第128話 前略、来訪者と出生と

「私の話をしようと思います」


「リリアンの……話?」


「はい、私の話、私の家族の話を」


 これは……どうしたもんかな。


「まぁ、とりあえず座ったら?結構、話しづらいかも」


 どちらかといえば、あたしが寝っ転がってるのが悪いんだけどね。いい加減立たせるのも申し訳無い。


「全人類、この構図を好むと聞きました」


「んなわけないよ、そもそも見えないしね」


 もう少し、恥じらいというものを覚えたほうがいい。

 あと、別に見えても嬉しくないしね、同性の下着なんか見てどうしろというんだ。男のでも困るけど。


 そうですかと、関心なさそうに言いながら隣に腰を下ろす。あたしも上半身を起こすけど、なんとなく顔を合わせられなくて空を見る。


「んー…………無理に話す事はないよ?」


 あたしも話したくない事はある。いや、あった、だね。

 それと同じかどうかは分からないけど、なんとなく話したくない事だってのは分かってる。

 これまでそんな話にならなかったし。


「無理、ということはありません。そもそも私にとって、出生やこれまでの事は別段、隠すような事ではありませんでした」


「……でした?」


「はい、でした」


 今は違う……のかな。

 ならこの話は無理矢理にでも終わらせるべきだ、なんの心境変化があっても、自分から傷をえぐる必要なんてない。


「そう身構える必要はありません、これは良い事なんです」


 心配からリリアンに視線を向ける。

 あたしの考えとは裏腹に、クスッとした柔らかい表情を浮かんでいた。


「人と生まれ方が違うこと。それに大した意味があるとは思っていませんでした」


 生まれ方。なんというか、不穏な言い回し。


「今は……人と違うことが少し、ほんの少しだけ、怖い……のでしょうか?」


 ついた疑問符とは裏腹に、その表情に曇りはなく。そんなものが問題じゃないと分かってる。


「私の大した事のない出生やこれまでを。私の為に怒ってくれてたあなたに、聞いてほしいんです」


 目をそらせない。

 真っ直ぐな言葉と真っ直ぐな視線に、そらせないと言うよりそらしたくない。

 

 買いかぶりすぎだとか、思ってるような人間じゃないとか、自分の為にやったとか。

 言いたい事はいっぱいある。

 でも、あたしを過大評価しすぎてるリリアンに言っても聞いてくれるか分からない。それに……


 なんとなく、今はこの気持ちに応えたい気分だ。

 つまらない言葉を今は忘れよう。


「そっか、なら聞かせてもらおうかな。正直、気にならないって言ったら嘘だからね」


 食べかけのリンゴをかじりながら、姿勢を正して座り直す。体温の移ったリンゴは口の中で少し違和感を感じさせるけど、仕切り直しには悪くない。

 ……皮は剥いた方がいいかもしれない。


「そうですね……」


 どこか遠く、空の向こうでも見るように。視線を遠くに向けながらリリアンは話しだす。


「あれは今から十……数年前の話です。この世界に異世界からの来訪者、おそらくあなたと同じ世界からやってきた人が……」


「ん?ちょっと待ってよリリアン」


「なんですか、まだ序の部分ですよ」


 いや、そうなんだけどさ、だとしてもさ。


「これリリアンの話だよね?あたしの世界から来た人の話いる……?」


「一番大事な部分です、さわりといっても過言ではありません」


 ここが……?十何年前に来た人の話が?

 …………疑問。その人が関係あるとして、だとしたらリリアンは何歳なんだろう。

 今までなんとなく少し下くらいだと思ってたんだけど、違うのかも。


「ねぇ、リリアンって何歳?」


「……女性に年齢を聞くのは失礼ですよ」


 そりゃ、二十歳を超えてる人とかには聞きづらいけどさ、見た目あたしと変らないリリアンが言うのはどうなんだろう。


「話が進みません」


「……ごめんなさい」


 苛立ってるわけじゃないけど、話を進めたい気持ちが伝わってくる。

 あたしが……悪いか、黙って聞くとしよう。


「十数年前、この街の近く落ちてきた来訪者は、ノアさん、そしてここを拠点にしていた私の主人と出会いました」


「ルキナさん……だっけ?」


 はい、とリリアンの肯定。

 あたしの旅の目的……地?いや、目的人?


「そしてしばらくの活動の後に、海を渡り、島を拠点としました。そこが私の住んでいた『青の領地』です」


 『青の領地』地だけの話をするなら、そこがあたしの目的地と言えるかな。

 リリアンの住んでいた場所か……今まで聞いてこなかったけど、いい機会かも。


「どんな場所なのかな、青の?」


「大きな島です。別段青くはないですが、とても寒いです」


「寒いのかぁ」


 あんまり得意じゃない。もちろん暑いの得意じゃない。


「ちなみに、人が住むことが許可されてる島ではないんです」


「……んん?」


 つまり……無許可?


