第121話 前略、考察とお米と
………………お米食べたいなぁ
いつもの旅路。太陽と風と土の匂い。そして背中のカゴで石の擦れる音と、リリアンの鎖の音。
……いつもどおり、普通の旅路である。ただ一つ、あたしが今、どうしようもなくお米が食べたいだけ。
「んん、どうしたの?リリアン」
こちらの顔色を窺うような、聞きたいことがあって話すタイミングをはかるような。
そこそこの付き合いだし、こちらから話をふるのもいいでしょ。ほっとくと、今のあたしはお米の事しか考えないし。
「少しだけ聞いてみたいことがあったのですが……何か悩みがあるならそっちを優先します」
んーん、良い娘である。
またも涙腺が緩んでほろりときそう。
ただ、今に限って言うならその聞いてみたいこと、とやらを聞いてほしかったな。
…………いや、あまりに下らない事を考えてるからね。
「大丈夫、大したもんじゃないよ」
「そうですか、深刻そうに見えましたが」
もう一度、大丈夫と伝えると会話は終わる。
どうにもここ何日か会話が続かない。別にお互いに何かあったわけじゃないんだけどな。
「まぁ、あたしは元々そんな性格か」
本当はあまり喋るのが得意じゃない。今でこそこんなだけど、なんせ人と関わるのを避けてたもので。
もちろん、今は違うけどね。人と話すのは好きになったし、向かうのあたしよりも今のあたしの方が好きになれる。
それでもなぜか会話が前ほど続かないのは、素に近い自分を見せれるようになったのか。
それとも心の底の方で、この世界の人を諦めてしまったのか。
分からない分からない、今日も分からない。
分からないだけじゃなくて……なんかモヤモヤするなぁ……
「んん……んーー、にこーーー」
「…………」
両方の人差し指で頬を動かし、笑顔を作るあたしにリリアンの冷ややかな視線。
冷ややかというかなんというか、なにしてんだ半分、大丈夫ですか半分。
「いやね、最近サボり気味の表情筋を働かせようかと。笑顔が資本ですから」
良い笑顔でしょ?本当はこんな事しなくても上手く笑えるけど。ちょっと大げさな動きと明るい声で伝える。
…………どうにも難しいね、言葉が返ってこないならあたしにできる事もない。
「……はい」
心が見えるってのは厄介だ。なかなか誤魔化されてくれない。
そんでもってあたしもマヌケだ、無理に笑っても心配させるだけなのに。
「はぁ……」
ため息一つ。ダメだ、あたしがこんなんじゃ会話なんてうまれない。
少し黙るか、別の事を考えよう。うん、それがいい。
「変な世界だよ、ほんと」
異世界について考える事にした。もう結構長い期間いるしね。
…………んん?これ……ヤバくない?出席日数とか……
「次にあったら木っ端微塵」
誰とは言わないけど、あたしをこの異世界に連れてきた奴に通算何度目かの殺意を高めてく。
絶対に、何があっても元の時間に戻してもらうからね、エセ天使。
「不思議というかテキトーというか……」
エセ天使を始めに、この異世界にはそんな言葉が似合う。少し考察みたいなことをしてみよう。
エセ天使は言っていた。より良い世界になる為に、別の世界から人を呼ぶと。
奴の言葉を信じるのもどうかと思うけど、それぐらいしか考察の材料がないから仕方ない。
あたしが呼ばれたのは……まぁ、例外的にしょうもない理由で呼ばれてしまった。あたしは除いて他の人たち。
おそらく、この異世界にあるほとんどはあたしの世界の影響を受けてる。
例えば……そう、お米がある。少しだけ違う気もするけど、ほぼほぼあたしの世界のお米が。
多分の話だけど、あたしより先にここに来た人が持ち込んだんじゃないかな?
知らない事を知る、無いものを作る。これはより良い世界になってると言えると思う。
だけど、それで世界がすぐに変わるかといえばそうじゃない。
お米よりパンの方が一般的だったし、コンビニは外見と雰囲気が似てるだけで、中身はネオスティアの道具やみたいなものだった。
他にもなんとなく足りなかったり、他のもので代用されていたり。
もう結構前だけど、銃弾を踏み台に飛んだこともある。あれはブーツや技術が特殊だったんじゃなくて、人体を貫通するほどの威力の銃が作れないじゃないかな?
