第124話 前略、知り合いと扉と
「え……?いや……め、かな?」
「青果店です」
「あっちは……お……お持ち帰り可?」
「お好きな席へ、です」
んーー、読めない。
『ミナトマチ』についてから急に増えてしまったネオスティア文字が読めない。
ミミズのようなうねった文字が読めない、他のあたしの世界でも、おそらくこの世界の文字でもない文字が読めない。
読めない読めない、読めないづくしである。
「ま、今更か」
今更なんだけどちょっと不便。都会?に近づくにつれ元々の文字が増えてきて大変困っているけど仕方ない。
……普通逆じゃないかな?いや、それも含めてで今更か。
んーー、なんでだろうな。端の方から歩いてきたし、この賑わいをみるに大陸の中心にきたはずなのに。
なぜだか中心に近づくにつれ、あたしの世界の文字や物が減ってるように感じる。
……ま、広いからたまたまそういう地区なだけなんだろうけどさ。
気を取り直して知り合いに顔を出しにいくと言う、リリアンの後ろを歩きながら看板を読む。
小規模な店や屋台が並ぶ眺めは、興味と忘れかけていた空腹感がふつふつと。
こっちにきてそこそこ経つけど、まだまだ見たことのない食材や料理がある。
…………こういう時、だいたい奴がでてくるんだ。さっき湿っぽい別れをしたのに。それを忘れて空気をよまずに。
「どうかしましたか?」
ピタリと立ち止まり、振り返りながら。最近は疑問符のついた心配の感情を含んだ声が聞こえる。
声とかだしてなかったんだけどな、キョロキョロしてたのが伝わったのかな?
「なんでもないよ、見たことない食べ物だなぁ。ってだけ」
二人の相性はあんまり良くない気がするので伏せておくことにする。
嘘は言ってないし、下手なこと言って機嫌を損ねるのもよくない。
「なにか食べていきますか?」
急ぎ急ぎなのも過去の話。なんとも融通がきくようになったもんだ。
ありがたいけど、正直ちょっとだけ慣れないなぁ。
「急がなくて大丈夫?」
まだお昼には早い時間。食べ歩くくらいなら問題ないかもだけど、人を待たせるのは少し申し訳無い。
「はい、起きてる時間の方が少ないくらいの人ですから問題ないでしょう。それに……」
知り合いさんはなかなかルーズな人らしい。ちょっと羨ましいかも。
「それに……?」
一瞬、顔を伏せて。すぐにあげ、もう一つの理由。
「私もお腹が空きました」
なんだろ、すっごくいい笑顔。シンプルで、なんだろ、がなんでもいいに変わるくらいに。
多分だけどこの笑顔には価値がある、100万ドルくらい。あぁ、なんか平和。
「へぇ……ふぅん、なるほど……美味しそう」
並ぶ屋台の中から、食べ歩けるようなものを買ってきてもらう。
例えるならツイスターかな?うん、ツイスター。
丸められた薄い生地にとろみのついたなにかがはいってる。食べ方を間違えると大惨事になりそうな食べ物。
「…………これ食べ方とかある?」
ちょっと不安。だって中身についてるとろみが異常に強い。色も濃くてなんだか得体がしれない。
「曰く中身を見ないほうが良いらしいですよ。私は気になりませんけど、食欲をなくす人がいるらしいです」
「…………怖」
しまった、なんでもいいよなんて言うもんじゃなかった。
食べ物に対してここまで恐怖心を抱くのは初めて、初めてなんだけど……
「残り少ない旅費からだしたものだし、楽しんで食べないとね」
「残り少ない……?なんの話ですか」
「はれ?」
いやだって、結構普段から節約してるよね?あんまり買い物もしないし。
試しに聞いてみる。そういえばリリアンはいくらぐらい持っているのだろうか。
「数えた事がないから正確にはわかりませんが『いっぱい持ってた方が良いわよ!島!島とか買えるくらい!』……だそうです」
「へぇ……ちょっとヤバめの人だね」
なんかちょっとイメージと違うけど、その人がルキナさんなのかな?なんとも過保護だなぁ。
「覚悟決めるか」
謎ツイスターを見ながら決心。冷めてしまっては料理にも、作ってくれた人にも失礼ってもんだよね。
「……美味しい!」
勢いのままに一口、異常なとろみのついた辛めの餡。具と皮噛みちぎる。
これ……食べたことあるぞ。この味……海老、海老だ。
海老チリのツイスターみたいなものかな、美味しい。海老も餡も柔らかいけど、固めの皮と食感を残した野菜がバランスをとってる。
「ん……?んん……?」
あれ……なんだろ……なんか、あれ?
……海老じゃない?なんか……海老じゃない。違う食感がある。固い、ガリって音がしそうな固さ。
頭が嫌な連想を始める。海老……固い部位……具が見えないくらい濃くてとろみの強い餡……食欲をなくす……
なにかの食感が海老に似ていると聞いた気がする。でもそれは尻尾だかの話であって身じゃないはず……身じゃないはずなんだけど…………
「男と女も度胸だ度胸」
半分ほど食べた『それ』を、わき始めた恐怖心とともに口に放り込む。
美味しかった、うん、それでいいじゃないか。
「お待たせ、行こっか」
しばらく海老は食べれない。
「鍛冶屋だ」
「鍛冶屋ですね」
街の端の方。ボロ……いや、年季の入った鍛冶屋。
「寄り道?」
「目的地です」
なら知り合いさんは鍛冶師さんか、珍しく知り合いである。
あれ、でも……入口にかけられてる木の札。達筆な文字で『本日休業』。
この木の札もなんだか不自然なくらい年季が入ってる、まるでこの面しか表になってないみたいに。
「…………荒稼ぎ」
ひっくり返してみると、比較的キレイな面にこれまた達筆に『荒稼ぎ』。大丈夫かここの人。
「こっちです」
ドアに手をかけても休業の文字のとおり鍵がかかってる。なんどか試していると、リリアンは裏に歩いていく。
「ねぇ、リリアン。あたしすごく不安だよ。なんか嫌な予感がするんだよ」
「大丈夫です。いい人に分類されると思います……おそらく」
「おそらくかぁ……おそらくかぁ……」
おそらくかぁ……心の中でもう一度。後ろを追う足が重い。
裏口の扉。なぜか表とちがってこちらは適度に使われているのか、あまり汚れていない。
「て、こっちも開いてない」
ガチャガチャ、何度かやってみたけど開いてない。押しても引いても持ち上げようとしても開かない。
「ここは昔から立て付けが悪いんです」
前にでるリリアンとかわる、どうやらここを開けるにはコツがいるみたい。
「こう…………あれ……いえ、はい」
……開かない、扉は開かない。うんともすんともいわない。いや、なんか扉が苦しむような音が聞こえる。
「………………」
…………あ、ちょっとイライラしてきてる。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。
扉が軋む、発せられる音が悲鳴のように聞こえる。
「はい、開きました」
「……壊したよね?」
「違います、昔からこういう開け方なんです」
絶対嘘だ。完全に取り外された扉は地面に放り投げられ、ただの板になった。
さぁ、入りましょう。手元に残ったドアノブを投げ捨て、遠慮なく中に入るリリアン。
待っていてもやることないし、あたしも扉……いや、穴から室内に入った。
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