第125話 前略、帰宅と嘘と、後略
『なんっか嫌な予感がするんだよねぇ〜、リリは感じない?』
特に。実家……いえ、親戚の家に来た……とでも言いましょうか。
『いひひ!ノアちゃん泣くね!今も殺気立ってるし、セツナンも死んだなこりゃ』
それは困ります。セツナが死ぬのも、身内が手を汚すのも。
『なら、あーしらだけ先に行って話だけでもしておこーぜ。あっちは大して事情も知らないだろうしさ。ほら、セツナン止めなきゃ。ステイ!ステイ!って!』
ステイ?
『いいからいいから!伝わるからさ!』
ステイ。留まる。普通に止まって貰えばいいとは思いますが、ここは同じ世界の出身の言葉を信じるべきでしょう。
私のあとについてくるセツナの前に腕を広げ、指示通りに言葉を紡ぐ。
「……ステイです」
『そんな犬みたいな』
「んな犬みたいな……」
『いひひ!絶対言うと思った!期待を裏切らないなくていいねぇ!次の言葉は、毎度毎度どこで覚えてくるんだか、かな?どう思う?』
あまり遊ばないでほしいのですが、あえて予想するなら。いつも思うんだけどさぁ。かと。
「いつも思うんだけどさぁ、そんな言い方どこから仕入れてくるの?」
『しまった、余計な事まで考え出した。いひひ!またヒバナちゃんのせいにしとくか』
ヒバナさんはあなたのせいで異世界語かぶれになりましたからね。
『大した問題じゃあない』
あなたの言葉でも、私の口からでるのが問題なんです。
「……領地の仲間から教わりました」
「なるほど、いつもの娘ね。会ったら文句をつける事にするよ、大量に」
『ヒバナちゃん、また1つ罪を重ねたな』
悪い事をしました。
『いいっしょ、何回あの娘の放火騒ぎを未遂にしてやったと思ってんのさ』
火を消しているのは私ですが。
『一心同体だからなー、仕方ないなー』
一心同体……?
『リリ、そんな純粋な疑問を伴った眼でみられると人は傷つくんだぜ?眼、みえないけどね。いひひ!』
私としては、一心同体と言うのに名前も教えてくれないのが不思議です。
『あーー、あれだ、セツナンと同じくらいキラキラネームなのさ、恥ずかしい名前ってこと!』
口調が安定しない理由でもいいですよ。
『それもセツナンのマネ、ってことで』
相も変わらず、掴みどころがないと言いますか。
セツナと違い、この人は自らの意思で自分を捻じ曲げている。理由は分からない。
「……大丈夫?」
『セツナンから見たらただ立ち止まってるだけだからね、心配するのも仕方ないね』
そうですね、どうにも意識が片方に向いてしまって。
昔はもっと上手く話せてたと思うのですが。
『違うね、昔は会話が成立してなかったのさ』
…………思い返してみれば、確かに。
人の言葉に意味を感じるようになったのも、最近の話でした。
あまりセツナを待たせるのも良くないですね。いえ、これから待たせるのですが。
「はい、問題ありません。先に挨拶をしてくるのでしばらく待っていてもらえれば」
「さっきは行きましょう、って言ったのに……」
「それはそれ、です」
『理不尽だ……』
「理不尽だ……」
『いひひ!』
無邪気さとほんの少しの邪悪さを感じる笑い声を、自身の内側から感じつつ、1人歩く事にした。
コンコン、コンコン。
「ノアさん?…………留守でしょうか」
無造作に物の積まれた通路を抜けて、この建物の主がいるであろう部屋の前に。
何度かノックを繰り返し、それでも反応がないことに少しの不安がよぎる。
『あの出不精が工房にいないわけがないしね、寝てんのかな』
「……建てつけが悪いですね」
ここも昔と変わらず、扉が開かない。なら私がするべき事は……
『外しちまおう』
それが最良の選択ですね。
「だぁー!!違う違う!押すんじゃなくて引くんだよ!」
扉を外すため、手をかけると中から声が響く。
普段からはあまり想像のできない、慌てた声が。
『なんだ、いるじゃん』
いましたね。それにどうやらこの扉は引く扉のようです。
ガチャリ。
先程まで頑なに開かなかった扉は、引いた途端にすんなりと私たちを招き入れる。
「お久しぶりです、ノアさん。お変わりないようで幸いです」
「久しぶりだな、リリ。お前は変わらないな……本当に」
「見た目の話でしょうか」
「ちげーよ、まぁ見た目も変わってないけどな。うちの扉は引くんだよ、いい加減覚えろ」
建物の主……ノアさんはなんとも露骨な表情を浮かべる。この表情の意味は……
『やれやれ……ってやつだね』
嫌いな表情ではありません。
『セツナンもよくやるからね』
そうゆうことです。
『あれま素直』
「あー……あれはちょうど14年くらい前か?お前は産まれた時から……」
何かを隠すように、ノアさんは頭を掻きながらポツポツと話始める。
何か……ではないですね、これは……緊張と…………照れ、でしたか?