「……だけどここには不思議な力がある」
それがスキルとか魔力とか。
一昔前のRPGみたいな、戦って手に入れたポイントで技術を手に入れるシステム。
もうこれはネオスティアの人たちにとって当たり前すぎるもので、あたしにとってはあり得ないもの。
自分が実際に体験するんじゃなければ夢のある話だけど、これがなんとも。
そしてそれを踏まえて、この世界は優しくない。
人は温かい。でも、世界が優しくない。
ポイントの基本的に少ないし、付与もテキトー。
誰かが片手間に振り分けてるのかってくらいに。
「救済措置があるのはいいことだけどね」
頑張れば、努力が実ればスキルになる。それはいいことなんだけどさ。
実際、この世界に来たばかりの人がすごく強いスキルを持っていたとして、それだけで生き抜けるのかなぁ?
少なくとも、あたしはリリアンに会ってなかったらもっと早く死んでる自信がある。
たとえ魔物等に殺されなくても、この世界のアレコレが分からないまま、事件に巻き込まれたら危ないと思う。
…………分かんないなぁ
「終わり終わり、考えたって仕方ない。前向いてこう」
軽く頬を叩き、気持ちを切り替える。分かんないものは分かんない。
「なんか話そっか、聞きたいことがあるんだよね?」
最初からこうすればよかった。暗い顔なんかしないで、シンプルに話そっかって。
暗い気持ちは誰かの気持ちも、暗く引っ張ると思う。誰かに笑顔でいてほしいならまず自分から。
嬉しいとか、楽しいとかも伝わってくれなきゃ、ちょっと理不尽だ。
「いいんですか?」
「いいんです、そもそも遠慮することないんだよ」
「それでは……」
それでは……今気がついたけど、少し深刻そうな表情をしてる。どうやらあたしは周りがみえていない。
それなりに大事な聞きたいことだったんだろう。
「妹とはそんなに簡単になれるのでしょうか」
「んーー、普通はなるもんじゃないと思うよ」
なるほど、なんか妹できてたよね、リリアン。
「まぁでも、たまに増えるんじゃない?あたしも元から一人いるし。こっちに来てからならノノちゃんも妹みたいなもんだし」
お姉さんと呼ばれたらお姉さんとして振る舞う。別に変な意味はない、勝手にそう思ってるだけ。
「……ノノさんには悪いことをしました」
ちょっと落ち込むリリアン、思い返せばまだトゲのある頃に会ったからね。
「まぁ、次に会ったときにでも謝ればいいよ。多分、気にしてないと思うけどね」
「だといいです」
ちょっと懐かしい名前がでてきてしんみり。ボスやナナさんも元気かな。
「あなたの妹さんの……その……お名前は……?」
歯切れ悪くリリアンが聞いてくる。
名前……?あぁ、あたしが少し変な名前だから気になったのかな?
「趣味や好きなものとか……好きな食べ物など」
…………なんでそこまで聞くの?
聞いても会うことないと思うんだけどなぁ……まぁ、会うことないだろうし言ってもいっか。
あ、いやでも、あっちもあっちでなかなかキラキラした名前なんだよねぇ…………いっか。
「時浦永久、一つ下だから15歳だね」
「とわ……さん」
「うん、永久と書いて、とわ」
時浦姉妹はそろってキラキラした名前なんです。
残念ながら、異世界におけるあたしの物語に登場することはないだろうけどね。
しばらく永久の話でもしながら歩こうかな、リリアンもなぜか興味があるみたいだし。
「うーーーーーん、ちょっと疲れちゃった。今日はこのくらいにしない?」
そろそろ日も落ちる頃。次の街は遠くないみたいだし安全第一。
それにしても、いつもの調子がでてきたらまたアレが食べたくなる。
「ねぇ、リリアン。お米持ってない?」
カゴをおろして、適当なところに腰をおろす。
バカな質問、お米なんて持ち歩く人いないだろうに。
「持ってますよ」
「持ってますの!?」
はい、といつもの謎空間から袋が取り出される。
「おぉ!今すっごく食べたかったんだ!今日は頑張っちゃおうかな!」
「米が好きだったんですか?」
「んーー、どうだろ。でも異世界において、いろいろ恋しくなったら人は好物よりもお米を求めるみたい」
リリアンにいつものどおり鍋やらなんやらをだしてもらい、手伝おうとするのを止めて座らせる。
なんだか不思議なことばかりだけど、こういう時間は悪くない、良いもんだ。
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