第127話 前略、リンゴと日課と
「んー、カレー……かな」
「カレー、ですか」
余りにも使われた形跡のない、余りにも手つかずのキッチンで、余りにも汚れたままの鍋を洗い終わり。リリアンの買ってきた食材を見て、今日の献立を考える。
「ん、カレールーみたいなのがあるからね。……リンゴを使う料理ってなにがあるかな」
マトモな食材がないこの家で夕飯を作るなら、買ってきてもらった食材を使うしかないんだけど。
「いや、カレールーがあるならカレーだよね?」
「…………」
ぼんやり?ふわふわ?最近よく見る、ボーっと?した顔。
そんな答えづらい質問だったかな。あれか、テキトーに買ってきただけか。
「……えぇ、はい、カレー、好きです」
……なんでそんなカタコトなん?
「んんー、別のにしようか?」
「いえ、やはりみんなで食べるならカレーですね。簡単で、誰が作っても美味しく、失敗せず、アレンジ豊富。至高の料理と言っても過言ではありません」
カレーの評価高いな!前にあれだけのものを作ったのに!
「ならやっぱりカレーかな…………んー、辛い」
ルーを少し削り、口に含む。
うーん、分かってたけどさすがに元の世界と同じものじゃないか。
辛い、でもいろいろ足りない気がする、あと異常に脆い。このまま使っても大したものにはならないだろうし、他のもので誤魔化そうかな。
幸い調味料はあるし……消費期限大丈夫かな?これ。
「なぁ」
んーー、文字が読めないな。言語は是非とも統一しておいてほしいものだ。
なんで数字まで読めないのか。不便な異世界だよ。
「リリアン、これまだ使えるかな」
「はい、ギリギリですが問題ありません」
「ギリギリかぁ」
「なぁ、おい」
後は大体見たことあるやつかな。うん、なんとかなりそう。
「なぁ、おい、セツナ」
「なんですか、さっきから」
リリアンの姉……を自称するやや不審者気味の女性。ノアさんがキッチンの後ろの方から声をかけてくる。
さっきまで蹲っていたのに、なんの用だろう。
「お前当たり前のようにあさってるけどよ、料理なんかできんのかよ。できそうな見た目してねーだろ」
……いや、自覚はあるけどさ。なんて失礼な言い方をするんだこの不審者2号。
「リリもあれだ。ちょっとセツナを贔屓しすぎじゃねぇか?」
さて、早めに始めようか。
生のリンゴを多めに使うなら、長めに火にかけて溶け込ませないと隠し味にならないからね。
「確かにここは実家とは言えねぇよ。でもよ、久しぶりに帰ってきたんだ、積もる話があるだろ?なぁ」
…………んん?やけに刃物の種類が豊富だな。それによく手入れもされてる。…………怪しいな。
「大体よぉ、さっきもセツナは軽くたしなめられただけなのに、私は結構強めにはたかれたのはおかしと思うんだが?」
おろし金……はないか。なら刻んで野菜と一緒に炒めようかな。
「なぁ」
………………。
「ノアさん」
あ、リリアン、反応しちゃったよ。
まいったなぁ、今は不審者の相手まで手がまわらないぞ。
「うるさいです」
「………………しゅん」
しゅん、って言った。
(おそらく)いい歳した大人が、(おそらく)年下の女の子にうるさいと言われて、しゅんって言った。そしてそのままどっか行った。
姉妹というか、年頃の女の子とお父さんだね。
「にしてもリンゴ……多いな」
「ここの特産品です」
「リンゴが?」
「リンゴが、です」
……へぇ、スイカはないのに。
あれか、あたしより前に来た人がリンゴの種と一緒にでも来たのか。もっとマシなもん持ってこい。
んん?特産品って言うわりには、畑とか見なかったけど……まぁ、いっか。今更というやつだ。
「…………あ、美味しい、いいね!」
刻む前に一切れ口に放り込む。
甘味だけではなく、それを引き立てる酸味を感じる。シャリシャリとした食感が耳に心地良く、ジューシーという表現がピッタリな蜜の量。
「へぇ……こりゃ……ふむ……美味しい……」
二切れ、三切れ…………はっ、いかんいかん。リンゴ食べにきたんじゃない。
「気に入ったようで」
「んーー、控えめに言ってサイコーってやつだよ。あたしはあまり甘いの得意じゃないからさ、こうゆう……なんていうかな…………フレッシュで、ジューシーで……スウィートな感じ?いや、とにかく良いね!」
「…………」
「……なんか言ってよ」
「いえ、その……苦手なんですか?甘いもの」
「うん?言ったことなかったっけ?」
「はい、1度も」
んー?そうだっけ?なんとなく話した事あるような気がしてたんだけど。
まぁ、大した問題じゃないよね、人の趣味嗜好なんてさ。
「さてと……そろそろ始めようかな」
「手伝います」
んんーーー…………どうしようかな。
いや、厚意を無下にするのも良くないよね。
「ありがとう、お皿とかだしてくれる?」
「いえ、調理の方を「そっちは大丈夫だよ」
「「…………」」
まな板……ないな、刃物しかない。
……いや、やっぱり怪しいな、そろそろ家主を通報した方がいいかもしれない。
「……まさかとは思いますが、私に調理をさせる気がないのでは?」
「まさかもなにも、ないよ」
「 な ぜ ?」
「な ぜ で も」
無駄に、死にたく、ない、からね。
やっと分かってくれたのかな。リリアンは……んん?
「私もなにか役に立ちたかったのですが……」
…………卑怯だぞ!
攻め方を変えてきやがった!
