第126話 前略、家族と恩人と、後略

 いやまぁ、そうだよね、そうなるよね。


 この人の言いたい事はよく分かる。

 つまり、あたしが今やるべきことは……


「んー……すみません。知り合いがなかなか帰ってこないもんで心配でして」


 これはいわゆる不法侵入である。

 なにを今更とは言いたいけど、少し考えれば分かる事だ。基本的に家主の断りなく家にあがってはならない。


「いや、職場……かな」


 どっちにしろ同じこと。

 見渡せば壁にはいくつかの武器が飾られている。誇らしげに、武器自体が意思を持っているかのように。


「盗みとかに入ったわけじゃないんですよ、ただ先に入った知り合いが心配だったわけで」


 手を広げ、その場で振ってみせる。今はあたしがこの上なく無害な生き物であることを証明しなくては。


 それにしてもリリアンはどこにいったのやら、なんだか猛烈に置いていかれてる気がする。


「んなに見渡してもリリならここにいねーよ」


 リリ、ってのはリリアンのことかな?なんとも可愛らしい、あたしも呼んでみようか……んー、前に似たような呼び方してとんでもなく不機嫌にさせた事があったね、やめとこ。


 ………ふむ。さて、これは……どっちだ?


「んん……お使いかなんかですかね。なら、ちょっと迎えに行ってきますよ」


「その必要はない。なに、すぐに帰ってくる。それよりも私はお前に用があるんだよ、トキウラセツナ」


 ん、どうやら1番マズいパターンではないみたいだね。

 この人が敵で、リリアンはもうやられていて、これからあたしが殺される、みたいな。


「まぁ、頼まれれば大体の事はやりますよ」


 別段断る理由もないし、どうせ待つなら意味のある待ちかたをした方がいいはず。

 言葉になんとなく棘があるように感じるのは、心が荒みすぎたのだろうか。


「いやなに大した事じゃあない」


 姓名不詳のリリアンの知り合いさんは、気だるげな歩き方で、壁まで……壁にかかったおそらくその人の作品の元に歩く。


「手を動かすのはコッチだけだ、お前はそこに立ってればいい」


 ん……?んん……?なんか嫌な予感がしてきたなぁ!?


「死んでくれ、トキウラセツナ」


 やっぱり異世界人は倫理観とでもいおうか、それとも常識力とでもいおうか、とにかくそこらへんのものがおおいに欠落している。

 あたしのような一般的かつ常識人には、到底理解できない世界で生きているのだ。こやつらは。


「それがこの世界の普通らしいから仕方ない、かな」


 別に今更だ、もう慣れたよ。

 さてさて、知り合いさんが取り出したるは……直刀、だっけな。細身で真っ直ぐな刀身。途中、ぶつ切られたように、本来あるべき長さより短い。


 ん、綺麗な刀身。

 こっちにきてから教わった知識でしかないけど、多分、生半可な切れ味じゃない。

 あたしの持ってる、なまくら丸では防いでもそれごと斬られてしまいそう。

 ……そもそも刃物じゃないから、鈍ですらないかもというのは置いといて。


「これがこの世界の普通だよ、だから死ね。トキウラセツナ」


「あんまり人に死ねとか言うもんじゃないですよ」 


 あんまり死ね死ね言わなくても、結構、人は死ぬから。


 踏み込み、あたしに向かって跳ねるように近づいてくる。

 あまり広くない場所、対処方法は限られてる。

 相手は速くない、振るのを見てからでも……


「んん?それ届か……」


 ない、よね?

 知り合いさん。それはさすがに届かない、もとより刀身の短い剣。

 それに加えてその距離からじゃ……


「……っ!伸びるのか!」


 振り始めた瞬間──なにかが先端から伸びる、不意をつく一撃。だけどっ!


「っ、せいっ!」


 これくらいでやられてちゃ、今までいろんな人から教わったものが無駄になる。

 

 もちろん無駄なんかじゃない。伸縮を見て、前に身を屈め躱す。

 踏み込んだ足と逆の足で柄を持つ手を、全力で!蹴り上げるっ!!!


「んな!」


「結構、素手でも戦えるんです、よ!」


 落ちてくる直刀の柄をもう一度蹴り飛ばす。

 鈍い金属音と共に、直刀は壁に叩きつけられる。


「んー……まぁ、死ぬのはちょっと嫌ですけど、出てけっていうなら出ていきますよ」


 勢いのままふわりと浮いていた足が地面につき、体勢はニュートラル。

 殺意を隠さない視線に対して、一言返す。


 理由はよく分からないけど、嫌われてるならあたしが出ていくのが手っ取り早い。

 ……いや、知り合いと揉めたとなるとリリアンに怒られるからね。またはシバかれる、最悪の場合、両断される。


「だから行かせねーよ」


 来た道を戻るあたしの前になお立ち塞がる。

 なんというか……うん、面倒だ。


「やれやれだよ、別に歓迎されたいわけじゃないけどさ、そうも敵意を向けられる理由もないとおもうんだけど」


「あるんだよ、お前みたいな怪しい奴を家族に近づけさせたくねーだけだ」


 …………家族、ね。


「一応聞いておきたいんだけどさ」


 家族家族、家族。

 出てきた単語に少し……少し、苛立った。


「リリアンとはどんな関係なのかな。ただの知り合い、ってわけじゃなさそうだけど」


 怪しいと言われたと事なんかどうでもいい。襲われた事も、荒い口調を向けられた事も、心底どうでもいい。


 ただの知り合いなら別に問題ない。けど……それが家族ならこっちも言いたい事がある。


「だから家族だ、私はリリの……姉貴だよ」


「お姉さん、ね。…………うん」


 まるで似ていないけど、お姉さんか。

 そっか、うん、そうなら。


「すみま……いや、いいや」


 考え直す、構え直す。武器も謝罪もいらない、必要ない。


「一発ぶん殴らしてもらっていいですか」

 