『いひひ!ガラにもないって感じ!ちなみにいうと13年と339日だよ、誕生日覚えてるくせにとぼけちゃってさ!』
「どうやら私が造られてから13年と339日だそうです」
「あぁ……お前の中にはまだいるんだよな、この眼の持ち主が」
言いながら、左目を覆う眼帯を外す。明らかに右目と違う、赤い眼がひらかれる。
『いひひ!あーしの左目も元気そうでなにより、よろしく言っといてよ。なにせあれ以外の肉体は原型とどめてないかんな』
「……よろしくだそうです」
「あぁ、いろいろと助かってるよ。リリの眼は黒いままなんだな、ルキナは赤か青にしたがってたけど」
「…………」
私の眼は黒い。肉体の元となった人の眼は今、目の前にあるのと同じく赤かった。
それ以外にも様々な差異があり、私は主人の望む姿にはならなかった。
割り切ったつもりでも少し……気にしてしまう。
『いひひ!あーしはリリの眼の方が好きだけどね!赤い眼なんて不気味だし、見えるものはそう変わんないしね!』
ありがとうございます。私は赤も綺麗だと思います。
『サンキューサンキュー』
「あー……違う違う……そんな事が言いたいんじゃなくてよ……」
言葉というのはとても不思議で、簡単に人の心の深いところにあるもの掘り起こしてしまったり。
「その……なんていうかさ、ちょいと……恥ずかしいというか……」
どちらかと言えば人を傷つけてしまう事の方が多いと思う。
私はそんな心を多く見てきた。そんなものない方が幸せかもしれないと考えた事もある。
「あー……あれだ、その……おかえり、リリ。ごめんな、なんか上手く言えなくてさ」
あぁ……でも、こんな簡単に、私こそ上手く言葉に出来ないけれど───きっと幸せな気持ちにしてくれるならなくならないでほしい。
「はい、ただいま帰りました」
『セツナン風に言うなら?』
…………悪くない。うん、ただいまは良い言葉だよ。帰る場所があるってのは良いことだ。
『いひひ!言いそー!』
「さて、リリ。こっからが本題なんだ」
ひとしきり再会の言葉を交わした後、ノアさんの声で空気が変わる。
心の色で察するに警戒と敵意。それと肌で感じる僅かな殺気。
「お前が出てから少しして、領地の奴らが来たんだ。そして賭けをした」
「賭け、ですか」
「あぁ、1人で帰ってくるか、2人でくるか。もちろんみんな1人で来る方に賭けた……ヒバナ以外はな」
『ヒバナちゃんは夢見がちだからな』
「でもあれだ結果はアイツの1人勝ちなわけだ、今も外にいるんだろ、セツナ……だっけか」
「…………」
「悪いことは言わない、今からでも殺しとかないか?アイツは信用できない」
「……嫌です」
「そうだよな、そう答えるよな。アイツのおかげでお前はすっかり人間だよ、それには感謝してる。……でもな」
紡がれる言葉は、1つ1つに明確な敵意があった。
「アイツは嘘をついてる。かも、じゃない絶対に。間違いはない、なぜなら見えるからだ」
私に心の形が見えるように、ノアさんは嘘が見えるらしい。
それのみに特化した眼は、私よりも正確に嘘を見抜く。
『へー、ノアちゃんが見てるのは嘘かぁ。また陰気なもんみてるねぇ』
今度は能天気な声が内側から響く。
『遠くをみるのはデフォで、そこからなにを見るかは人によるからね。あーしと同じものを見てる奴はいないもんだね』
ちなみになにを見ていたんですか?