「ダメ……ですか?」
ほんの一步分、距離が縮まる、甘い香りが近づく。
弱々しく袖を引かれ、あたしを見上げる綺麗な瞳には涙も浮かんでいて……
…………そこまでしてあたしを殺したいのか。
こんなの漫画かなんかでしか見ないぞ。というか、あたしはまだしもノアさんは確実に死んでしまう。
いや、本望かな?
今日は見学で。それに納得してもらうのに1番時間がかかりました。
「しかしまぁ、最早日課だよねぇ」
屋根の上。寝そべりながら夜空を見上げる。
もうすっかり暖かくなった夜風に吹かれ、余ったリンゴをひとかじり。
「こっちに来てから初めて、食材をそのままかじって美味しいと思ったかも」
そもそもそのままかじる経験があまりないけどね。
意味もなく、リンゴと月を重ねてみる。歪な形のリンゴはどうやってもうまく重ならない。
「……届きそう、だなぁ」
なにも持ってない手を空に伸ばす。こんなにも近くに見えるのに、星も月も掴めない。
「なにをしてるんですか」
リリアン、逆さまだ。違うか、逆さまなのはあたしか。
「星が掴めそうだったから、手を伸ばしてるんだよ」
「掴めそうですか?」
「もーーーちょっと腕が長ければって感じかな、ちょっと悲しい」
…………リリアンのスカートが長くて助かった。そこにいられると角度的に危ない。あまり気にする事じゃなさそうだけど。
「急にいなくなったので探しました」
「ごめんね、積もる話もあると思って」
夕飯を終えて、街を歩いて、風呂屋に行って、リンゴ買って、今は屋根の上。
邪魔しないように気づかったつもりだったんだけど、一言伝えた方がよかったかも。
「次は一緒に行こうか、お風呂屋」
余計な物ばかりあると感じるけど、お風呂屋があるのは良い。良くやった。
「ノアさんと話しました」
「そっか」
「腕が自由になってる!……だそうです」
……え、今?再会してから大分たってない?
「それからあなたの事も」
…………んん?これ……もしかして怒られるやつ?
しまったな、言い訳のしようがない、勘違いして、先に殴っちゃってるからなぁ。
「私の為に怒り、手をあげたと聞きました」
「……ちょっと違うよ、そんな美談じゃあない。単純にあたしが気に入らないって感じて、はやとちりしただけ」
「それでも私の為にも怒っていたんだと」
「……だから違うんだって」
なんか嫌だった。それだけなんだよ、勘違いしないでほしい。
いい加減、キレやすいのは改善しないとね。
「そうですね、怒りっぽいのは改善した方が良いかと」
今日も心の奥まで見透かすような、深く黒い瞳がキレイだ。
それなりに長くいるせいか、考えてる事も度々当ててくるのはさすがと言うやつだ。
「……口角を上げて、目尻を下げるんです」
「笑顔の作り方?」
今更そんな事を言われなくても、作れと言われたらすぐにできるけど……
「出会った時よりも笑う回数が減ったように感じます」
「……そうかな」
なんだかごちゃごちゃ考えてしまう。
どうかな、どうだろう、分かんない。
「いろいろあったんだよ」
「いろいろありました」
いろいろ……あったなぁ。
死にかけなり、死んだり。もう誰にも話さないと思ってた昔の事を話したり。
「私はもっとあなたに笑顔でいてほしいんです」
「……うん、頑張るよ」
旅の同行者に辛気臭い顔されても困るよね、分かるよ。
ずっと変な構図なのに、聞き取りづらいはずなのに。
それでもリリアンの言葉は、なににも遮られずにあたしに届く。聞こえないフリもできやしない。
「一緒にもっと変わっていきましょう。あなたはあなたの理想に近づけるよう、もっと笑えるように。私はもっと人間らしくあれるように」
リリアンはそんな事をしなくても、あたしなんかよりずっと人間だよ。だって、だってさ……
「1人なんかじゃないんですから、一緒に。変わっていくことは得意でしょう?」
だってこんなにもあたしの足りないものを埋めくれる。欲しいものをくれる。
まだちょっと照れくさいけどさ、いつか言うよ。
椎名先輩とは別の意味で恩人だって。
「うん、そうだね。悪くない、悪くないよ」
「良かったです」
満足そうに閉じるリリアン、あたしも今、上手く笑えてるだろうか。
「帰ろうと思えば明日にでも帰れますが。どうでしょう、1月ほどここで観光……?でもしていきませんか」
「観光?」
「はい、大きな街ですから、見るものに困ることはないかと」
んー、確かに。せっかくここまで来たんだし、いい思い出作って帰るのもいいかも。
「いいねぇ、観光。なにか予定はある?」
「もちろんです」
アレもコレも言わんばかりに、行きたいところ、見たいこと。楽しそう。
「リリアンはこの辺に住んでたんじゃないの?」
「あまり興味がなかったんです」
なら仕方ないか。何事もそんな時期がありもんだ。
「ちょうどリンゴが採れる時期です。私たちも参加しましょう」
「リンゴ狩り、かな?是非とも参加したいね」
「最大戦力で参加しましょう」
……んん?なんか聞き慣れない単語がでなかった?
「それと……」
まぁいいや、いつものことだし。
「その後で、どうしても参加したい催しがあります」
「どうしても?」
「はい、お城の舞踏会です」
「お城の……武闘会……!」
あぁ、やっぱりあるのか、そんなイベントが。
なんであんな立派なお城で戦わなくちゃいけないんだ。
ちょっと困惑。いや、じゃあ踊れと言われても踊れないんだけどさ。
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