん、ふらつきはなし、体調も問題ないと思う。


「どっか行くのか?安静にしてろって言ったろ」


「その気はやまやまなんですけど、リリアンを待たせてて」


「あー、確かに見ねぇな。リリ、どこ行ったんだ?」


「頑張って血を抜かれたからなんか買ってくれるそうです」


「子供かよ……」


 残念ながら、子供です。多分、大人になりたいって思ってる間は子供なんだろうな。

 

「リンゴでも買ってもらいます」


 あたしに背を向けながら手を振る師匠に、軽く手を振り返して外に出た。




「お待たせ」


 問題の扉から出て通りへ。

 豆とか食べてたから待たせてしまった。申し訳無い。


「……いえ、私も今来たところです」


 …………なにそのデートみたいな返し。


「余計な事を吹き込むなよ、中の人」


 不便だ。名前も知らないし教えてくれないし、直接話せるわけじゃないし、でも文句は言いたいし。


「リリアン?」


「変換中です」


 変換中?難しい喋り方をする人なのかな?

 いや、そうだとしても十年くらいしか差なんてないんだし、気にしなくていいと思うけど。


「セツナさん、わたくしに対して、随分と、厳しいのね」


「え、そんな片言な人なの?」


 ダメだ全然イメージできない、どんな人なんだ。

 リリアンの元になったなら、似てるのかと思ったら、どうにもそのイメージも湧かない。


「リリアンはこの街に詳しいの?」


 気にしてもどうにもならないことは気にしない。人生のコツである、気になるけど。


「胸を張って詳しい、とは言えませんね。あまり興味がなかったので」


 リリアンが歩き始めたので、あたしも続く。 

 

「それでもそれなりに歩いた土地なので、多少の案内ならできるかと」


「そっか、なら案内よろしくね」


「はい」


 そのまま二人で、速くもなく遅くもなく、時々立ち止まりながら街を歩く。

 あれこれ聞くあたし、そして質問に答えてくれるリリアンの顔は、興味ないだなんて言ってなかったので聞いてみた。


「今はどう?興味ないって顔はしてないけど」


「それはもちろん……」


 答えは早かった、分かりきってるって感じ。


「良い街です。賑やかで、多様性があり、海を超えて今日も新しいなにかがやってくる。もっと早く知るべきでした」


 第二の故郷……とは少し違うかな。それでもそれなりに思い入れのある街だろうし、そこの印象が良くなったならそれは良いことだ。




「────っ!!!」


「んん?」


 ほのぼのとした時間を歩いていたあたしの耳に、声が響く。切羽詰まった叫び声のようなものが。


「なんだろ、アレ」


 弧を描く、とでもいうのか。なにかが回転しながら、こちらに向かって飛んできている。

 んーー……棒、かな?


「刀、ですね」


「あー、なるほど、刀ね」


 なるほどなるほど、言われてみれば刀だ。

 落ちる勢いによるものか、加速度的にこちらに向かってくる刀。

 だんだんと距離が縮まり、視認できるところまで来ている、確かに刀だ。


「晴れてるからねぇ、そりゃ刀も降って…………こねぇよ!!!」


「随分と余裕がありますね」


「ないよ!」


 なんで!?ダメだ理解が追いつかない!想定外すぎて理解しようとも思えなかった!


「今日はこんなんばっかだよ!」


 避ける?いや、跳ねたらマズい、まわりの人に刺さったらどうしょうもない、なら……


「撃ち落とす!……というかとにかく止める!」


 もう時間はない、リリアンと入れ替わるよりも、あたしがなんとかする方が良しと判断した。

 剣を抜き、息を整える。置いてこなくて良かった、さすがに素手は厳しい。


 勢いがあるので刀身に当たったらコッチが斬れるかもしれない、ならば狙うは柄。

 異世界にきてから、圧倒的に鍛えられた動体視力と反応速度。

 大丈夫……だとは思うけど……


「リリアン!一応、逃げといてね!」


 保険をかけて、いざ一閃。

 回転と逆に力がかかるように、柄が見えたタイミングで横薙ぎ。

 金属音ともなんともいえない音を響かせて、刀は空中で二回転ほどしたのち、舗装された地面に突き刺さる。


「ふぅ……なんとかなったぁ……」


 ドッと疲れた。肩どころか全身から力が抜けて、その場にへたり込む。


「お疲れ様でした」


「逃げといてねって言ったのに」


「危険はないと分かっていたので」


 すまし顔のまま、あたしを追い越し、刀の方まで近づく。

 危険はないって、あたしが失敗してたらどうするつもりだったんだ。

 ……まぁ、その場合は自分でなんとかしてるか。


「……随分、錆びてるね」


 リリアンは刀身を半分ほど地面に埋めた刀を引き抜く。

 刀は錆びている、とてもじゃないけど刃物として使えるものじゃない。


「錆びてますね、とても地面に刺さることなんてありえないほどに」


 ……確かに、刀に詳しくはないけど、切れ味のないものはあんな風に突き刺さるのだろうか?

 突き刺さるかどうかの前に、折れたりしないのかな。いや、これっ「おーーーい!!!」


「ん?」


 誰かが、来る。さっきも聞いたような声と一緒に。


「持ち主かな」


「でしょうか」


 シルエットはあまり大きくない、子供……かな?

 なら一つ、お説教でもしようかな。立ち上がり、ついた埃を軽く払う。

 いや、一步間違えたら死んでたかもだから、ちょっとだけ、ね?

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