『ナ イ ショ☆』
「それ以外にもさ、怪しいだろ」
「私はセツナを怪しいと思った事はないです」
「まず、うちらから見た異世界人はあんなに弱くない。リリが1番分かってるだろ」
「……それは私の元になった人が特別だっただけです」
『確かに、あーしは特別だしね。ま、あーしから見てもセツナンは若干怪しいけどね』
「もし仮に本当に弱いただの人間だとしたら、あんなに戦えるのはおかしいだろ。努力とか才能じゃあ納得いかない」
「……人の可能性というやつです」
『セツナンが戦える理由はなんとなく分かるけどね、こっちでいう異世界人なら分かるやつ』
「アイツは最初から、何かにつけて嘘をついている」
「つまり何が言いたいんですか」
「簡単だ、得体が知れないって事だよ。時浦刹那という人間がいたとして、アレがそうであるとは限らない、ってことだ」
『お、三流映画でありそうな展開だね』
「アレが時浦刹那を名乗る自称異世界人だとして、そんな奴を家族の近くに置きたくないってのは自然な感情だろ?」
「………………」
沈黙。言葉はでてこない。
家族。できればもっと別の場面で聞きたかった。
「……わた「ジョーダンだよ!冗談!」
沈黙は私の言葉より先に驚くほど朗らかな声で破られる。
「あれだ、妹が初めて友達を連れてきた?みたいな。あのリリがまさか!だぜ!ってことよ、それでついからかってみたくなってな」
距離を縮め、メモを取り出しながら何かを書いている。
「もちろん歓迎する。ただここにはマトモな食材もなくてな、ちょっとお使いにでも行っといてくれ」
「…………分かりました」
メモを受け取り、来た扉とは逆方向。この部屋にある外への扉から出ていく。
『いひひ!にしてもノアちゃん笑顔が不自然すぎるでしょ!』
賑やかな街を歩きながら、私と同じ感想が内側から聞こえる。
……あなたから見ても、セツナは怪しいですか?
『んー?怪しいっていうか、なんかちょっと変だよね』
変……少し変わっているところはあれど、その過去と気持ちを聞いた身としては、そこに疑問を覚える事はない。
『あーしが起きたのはほんの何日か前だからね、セツナンの過去を聞きそびれてるんだよねぇ。ま、リリをいろいろと面白くしてくれたから文句はないけど!いひひ!』
面白く……?
『うん、面白く。久しぶりにあーしが起きるくらい』
……深く考えると負け、というものですね。
今は買い物を早く終わらせる事が最重要です。
『てっきりノアちゃんしばくのかと思った』
そんな手荒な真似はしません…………もう。それにそもそも必要ありません。
『だよね、教育の賜物賜物。セツナンはあーし等が育てた!』
自慢の生徒です。
『せやね、そんじゃあいっちょいきますかー!買い物!』
あまり好きな言葉ではないですね。
『そーなの?』
はい、ライバルの言葉です。
メモの通り、いくつかの買い物を済ませ次の店まで歩く。
聞こえてくる音楽と人だかりと、それに伴う熱狂。
少しだけ寄り道をすることにした、あまり早すぎるとセツナの見せ場がなくなりますからね。
「………………遅くない?」
何故か犬扱いされて1人、外で待たされるあたし。
これもしかして知り合いとの再会を喜ぶあまり、ここで待ってる事を忘れてたり……?
「いやいや、いやいやいやいや。ない、リリアンに限ってそんな事は……ない、よね?ないよね!?」
どれだけ言葉を投げても、ここにはあたししかいないわけでして。
街の外れの古い工房、リリアンの知り合いが住んでるところでして。
「なんか……嫌な予感がするな……」
当たるやつ。
リリアンがピンチになるような状況は想像できないけど、なんかおかしい。
もし本当にリリアンが動けなくなるほどの敵がいるならあたしがかなうはずもないけど。
「それが行かない理由にはならない、か」
それに女の子が危険かもしれないのに無視するなんて。
「椎名先輩に顔向けできない」
心は決まった、なら立ち止まる理由はない。
歩く歩く。金属……鉱石、その他、道具、機械、布……物が乱雑に積まれた通路を歩く。
「階段……」
二階……じゃない。奥の扉だ。
「……随分と歓迎されてるみたいだね」
殺気、肌がひりつくと言うよりギリギリ感じるくらいの。リリアンを倒したならこれで本気って事もないだろうし。
つまり……舐められてるって事かな?ならば是非とも最後まで油断していてほしい。
コンコン、コンコン、コンコンコンコン。
「誰かいますかー?」
返事はない。でも中には確かに誰かいる。
「……入るよ」
大丈夫、大丈夫。今のあたしなら、おおよそ不意打ちは防げる。
扉を引いて中に入る。リリアンは……いない、そもそも人がいない。
工房、かな。少し暑い。
「ようこそ、歓迎するよ。トキウラ セツナさん」
「!?」
部屋の中ほどまで歩くと後ろから声がした。同時に扉が閉まる音も。
まず目に入ったのは眼帯。
ボサついた髪、拘りの欠片も感じさせない衣類の中で、それだけがアンバランスな存在感をだしている。
背は高く、身体の凹凸もはっきりと分かる大人の女性だった。
「久しぶりに名字を呼ばれた気がする」
「ま、お前が本当の時浦 刹那なのかは分からねーけどな」
そんで存在否定みたいなものもされた。
ぶっきらぼうな言葉遣いに、ほんの少しだけ椎名先輩を思い出してしまった。
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