「んー、てことは十数年前から、無許可で島を改造して、今も住み続けてるってこと?」


「はい、ここは自分の領地だと宣言し、人を集め、物資を集め。今は街のようなものになっています」


 ……とんでもねぇ。とんでもないよ、ルキナさん。

 これって、リリアンとマイアさんの因縁の原因だったりするのかな。


「拠点を移したのは曰く、大きな計画の為に。来訪者の持っていた大きな力は非常に有用で、その計画に協力するため同行したそうです」


「大きな力ね。羨ましいもんだよ」


「だから、あなたと一緒にいて驚きました」


「弱くて?」


「弱くて」


 それについてほ反論のしようがない。

 あれかな、元から優秀な人で、いいスキルでももらったんだろうか。

 あまりにも習得がシビア過ぎて、あたしは時たま存在を忘れるくらいなのに羨ましい限りで。


「つまり、あたしもそこに行けば会えるわけだね」


「それは無理です」


 無理?難しいじゃなくて無理、か。

 んー、いくつか理由は浮かぶけど……


「偉いから?」


「違います」


「忙しいから?」


「違います」


「体調が悪くて面会謝絶?」


「とっくに死んでいるからです」


 なるほど、そりゃ無理だ。

 しかして、やっぱりこの世界はあたしたちに厳しいように感じる。

 そんな強い人でも死ぬし、あたしもリリアンがいなかったらとっくに死んでる。

 呼びたいのか、殺したいのかはっきりしろ異世界。


「そしてその来訪者の遺体を元に造られたのが私です」


「へー……なるほ……んん!?」


 今、なんて!?

 心の中で異世界への文句を言っていたあたしの意識は一瞬で戻る。


「え、いや、なんて、え?」


「曰く、飛び散って足りない部分があったので、他の肉などを加えて捏ね上げて、人の形に。最後に別で造った命……のようなものを入れて完成です」


 …………そんな3分でできるクッキングみたいに言われましても。


「それでも足りなかったから、やや小さいらしいですが。ちなみに造られた時からこの姿です」


「なる……ほど?」


 ノアさんの歯切れの悪さはこれか。となるとますます年齢不詳……じゃないか、つまり十代なのかリリアンは。

 いや、なんでボカしてるか分かんないけど。教えてくれてもいいと思うんだどな。


「驚きましたか?」


「驚きました」


 はい、めっちゃビックリです。どこにいった語彙。


「はぇ〜」


 自分の口から気の抜けた声が漏れる。

 単純に驚き、そんな事があったなんて。異世界じみてきたなぁ。


「なにか変わりますか」


「ん?いや、何も変わんないよ、いつもどおりの美少女」


「あの、そうではなくて」


 おや、ちょっと……照れてる?

 嘘じゃないけど、随分と軽口のように言ってしまった。あんまりこんなこと言わないから、変にとられたかも。


 …………いや、気の所為だね。


「話の前後で私に対する対応は変わりますか?」


「……え、なんで?別に変わんないけど」


「それはなぜ?」


 ……分かんないな、なんでそんな事を聞くのか、そんな事を疑問に……

 ん……いや、その気持ちは分かるかも、人と『違う』は『怖い』か。

 その真剣な表情に、質問に、あたしの回答を。


「いや、リリアンはリリアンでしょ。生まれ方が違っても、これまでの生き方は変えようがないし」


 良くも悪くもね。

 あたしは生まれ方なんかより、生き方の方が大事だと思うんだけどな。


「えぇ、そうなんです」


 すごく良い笑顔。そして、あたしの答えが分かっていたみたいに続ける。


「私は私だったんです。どんなに悩んでも、どんな過去でも。私は私だったんです、それが全てなんです」


「良い言葉だね」


「お陰様で、良い事に気づけました。例えば世界に色がついてる事。領地には家族がいた事、私はその家族に愛されていた事」


「やめてよね、ほんと。……それより、続きが聞きたいな」


「いえ、この後はもう面白い事も、語る事はありません。領地の為に人を斬った過去や争った事があったり」


 ……あるじゃん、語る事。


「ルキナ様とノアさんが喧嘩して、ノアさんが飛び出したり」


 ……面白そうじゃん。


「私の異能と強さの理由が元となった来訪者だったり」


 ……気になるじゃん。


「その来訪者の意識が私の中に残ってたり、今だに元気に話しかけてきたり。その左目はノアさんがもっていたり。つまらない事ばかりです」


「待ってよ!さすがに気になるよ!」


「なにがですか」


「リリアンの中にいるの!?中の人!?」


 マジですか!?もうさっきから理解が追いつかない!


「…………中の人ってせいゆう?かよ。だそうです」


「ホントだ!多分、あたしと同じ世界の人だ!」


 この世界にあるわけない声優なんて単語。さてはリリアンに余計な事を吹き込んでるのも?

 えぇ……もう脳というか心の容量が……


「リリアン?」


 あたしの驚きに対して、不満そうな顔が向けられている。なぜ?


「もう私の話は終わりました。今からはいつものたわいのない会話をしましょう」


「えぇ……でもさ、せっかく中の人がいるんだし、情報交換みたいなさ……」


「今、引っ込めました。ここには2人だけ、です」


 …………そうですか。


「そうだね、少し疲れたかも。なんの話をしようか」


 まぁ、いい。あたしたちにとって星空をみるのと、たわいのない会話はセットであるべき。

 いや、ホント、ビックリが多すぎるし、?いろいろ考えちゃうけど。

 それこそつまらない事は明日でいい、今日の話をしよう。


「あなたの家族の話が聞きたいです」


「あたしの家族かぁ」


 家族の事は……覚えてる、なら話そうか、それこそ大したもんじゃないけどね。


「両親は二人とも働いてて、一つ下の妹がいてさ」


 二人してさっきよりも楽な姿勢で、会話を続ける。

 悪くない、安らぐ。


「───で二人とも少し変わってるんだよ。妹……永久は永久でツンツンしてるけど、根は優しい。ちょっと面倒な性格でさ、ちょうどこっちに来る前の日も……」


 あまり家族の話をすることも、聞くこともないから、面白いか分からなかったけど、リリアンの表情を見るにつまらなくはなさそう。


 二人の時間は続く。

 夜がまだ長いことに感謝しつつ、話を続ける事にした。

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