 答える必要もない。

 もう踏み込み終わってる、振りかぶり終わってる。


 異常なまでにスムーズに暴力を振るい終わる。

 こんな事ができて、一瞬の嫌悪感。でも、こんな奴をそのままにしておくより何倍もいい。


 短い悲鳴と、大きな物音。派手に倒れ込み、雑貨がはじける。


「いってぇ……なんなんだよ急に……」

  

「……リリアンの家族に会ったら言っておこうと思ってたんだ」


「あぁ?」


 お節介で、迷惑で、誰も望んでない自己満足だ。

 でも、それでも──単純に気に入らない。


「前に言ってたんだ。人はいつだって本当に言いたいことを言えずに過ごしている。ってさ。他にもたくさん」


 過ごした時間こそ短くても、いろんな事を話した。

 でも分からない。どうしてそんな生き方をしてたのか、してるのか。


「なぁ、そんな生き方をさせたのはお前か?」


「……それは「人形のようだと言われて、それを自分だと言ってた。何度も手を汚してきたって。そんな生き方をさせたのはお前か、って聞きたいんだよ」


「……だったらなんだよ」


「ぶん殴る、そんでもって謝らせる」


 他人の家庭とか知ったことじゃない。

 構え直す、今度は手加減なし、だ。


「……こっちも引くわけにゃいかねぇな、リリの為にも」


 …………だんだん腹立ってきたな。

 

 こんな清廉潔白を絵に描いたような。

 青天白日、品行方正、清く正しく美しくがモットーのセツナさんを捕まえて失礼な人だ。


 まぁ、いい。どっからでもかかってこい。



「…………んん?」


 眼帯が外され、赤い……赤い瞳が向けられる。あたし……じゃない?なに……見てんだろ……?

 なんか見覚えのある目線の向け方……リリアンが遠くを見てる時みたいな?


「嘘を……ついてねぇな……」


「ん?嘘……?」


 おや、危ない人かな?

 知り合いさんからの敵意が薄れていく。


「お前、本当にリリの為に怒ってるのか」


「……?なにを当たり前の事を」


 他に理由なんてないだろうに。

 友達……というかなんというか、仲間……恩人?かな、うん、それがいい気がする。

 

 とにかく、そんな人が辛い生き方をしたなら、その原因を取り除きたいのは当たり前のこと。


「なぁ、お前は……なんだ?」


「はい?」


 なんだろ、デジャブ?

 やれやれ、この世界の人は自分がなにか、とかなんだかを気にしすぎじゃないかな。


「あたしはセツナですよ。どうしようもない自分を変えたくて、上手くいかなくて」


 いつの間にか構えはとかれ、お互い向かい合う。

 眼帯の奥からでも、その瞳からなにか強い意志を感じる。

 

「こっちにきてからもそれは変わらなくて、その度にあなたの妹さんにそのままでいいって励まされて。そのままゆっくり前に進むと決めた、しがない一般人ですよ」


「そうかそうか……そうか……」


 あたしの言葉を噛みしめるように、何度も咀嚼するように、そうかそうかと呟く。

 

 その姿からは、確かに妹への愛情を感じることができた。





『いひひ!面白いもんが見れたね、今度はセツナンも連れてくか!』

 はい、きっと喜ぶと思います。


買い物を終え、荷物を抱えながら本来の入口に手をかける。

 

「……?なにか騒がしいですね」


 物音……いえ、人の声。


『こりゃノアちゃんとセツナンが殴りあってるな』

 だとしたらノアさんを助けなくては。

『それもそーだ』


 扉を開くと、そこには予想出来なかった光景が……



「いや、それでな!リリも昔は可愛くてなぁ!今ももちろん可愛いいけどよぉ」


「ちっさいリリアンか……見てみたいかも。…………うん、見てみたい!」


「あ、いや、ちっさいかどうかは……」



「…………何の話をしてるんですか」


 なんという事でしょう。

 想定していた、争いはなく。2人仲良くなにかを飲みながら、私の話を楽しそうに……いえ、今更そんな顔をされても困ります。


『こーゆーパターンもあったか……ま、なんか似てるとこあるのかもね。にしても……いひひ!リリ、愛されてるね』

 えぇ、どうやら私は家族に愛されてるみたいです。


「あー……リリアン?その、おじゃましてるよ。ノアさん……お姉さんがいい人で良かったよ」


「私に姉などいませんが」


『リリ、その言い方はノアちゃん泣くよ?血は繋がってないし、不器用だけどがんばっ……あれ?となるとあーしこそがリリのお姉ちゃん?』



「ん?……んん?つまり……やっぱり偽物か!」


「待て、落ち着けセツナ、話せば分かる」


「姉を名乗る……変人!顔、殴る!」




『ありゃりゃ』

 これは……私が悪いのでしょうか?

『いやぁ、これはあの2人が悪いでしょ』


 安心しました。

 それでは喧嘩を止めるとしましょう。

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